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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
独裁国家。エル・ミラージュ
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独裁国家。エル・ミラージュ イリシュ。エル・ミラージュへの潜入計画。 1

私がまず最初に示したことは、市民社会無き人間の状態(それは自然状態と呼ばれるべきかもしれないが)は「万人の万人に対する闘争」でしかなく、その闘争においては、万人が全てについての権利を有するということである。


トマス・ホッブズ‐リヴァイアサン‐


「なあ。エル・ミラージュの庶民の女共って、なんで貴族や成金に憧れて、派手な化粧に派手なバッグ持ってやがるんだ? 安い素材に、ロゴマーク付けるだけで、通常価格の十倍以上の値段が付くバッグなんだろ?」

 ベドラムは要塞大国で発刊されているファッション雑誌を大量に読み漁りながら、ロゼッタに訊ねた。


 二人はエル・ミラージュの文化を調べる為に、大国で出回っている庶民の雑誌を漁っていた。


「バッグは女の品性って記事に書いてあるわよ。気持ち悪い。口紅も安っぽいし、貴族や金持ちと結婚したい庶民の馬鹿女が沢山いるらしいわ。三十路、四十路超えてまで邪な理由で社交界に潜り込んでいるらしいわよ」


「人間で言う処の三十路、四十路って、結構な年なんだろ」

 五十年以上生きているベドラムは、今もなお二十代の人間女性と変わらぬ肌艶をしていた。


「貴族からしてみると、庶民の女なんて夜の遊び相手なのにね。ダンス・パーティーとディナーの事ばかり頭にあるそうよ。でも庶民程、お金持ちの貴族とどうにか結婚したいらしいわ」


「潜り込めるか? ロゼッタ」

 ベドラムは何の抑揚も無い口調で訊ねた。

 心底、軽蔑しているみたいだった。


「私、社交界とか舞踏会って奴、嫌いなのよね。上品を装う下品なパーティーで」


「あー。分かるわー」


「ダンス踊れる? ベドラム」


「分かっていて嫌味言ってやがるのか? お前はどうなんだ? 人間の王女様?」


「分かって嫌味返しているの? 私、テーブルマナーも苦手なんだけど」


「お互い先が思いやられるな。一国の姫君に女王だろ」


 姫と女王は、じろじろとイリシュの方に視線を向けていた。

 イリシュは捕食される草食動物みたいに縮こまっていた。



「舞踏会のダンスとか覚えられる? イリシュ。修道女達はそういった教育は受けている筈よね? 公の場で讃美歌を歌う前に軽いダンスが行われる」

 ロゼッタはにんまり笑う。


「わ、私なんかじゃ駄目でしょう?」

 イリシュはいすくんでいた。


「大丈夫。話しかけられても。適当に。“分かるー”とか言って、愛想笑いして、誰かの悪口でも言っていれば女同士は仲良くなれるから」

 ロゼッタは満面の笑顔を浮かべていた。


「ロゼッタ様…………。同性嫌いでしょ………?」


 そう言えば、ロゼッタは騎士団という男社会で生きていた事を思い出す。


「いや。私、可愛いアクセサリーも好きだし。可愛いドレスも好きよ」

 ロゼッタは満面の笑みを浮かべていた。


「同性の女そのものは可愛くないって遠回しに言ってません?」


「私は甘いものに眼が無いな。デケェ、パフェと豪華なケーキも大好きだ。ただ食った後は鍛錬もしないとな」


「ベドラム様は、女は甘いもの好きでろくにダイエットもしないって皮肉言ってません?」


 イリシュは困惑していた。


「まあ。直言すると、イリシュ。貴方にエル・ミラージュの夜会に参加して欲しいんだけど。ほら、いくらでも綺麗なドレスは見繕うから」


 イリシュは薄々、勘付いていた事だが………………。

 この二人は同性である人間の女が余り好きではない。

 要は“媚び”が駄目なのだろう。


「真面目な任務なんだけどね。理想はステンノーに近付いて欲しいけど。私じゃまたマスカレイドの闇市場みたいな事を起こしそうだし」


「明らかに敵対している私も駄目だ。そもそも要塞国家はドラゴンの入国禁止なんだとよ。近付いたら殺傷力の高い魔法の弾丸による銃殺刑だそうだ」


 夜会のダンス・パーティーに参加する為に、ダンスやテーブルマナーの練習など一朝一夕で出来るものではない。


「ふふっ、それにしても私達の国で舞踏会とか開けたらいいんだけどねえ」

 ロゼッタは冗談めかして言った。


 結局、作戦の練り直しが必要になった。



「まあ。夜会のダンス・パーティーへの参加はどうでもいいな。イリシュ、お前はエル・ミラージュの内部に侵入して出来るだけ情報を漁ってきて欲しい。理想は社交パーティーに潜り込む事だが、情報が手に入れば、なんでもいい。通信機器も渡す」


 ベドラムはあくまでイリシュをスパイとして、敵国へと潜入させる事を考えているみたいだった。淡々と、だが着実に戦争の準備と侵攻を考えている。


「私もやっぱりイリシュが適任だと思うわ」

 ロゼッタも頷く。


「私一人じゃ無理です……………」


「じゃあ誰でもいいから誘って」

 ロゼッタは半ば命令口調で告げる。


「うわー。パワハラです………………」

 イリシュは半泣きになっていた。



 ジャベリンの城の庭園では、ダーシャが一人弓の訓練をしていた。

 聞く処によると、最近、彼は街の冒険者達のパーティーに入ったりして、ダンジョン探索などを行って自己鍛錬を行っているらしい。彼にとって、それ程、マスカレイドでの辛酸、故郷のエレスブルクでの悔恨がとても強いのだろう。強くなりたい、と、ひっきりなしに口癖のように言っている。


 イリシュはダーシャに事情を話す。


「俺は無理。ヒルフェのクソ野郎から眼を付けられてる。っていうか、ロゼッタと一緒にヒルフェを始末する事を話し合っている」

 ダーシャは首を横に振った。


「ってか。ロゼッタ達、何考えてやがるんだ? 入国検査で引っ掛かるだろ。お前の(ツラ)割れてるだろ」


「私なら大丈夫、だそうです」

 イリシュは大きく溜め息を付く。


 ダーシャはしばらく何かを考えているみたいだった。


「夜会とかでヒルフェやその部下に遭遇したら、それも利用するつもりか」

 ダーシャはロゼッタ達の思惑を考えているみたいだった。


「またソレイユから人員を斡旋して貰うのはどうだ?」

 ダーシャは無難な提案をする。


「あの人、全然、信用出来ないです………………」

 イリシュはウンザリした表情になる。


「じゃあ監視役をエルフの側から探す。エルフの中から美女を一人。吸血鬼の側から美女をもう一人。これで潜入はどうだ?」

「それなら…………」

 イリシュは渋々、合意したみたいだった。

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