絹の道、シルクロード そして。歓楽都市を後にして。黒竜ディザレシーは舞い降りる。
‐俺が王都を守れる立派な魔法使いになるまでだよ。そしたらさ……
とにかく、俺は強くなるからな! そしてきっと偉くなる。その時まで待っていてくれよ!‐
エートル
‐私は、王女だけど。いずれ、王都と民の為に、魔導部隊にも入るつもりだから……、民の為に今、動いている。‐
ロゼッタ
‐これは一夜にして枯れる冠です。森もエルフの寿命も果てしなく長い。でも、だからこそ、一瞬の時間を大切にしよう、って意味を込めて作られた魔法の花の冠。どうぞ、イリシュさん‐
リザリー
‐此処には私がもっとも信頼している者と、お前らしかいない。イリシュ、何があったか具体的に話せ‐
ベドラム
‐ソレイユ様はいつも俺達、吸血鬼の事をよく想ってくれています。俺はソレイユ様の為になら、きっと何でもしますし、何でも差し出すでしょう‐
ゾートルート
‐イリシュ。お前は『傾国の美女』だ。魔性の女だ。お前の魅力のせいで一体、何人の者達が犠牲になったんだろうな。そしてこれからも犠牲者は増えるだろうな‐
ダーシャ
‐俺は連中の金を奪って、この国から逃げてやる。そうだな奪った金で宿屋か酒場でもやるか。家を一つか二つ建てて、新しく商売出来る金を奪わないとなあ‐
シトレー
‐ちゃんと俺を見つけられると思った‐
オリヴィ
‐ありがとうな、イリシュ。お前といた十年余り、幸せだったよ…………‐
エートル
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浅い眠りの中でこれまで出会った沢山の者達の言葉が、イリシュの頭の中で囁かれていた。生者も死者も無関係に。イリシュの記憶の中では生者も死者も同じ世界線の中で生きている。
沢山の者達がイリシュに対して、あらゆる言葉を掛けてきた。
まるで何かを託すように。
みなイリシュに好意を感じていた。…………………。
イリシュは眼を覚ます。
シルクロードの列車から降りた後、馬車を使ってマスカレイドの海岸へと向かっている途中だった。
「おっ。ようやく眼を覚ましたか。疲れ切っていたのか? なんかうなされていたぜ?」
オリヴィが馬車に揺られながら外の景色を眺めていた。
ダーシャは何か物想いに耽っているみたいだった。
「…………生きている人達と、死んでしまった人達…………。沢山、夢の中で会いました…………」
イリシュは寝ぼけ眼で二人に告げる。
「夢は本当に自由だな! 楽しかったか?」
オリヴィは明るく笑う。
「いえ。皆様から“呪いの言葉”ばかり聞かされました。生きるとは何でこんなに辛いんでしょう…………」
イリシュは眼をこすった。
「なんだ。イリシュ。お前も一人前に皮肉でも言うようになったか?」
ダーシャは笑う。
「皮肉、というか……………………」
イリシュは思わず顔を覆っていた。
「なんでこんなに辛いんですか? なんで私の眼の前で死ぬの? なんでみんな死んじゃったの? ダーシャさんもオリヴィさんもロゼッタ様もベドラム様もフリースさんもヴァルドガルトさんも私を置いて死んでいくんですか?」
イリシュは半ば半狂乱になっていた。
「落ち着けよ。大丈夫かよ?」
ダーシャは訊ねる。
「ダーシャ。駄目だよ。女の子を落ち着かせるのに、その態度じゃ。よしよし、大丈夫だよ、イリシュ。君は優し過ぎるんだね。もう大丈夫だよ、俺が付いている」
オリヴィは優しくイリシュの頭を撫でる。
やがて、馬車はマスカレイドの海岸まで辿り着いた。
これから船を待たなければならない。
ダーシャとイリシュ。
そしてオリヴィは船で待っていた者達を見て完全に委縮してしまった。
真っ黒な鱗の巨大な体躯をしたドラゴンが、海岸の辺りに鎮座していた。
そして、黒竜の両隣には一回り小さな二体の赤いドラゴンがいた。
マスカレイドの者達は騒ぎ慌てふためいていた。
<『崩壊炉の荒野』を見てきたが。凄まじいものだったな。元気そうだな、エルフと修道女。それからお前は例のマスカレイドの王子か?>
黒竜ディザレシー。
ベドラムと共に行動している彼女の兄弟。
「おい。人々が怯えているだろ! ドラゴン二体連れて何しに来た!?」
ダーシャは声が裏返る。
<エル・ミラージュの王子ステンノーも世界征服の宣言をした。これから空中要塞とエル・ミラージュはじきに戦争になるだろう。その前にどうしても、俺は用事を幾つか済ませておかないとと思ってな。その一つが、修道女。イリシュと言ったか? 貴様の件だ>
ディザレシーは静かに怒り狂っている様子だった。
ドラゴン達が現れて、マスカレイドの住民達はパニックを起こしていた。
ディザレシーは面倒臭そうに、カギ爪を揺らす。
辺り一面が闇に包まれていた。
マスカレイドの海岸一帯が、ディザレシーによって作り出される黒い影に覆い尽くされていく。
<心配しなくても無関係な奴には危害を加えない。イリシュ。貴様だ。ソレイユの件で貴様と話がしたい>
「なん、でしょうか?」
イリシュは震えながら訊ねた。
<貴様らがこの国に行っている間に、俺は『崩壊炉の荒野』に行ってきた。ロゼッタ達と一緒にな。イリシュ、貴様は人間の教会から“核兵器の設計図”と“核兵器の力を魔法として使える技術”を吸血鬼の王に売り渡したのだぞ? それが“光の魔法”、“太陽の魔法”の秘密だ>
黒竜ディザレシーは淡々とイリシュの罪状を述べていた。
イリシュは何も言わず、素直にディザレシーの前に立つと深々と頭を下げる。
「ごめんなさい……………。私一人の命でいいのなら、償います…………。貴方の好きなように………………」
イリシュはぽろぽろと泣き崩れていた。
黒竜ディザレシーは眼の前の少女を見ながら、何かを考えているみたいだった。
黒竜とイリシュの周辺を中心に、地面の黒い影の中から無数の人々が現れていく。彼らは酷く苦しそうにうめき声を上げていた。
<これは『崩壊炉の荒野』と呼ばれるようになった国々で生きた者達の幻影だ>
影の中から現れた人々は次々と爆散し、溶け崩れていく。
<本当は貴様をゾートルートと同じように処刑しようと考えたが止めだ。イリシュ、これから戦争が起こる。大きな戦争になるだろう。大国エル・ミラージュは核兵器を保有する国だ。イリシュ、貴様の責は、貴様が沢山の者達を救う事によって償われるだろう>
黒竜はイリシュに対して満足したように頷いた。
「はいっ!」
イリシュは顔を上げる。
辺り一面に広がった影が消え去っていく。
後にはイリシュの元に駆け寄る、ダーシャとオリヴィの姿があった。
そしてマスカレイドの人々はドラゴン達に恐怖し、悲鳴を上げて逃げ惑っていた。
オリヴィはつかつかと、周りの空気も読めずブラック・ドラゴンの下に向かう。
「あのさー! 話終わったんなら、イリシュの国まで乗っけてくれねぇ? 船使うと遠いし、またクラーケンに襲われるの嫌なんだわ!」
オリヴィは叫ぶ。
ディザレシーは軽薄そうな口調で話す青年を見て、思わず顔に笑みを浮かべていた。
<貴様はイイ性根をしているな。元からそのつもりだ。俺の背中に乘るか?>
「ちょっとやめておくわ。お兄ちゃん怖いもん!」
黒竜が連れてきたレッド・ドラゴン二体は、それぞれダーシャとイリシュの二人を背中に乗せる。
「なんで、マスカレイドまでわざわざ来たんだ? ジャベリンで話付ければいい話だろ?」
オリヴィはディザレシーに訊ねた。
<宣戦布告も兼ねてだ。マスカレイドはエル・ミラージュと同盟国だ。オリヴィ王子殿。貴様は俺の背に乘れ。そして空中要塞かジャベリンに来て貰う>
「おい。断ったらどうなる?」
<炎のブレスは好きか? 炭化したステーキになるのを望んでいるのか? 貴様はこの国の王様のガキの一人だろ? 選ばせてやる。この国に残って、我ら『真紅の空中要塞』と戦うか。この国を亡命して俺達の国に来るか。オリヴィ王子と言ったな。貴様が自分で人生の今後を選べ>
ディザレシーは半ば威嚇、強迫するように告げる。
二体のレッド・ドラゴンの口が燃え上がっていた。
「なら」
オリヴィは迷う事無く跳躍してディザレシーの背中へと飛び乗った。
「ブラック・ドラゴン。俺をお前らの国に連れていけ! 俺はこの国、マスカレイドが大嫌いだ。クソで煮詰まれた国なんざ、喜んで亡命してやる。そもそも元々、そのつもりだった。王子っていう地位も捨てた!」
赤髪の青年は、黒竜の背中に飛び乗る。
<では。我らとジャベリンの為に。今後は役立って貰おうか>
ディザレシーは心なしか嬉しそうな表情をしていた。
そして三体のドラゴンはマスカレイドを飛び立っていった。
後には、海岸の阿鼻叫喚の混乱状態が続いていた。ドラゴンはただただ人々にとって、存在自体が恐怖の対象そのものでしかなかった。犠牲者が一人も出なくとも、人々が恐慌状態になるのは充分過ぎるものだった。
イリシュはドラゴンの背に乗りながら額を抑えていた。
‐イリシュ、貴様の責は、貴様が沢山の者達を救う事によって償われるだろう‐
イリシュは赤い竜の背中に乗りながら、頭の中で黒いドラゴンの言った言葉を何度も半数していた………………。彼女自身を苦しめる“呪いの言葉”が、また一つ増えた…………。
シルクロード編はこの話で終了です。
次はエル・ミラージュ編に移ります。




