絹の道、シルクロード シトレーの末路。
選択肢が無い場所で生まれた人間を救ってくれるような福祉のシステムなんて、この国には無い。だからシトレーは多くの貧民層の子供と同じように、小悪党として生きるしかなかった。
ドラゴンのベドラムが世界を征服しようが、人間のステンノーが世界を征服しようが自分には何も関係が無い。世の中が変わっても、どうせ教会から配られる配給食のパンやチキンの量が変わるわけじゃない。
小悪党のガキを救ってくれるのは、いつだって悪党の親玉だ。
だから、シトレーは悪党の親玉であるヒルフェからシケた依頼を受け続けていた。
「あのシスターの小娘…………。イリシュ………………。お前は一体、何なんだ……………」
シトレーは自宅へと向かっていた。
シスターや教会関係者を含めた人間は嫌いだ。反吐が出る。
それらの職業に就いている人間は無惨に死ねばいい。シスターの女共は惨めに凌辱されて死ねばいい。
この国に神はいない。
それが貧民街の共通言語だ。
ギャンブル依存や安っぽいドラッグに手を出して、最後は自分を救ってくれない神を都合よく夢想しながら路上で幻覚を見ながら病気か飢えで死ぬ。
何の魔法もこもっていない、変なまじないのスピリチュアルの石などが売れる。
「どうせ何も無い人生なんだ。やるだけの事はやるか」
成り行きでヒルフェ達から金を奪う事を考えた。
もしそれを実行すれば、世界の果ての何処に行っても安息の場所なんて無いだろう。だが、このまま野垂れ死ぬまでその日暮らしの人生が続くばかりだ。
当たり前だがシンチェーロの金や財産の隠し場所なんて、彼の有能な部下が何名もいる金庫に保管されているわけだし、別の国に別荘を作ったり土地を貸したりして財産にしている。そこら辺のチンピラがそう簡単に奪えるもんじゃない。ヒルフェだって同じ事だ。
だが、シンチェーロはつねに財布を持ち歩いている。
あの男の財布の中には、シトレーが生涯掛けて稼げるか怪しい金がつねに入っている。紙幣の束が入っている。それだけで充分だ。奴の財布をスリ取れば、家の一軒だって建てられる。
「シンチェーロの方から奪うか。財布なんざ、落としたって勘違いしてくれるとありがたいんだがな」
彼はそう浅薄極まりない考えで、人生の決断を下したのだった。
彼は最後に教会へと訪れた。
十字架が立っている。
人間の神でも異教の神でも、空にいるであろう天空の神でもいい。シトレーは彼らを呪いながら、祈った。
「シンチェーロ。あの黒豚野郎。やっぱ殺してやろうか…………」
シトレーは何故か涙を流していた。
絶望の底は何故か明るい。
サンテは自分の事をどう思っているのだろう。
彼女に付いていけば、何か未来が見えるか?
「いや………………。自分の人生は自分で決めてぇんだわ」
そう呟いて、シトレーはシンチェーロが滞在しているであろうブラック・マーケットで待ち伏せする事にした。一度、自宅に戻り道具が必要になるだろう。今はナイフも火薬も取り上げられて失っているのだ。手ぶらで行くわけにはいかない。
自宅のアパートの前に辿り着く。
自宅の前の階段には見知った、ぼろぼろのセーラー服の女が座り込んでいた。
「シトレー。明日の夜。ビーチに行って夕飯食おうぜぇ」
サンテはシトレーを睨み付ける。
「…………。またっすか。夕飯くらい一人で食べましょうよ」
シトレーは頭を抱えて溜め息を付く。
「あたしはお前と一緒に食いてぇんだよ。この前はカビ臭ぇ場所で飯食わせて悪かったな。ビーチに廃墟があるだろ。そこの廃屋の一つに日が落ちる夕暮れ前に来いよ。青い屋根に、青い色のボロボロのドアの廃屋だからな、来いよ」
「せめて安い食堂にしましょうよ。一般人から正体がバレるのが嫌なら、変装とかでもすればいいじゃないっすか」
シトレーは再び溜め息を付く。
「人が多い場所が嫌いなんだよ。なんだよ、せっかく、あたしが屋台で買ってきてやってるのに」
「俺。仕事の用事もあるんすよ。今から部屋に戻りますね」
シトレーは慌てて走っていく。
「来なかったら、あたしがお前、殺すからな。分かってるだろーな。太陽が沈む前にビーチの廃屋に来いよ」
サンテは振り返らずに告げる。
サンテが何かに勘付いている事に、シトレーは気付かずにいるみたいだった。




