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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
絹の道、シルクロード
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絹の道、シルクロード 広い砂漠のオアシスにて。

 砂漠の街にある遊牧民の住むオアシスの一角。

 眼鏡を掛けた男がテント小屋から辺りを見回していた。


 何処までも続く地平線。サボテンが生い茂る砂漠の荒野。

 此処は絹の道『シルクロード』と呼ばれる、歓楽都市マスカレイドと要塞都市エル・ミラージュを繋ぐ貿易路だった。


 遠くには列車が走っている。

 辺りには行商人達が行き来していた。

 ラクダや馬。ペガサスなどを連れて、香辛料やアクセサリーを売っていたり、屋台などが作られていた。刃物や銃火器、ロープなどを売る小さな武器商人まで存在する。


 ある種、此処は小さな街とも言えた。


「追っ手らしき者はいないよ。しかし、いつまで此処で潜伏するつもりだい?」


 眼鏡の男はテントの奥にいる赤髪の青年に訊ねる。


「状況次第では、いつまでもだよ。あんたとも縁があるしな」


 赤髪の男、オリヴィは眼鏡の男を睨んでいた。


「ヒルフェからの追っ手は僕の結界魔法でまいているけど。いつまで、そうやっているんだい?」


「ああ。あんた本人に直々にアリジャの意識を止めた呪いを解いて貰うまでだ。ジャベリンに一緒に向かって貰う。だから早く傷を治せ」


 ふう、っと。眼鏡の男は鼻を鳴らした。


「しかし。僕自身もなんで君と共に潜伏しているのか分からないな」


 マスカレイドの王子オリヴィと、魔王ジュスティスは互いの顔を見ながら微妙な表情をしていた。


 人間側には知られていない情報だが。

 魔王の間では、魔王の一人が死ぬと、別の魔王が魔力感知によってその情報が伝達されるように、互いに魔力の受け渡しが行われている。


 故に、ジュスティスは自分が生きている事を、他の魔王達は知っている。

 おそらく、ベドラム辺りが人間側にその情報を話している可能性が高い。


 そして、ジュスティス側にも、リベルタスの死が伝わっている。


 ソレイユが魔王として戴冠した事も。

 ステンノーが魔王として戴冠した事も、映像魔法を通さなくても、魔力感知によって伝達されている。


 二人が一時的に組む事になったのは、ロゼッタ達がマスカレイドを離れた時期だった。それはちょうど、彼女達がエルフの森に入り込む少し前だ。


 海域で巨大クラーケンの腹の中から脱出したジュスティスは、満身創痍のまま丘に上がった。そこで同じく満身創痍で、ヒルフェの部下達を始末して、砂浜に突っ伏している青年を見つけたのがきっかけだった。


 色々、会話を交わしていくうちに、互いの“利害が一致”した為に組む事になった。


 ジュスティスはいずれ、アリジャの呪いを解く事を条件に。

 オリヴィはジュスティスの傷が癒えるまで、互いに協力して身を隠す事になった。


「で。君、大丈夫なの? 僕はドラゴンの空中要塞と、ジャベリンを敵に回しているんだけど」

 倫理の魔王は首を傾げる。


「いや。あんた本人がアリジャを元に戻してくれたらそれでいい。俺はロゼッタもベドラムも関係無い」


 ジュスティスはジャベリンの王女の腹心の部下である修道女の幼馴染を残酷に殺している。それは彼自身の口から聞かされている。裏側でジャベリンという国をボロボロにしていた事もだ。


 オリヴィはイリシュの顔を思い浮かべた。

 イリシュには悪い事をしていると思う。


 だが………………。


「俺の敵はあんたじゃない。俺の敵はヒルフェっていう腐れ外道だ。そしてヒルフェの傀儡のシンチェーロだな。あんたはロゼッタやイリシュに殺されればいい。………………だが、それはあんたがアリジャを治した後だ」


「君が道理が分かる人間で本当に助かっているよ」


 ジュスティスもテントに戻って腰を下ろす。

 クラーケンの消化液が体内を駆け巡り、麻痺毒まで食らっている。

 加えてそもそも身体的損傷が激しかった。融合の魔法が使えなければ、とっくに身体が四散していただろう。

 肉体が完治するのはまだまだ先だろう。

 魔力も元に戻っていない。


 オリヴィから、散々、魔王の一角も地に堕ちたものだと皮肉を言われた。黙って現状を受け止めるしかない。


「しかし。我々は惨めだなあ。必死で生に縋って、この有り様だ」

 そう言いながら、ジュスティスは痛む全身の傷に抗っていた。

 ……このテント内には回復魔法のスクロールも、解毒のスクロールも無い。ひたすらに自然治癒を待つばかりだった。


「俺はイリシュの幼馴染みてぇに。テメェに簡単に寝首かかれねぇからな」

 オリヴィは吐き捨てるように言う。


「今の僕にはそれをするメリットが何も無い。大人しく君の望みを叶えるのを待つまでだよ」

 ジュスティスは小さく溜め息を吐いた。


「で。本当にヒルフェ達を殺すつもりでいるのかい?」

 ジュスティスは少し嘲笑うように訊ねた。


「本気だ。勿論、シンチェーロも始末したい。連中は俺の国の癌だからな。必要悪って言われているが納得するわけねぇーだろ」

 そう言いながら、オリヴィは缶ビールの蓋を開ける。


「そうか…………。僕は君の恋人を戻した後。『ローズ・ガーデン』に向かう事にするよ」

 ジュスティスは不敵な笑みを浮かべる。


「なんで、そんな場所に行くんだ?」


「僕の使う大半の魔法が生まれた場所だからね。そこで力を付けさせて貰う。思い知らされた事だが、僕は魔王の中では遥か格下だ。このままジャベリンの王女や竜の女王に殺されるのは嫌なんでね」


「意外に謙虚なんだな」

 オリヴィは鼻を鳴らす。


「修道女達はいずれマスカレイドに来る筈だろう? 合流を考えないのかい?」


「いや。あんたと組んでる時点で駄目だ。それにこっちの事情に巻き込みたくない」


 オリヴィは缶ビールを飲み干す。


「あんたこそ、ロゼッタ王女様達に復讐を考えないのか?」


「さて。僕は僕なりに楽しめたからいいよ。僕の目的は世界征服でも人間の抹殺でもないからね。魔族の統治でもない」

 ジュスティスは小馬鹿にしたように、口笛を吹き始める。


「じゃあ。何がしたいんだ?」


「世界の混沌を見届けたい」


 ジュスティスは不敵に笑った。

 

「さて。僕が君の恋人の呪いを解いた後。敵同士になるかい?」

 ジュスティスは改めて訊ねる。


「いや。やめておく。あんたと敵対するメリットは無いし。素直にアリジャを治してくれれば、因縁も無くなる。ロゼッタ達との争いは他でしてくれ。俺の最重要事項はヒルフェ達だ」


 オリヴィは、遠回しにイリシュの代わりに仇を討つつもりは無い事を告げていた。

 そもそも、イリシュの幼馴染と面識が無い。

 オリヴィにとっては、まるで関係の無い事だ。


 目的を見誤れば、余計な敵を作り、自身の身を滅ぼす。

 汚い利害関係ばかりで人間関係が結ばれるマスカレイドで生きていれば、自然とその感覚が肌に身に付く。


「状況次第だと、君はジャベリンと空中要塞を敵に回す事になるよ?」

 ジュスティスは本当に楽しそうな顔をしていた。

 この男は本当に、人が嫌がる事を喜ぶのだろう。

 今でこそ弱っているが、かなり危険な存在である事は間違いない。


 だが、毒を制するには別の毒が必要だ。


「そうならないように、ずっと落とし処を考えている。それがマスカレイドで生きていく上での常識だ」


 マスカレイドの裏社会においては、誰かが誰かを殺す事は当たり前だ。

 当然、殺された者を悲しむ友人や恋人、家族などはいる。

 報復に対しての報復の返しもある。

 

 裏社会の考え方は、自然と表社会の住民達の考え方として浸透している。

 マスカレイドの道徳観と、ジャベリンの道徳観は違う。


 自分の親や恋人を殺した人間と、笑って飯を食わなければならない事など幾らでもある。

 それが、マスカレイドという闇社会で生きていく事だ。


「クソみてぇーな国だと思うけど。俺は合理的だと思っている」


 オリヴィは二本目の缶ビールを開けた。


「どっかで落とし処、見つけねぇーと。相手の親族や関係者全員殺すまで終わらねぇからな。ロゼッタ王女が知ったら怒り狂う倫理観だろうなあ」


 人間と魔族の道徳観が違うように。

 国を隔てれば、国同士の道徳観も違う。


 正義や道徳は無数に存在する。


 オリヴィは眼の前にいる男が、正義や倫理を司る魔王である事を想い出して皮肉めいた笑いを浮かべていた。


「まあいいさ。ジュスティスの兄貴。これからも仲良くしていこうぜ」

 そう言いながら、オリヴィは缶ビールの一本をジュスティスに投げ付ける。

 ジュスティスはそれを受け取り、不快そうな顔をする。


「怪我人はもっと労わるものだよ」


「悪ぃー。俺、男には優しくねぇーんだわ」

 さも、女性には優しいんだと言わんばかりに、オリヴィはいつもの軽薄そうな口調になった。


「君はつかみどころが無いね」

 ジュスティスは渡された缶ビールを床に置いた。


「お前には言われたくねーんだけどな。おっ、兄貴。地平線が綺麗だぜ。砂漠の地面が無数の宝石のように輝いてやがる」


 二人はお互いを喰えない者だな、と思いながら、苦笑し合っていた。


「んなー。兄貴。って事で、ヒルフェとシンチェーロ殺す事、手伝ってくれね? 頼りにしてるからさー」

 オリヴィは朗らかな笑みで言った。


「本当に馬鹿なのかい? 君は。色々な意味で」

 ジュスティスは……………。

 ジャベリンで非道極まりない悪の限りを尽くした倫理の魔王ジュスティスは、……この軽薄極まりない青年の発言に、ドン引きしていた………………。


「あ。王女様にも言われた気がする」

 オリヴィは思い出したように笑う。


「真面目に物事を正しく説明していいかい? 逆に聞くけど、僕が君に対して“ベドラムを殺す事に協力して欲しい”と告げたら、君は僕への信頼を失うだろう? 正気さえ疑う筈だ。というか、僕は君の正気を疑っているのだがね」


 ジュスティスの表情は、可哀想な人間を見て哀れむそれだった。


「…………ですよね…………。いや、ほんとすんません…………」

 意外にも、オリヴィは自分の発言の狂気に気付いているみたいだった。


 よくよく考えれば、ジュスティスは闇市場の常連でヒルフェ達とは友好な関係を築いている立場にいる。加えて、魔王という立場を考えても対立する理由が何も無い。ジュスティスにはデメリットしかない。


「マスカレイドの人間は君みたいな馬鹿ばかりなのかい?」

 ジュスティスは嫌味ったらしく言う。


「いや。国民性っすよ。目先の利益を考えて、突っ走る奴が多い。俺は貧民街に潜伏していた時期があるから、相手の立場より自分の利益、自分の復讐心で突っ走る馬鹿が多いんですよね。いや、ほんとこれがマスカレイド流なんで失言は勘弁してください」


「自分の問題を国の問題にすり替えるんじゃないよ。……そうか、君はこの国の王子だったか。極めて笑えない冗談だねえ」

 ジュスティスは心底、呆れた顔をしていた。


 遠くで列車が通る音がいた。

 マスカレイドとエル・ミラージュを繋ぐ列車だ。

 列車の中には、つねにヒルフェの手下が乗っていて、この辺りも見張られている。


 ジュスティスは傷が癒えれば、カメレオンとコウモリを融合させたキメラで此処を離れる計画をオリヴィに伝えている。オリヴィも石術の魔法で砂嵐を巻き起こしたりして攪乱する事を話している。


 ……お互いの得意な魔法は教え合っている。『固有魔法』もだ。

 簡単に互いが裏切りにくいように、カードを見せ合っている。

 ジュスティスは、本当に最近は人間にしてやられていると内心、苦笑いを浮かべていた。

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