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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
絹の道、シルクロード
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絹の道、シルクロード イリシュVSシトレー 1


 ブラック・マーケットの奴隷市場では毎夜、貴族達や金持ち達の為に残酷な催し物が出されている。あるいは卑猥で下劣なものも。


 今夜は片手にナイフを持った人間の少女が、巨大な体躯の大鬼オーガに蹂躙される試合だった。少女はなすすべもなくオーガの手によって凌辱されていく。

 観客達は喜びの声を上げていた。


 シトレーとヒルフェは煙草を吹かしながら、下劣な見世物を眺めていた。


「一見、性的に蹂躙されているのは人間の少女だけだが。オーガの方も尊厳を壊されている。彼らには誇り高き戦士の信念が根付いている。だがただの醜い大鬼としてしか観客達の眼には映らない。同類の事も考えているだろう」

 ヒルフェの吸う煙草は人を舐めたように甘い香りがする。

 彼は色々な種類の上等な煙草を好んでいた。


「結果。少女も醜いモンスターの方も、両方の尊厳が破壊される。先に心的外傷で自害するのはどちらだろうな。ミノタウロスやリザードマンにやらせていた事もあったな」


「なんで。このマーケットはこんなゲスな見世物が流行ってるんだ?」

 シトレーは悪態を付く。


「人間とはそういう悪趣味なものが好きだからだ。それに尽きるだろうな」


 シンチェーロが取り締まる腐った世界。

 臓器が売買され、あらゆる種族の者達が見世物にされ、奴隷として売られていく闇市場。


 シトレーはこの世界に対して酷く憎しみを抱いていた。

 彼が恐れ、慕うサンテも、かつて人間達の手で散々、蹂躙、凌辱されるか弱い少女であったと聞く。多分、サンテの為になら命を賭けられるだろう。苦手意識こそあれ、シトレーにとってのサンテはある種の救いだった。


 この世界の汚さを憎む同志。

 

 シトレーはキツい混ぜ物が入った煙草を吸う。

 少しトリップ出来る奴だ。

 この味を知っている限り、濁った怒りを抑える事が出来る。


「さて。そろそろ行くか。これからカジノでルーレットをする金を奢ってやろう」

 そう言ってヒルフェは悪意のある見世物を見る観客席から立ち去った。

 シトレーもそれに続く。

「酒や飯とかも奢ってくれます?」

「食事だけならいいぞ。酒は駄目だ。明日の仕事の為に酔い潰れては困る」

 ヒルフェはそう告げた。


 その日は…………、ステンノーが魔王として戴冠した夜だった。

 明日は、シトレーはヒルフェの依頼を受けて動かなければならない…………。



 マスカレイドに来てから四日目だ。

 ちょうど昨日、エル・ミラージュ国の王子であるステンノーが新たなる“魔王”として戴冠した事は庶民達の間でも持ち切りだった。人間と魔族の関係が今後、どうなっていくのか。そんな話ばかりが世間を賑わせていた。


 ダーシャは、昼の繁華街を歩いていた。

 今日は、イリシュはダズーの処にいる。

 そろそろ隠れ家を移動しなければならないだろう。


「かなり遅かったじゃねぇか。俺は上陸して初日、遅くても二日目には襲撃してくると思ったんだけどな」

 ダーシャは繁華街のテラスになっている部分に向かって、語り掛ける。


 しゅたり、と、何者かがダーシャの背後に着地して周り込もうとしていた。

 ダーシャは、その人物から距離を取る。


「赤髪の王子を殺す事を優先されてな。後、エル・ミラージュに用事があった。それでお前らは後回しだ。どうせしばらく滞在するだろうって踏んでいただろうからな」

 

 汚らしい灰色の髪をした、顔に傷のある青年だった。

 薄汚れた服と、手には短刀を握り締めている。

 ご丁寧に短刀を舌で舐め回していた。


「唾液で細菌を感染させるよりも、毒を塗った方がいいと思うぞ。確実に標的を殺せる」

 ダーシャは面倒臭そうな顔をする。

 ソレイユを信じたならば、裏社会、闇市場に属する者ではない。

 おそらく、フリーの殺し屋といった処か。


「で。お前を雇っている、ヒルフェのおっさん元気? 俺は会って挨拶がしたいんだけどな」


「なんで、俺がヒルフェに雇われているって思う?」

 殺し屋は訊ねる。


「それ以外の状況無いだろ。まあ、いいや。返り討ちにしてやる……いや、お前にはヒルフェの居場所を吐いて貰おうか。いつものように闇市場にいるのか?」

 ダーシャも懐から短刀を抜き出した。


 繁華街にいる住民達は、大声で悲鳴を上げる。


 ダーシャはすぐに路地裏へと誘った。


「で。お前、名前は? 俺の名前は知ってるだろ?」

「シトレー。これから死人になる奴に名乗る意味わかんねーけどな」


 シトレーは、ナイフをブーメランのようにして投げ付ける。

 ダーシャはそこら辺から拝借した適当な鉄の棒を投げ付けて、シトレーの両脚に向けて蹴り飛ばしていた。


 ……捨て石だな、こいつは。

 ダーシャは漠然とそんな事を考えていた。


 こちらの動向を探らせる為に雇った、替えが幾らでも効く殺し屋って処か。しかもまだ若い。後、頭が悪そうだ。


 ヒルフェは専属の部下を持っていると聞いている。

 本気で始末してするのなら、専属の部下を使うだろう。


 ……様子見って処かな。


「赤髪の男、オリヴィもターゲットに入っているんだっけ? ヒルフェの奴はオリヴィの居場所を未だに把握してねぇーのかよ」

 ダーシャは気怠そうに訊ねる。


「ああ見つからねぇってよ。一体、どんだけ探し回ってるんだろうな。ひょっとしたら、この国にはもういねぇーかもしれねぇーのにな!」

 シトレーは両手に鎖を振り回していた。鎖の先には刃物が付いていた。


 ダーシャはシトレーと適当にやり合いながら考えていた。

 ……こいつから、かなりの情報を引き出せる、と。


「オリヴィはこの国の国王の隠し子の王子って聞いてんだが。俺はそれ疑っているんだけど、お前、もっと詳しい事、知らないか?」


「ああ? 知らねぇーよ。俺も赤髪は詳しく知らねぇー。ただ殺せって言われただけだ」


「依頼された、つー事は、大体の見当は付いてんだろ?」


「一応な。あの赤髪、潜伏しているとしたら、シルクロードかエル・ミラージュらしいって推理されてるぜ」


「はあん」


 適当な武器でやり合ってみて分かった。


 このシトレーという殺し屋、かなり弱い。


 おそらく、一般人を殺す事を専門としてきたのだろう。

 だが、基礎的な体術などは素人レベルだ。


 エルフの里だって弓兵達は訓練をしている。

 ジャベリンの騎士達もそれなりだ。

 まがりなりにも、彼らは森や洞窟などに生息する適当なモンスターなら倒す事が出来る。だが、眼の前にいる殺し屋は、訓練された兵士達よりも遥かに弱い。


 加えてうぬぼれがあるのか、平気で情報をべらべらと喋ってくれる。


 ……もう少し、こいつとじゃれ合って、オリヴィと。そして、こいつに依頼したヒルフェの情報を引き出すべきだな。ヒルフェの固有魔法の情報まで引き出せたら上出来だ。……こいつに教えている可能性は低いが…………。


 ダーシャは、シトレーの動きが止まって見えていた。

 このままあしらっておくか?


 いや…………。

 再起不能にした方がいいか? イリシュを狙われるとやっかいかもしれない。


 そう考えながら、ダーシャが眼の前の殺し屋をどうしようか考えていると。


 突然。地面が爆裂した。


 そして次に、辺り一帯が光り輝く。

 気が付くと、周りには煙幕が広がっていた。


 おそらく、煙幕と爆薬、そして閃光弾を同時に地面に投げたのだろう。……少し舐め過ぎていた。あの男はダーシャに勝てないと思って逃げる事に切り替えたのだろう。


 確かに弱い敵ではあったのだが……。

 ……逃げ足だけはやたらと早いな、もう何処にいったかつかめない。


 ダーシャは自分が少しばかりしくじった事に気付く。

 向こうも、こちらの情報を引き出そうと襲撃してきたのだろう。


 そしてあの敵の狙う先はダズーの店だ。自分達の隠れ家などとっくにバレているだろう。なら、次に奴が向かう先はダズーの店だ。


 間に合うか?


「この辺りの地理に疎いな。見くびっていた…………。畜生、十五分……。いや、二十分はあの店に戻るのにかかるか?」

 ダーシャはすぐさま走って、ダズーの店へと向かった。

 この辺りは人込みが多い。

 想定よりも遅れるかもしれない。

 何とか、襲撃に対してあの二人が持ってくれればいいのだが…………。

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