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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
絹の道、シルクロード
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絹の道、シルクロード 人探し。1


 ダーシャは街中の裏路地でヤクザの情報屋から、様々な情報を金を払って買い取っていた。ヤクザと言っても大きな組織では無いらしい。シノギ(収入源)は、もっぱら屋台らしい。


 強面にタトゥーが入った男達が雑談混じりに、エルフの青年に色々な事を教えてくれた。


「人間の若い女、エルフの女は風俗や路上売春で金になる。だから借金で首が回らなくなったり、何かの制裁の際には、マフィアやヤクザは人間やエルフの女の場合は、売春宿……俗に言う、風俗に売り飛ばす。俺らの間で泡風呂に沈めるって隠語で呼んでる」

 特にエルフは希少だから、高値で売れる、とヤクザの一人が言った。

 ダーシャは眉をしかめる。


「対して吸血鬼とドラゴンの女は金にならない。

吸血鬼やドラゴンは男女で腕力の差は無いし。

ドラゴンに至っては、亜人化する事さえ出来ない者までいる。

亜人化出来ない魔族は全員、売りもんになんねぇーな。

イチモツを可愛がって貰うとか、ケツの穴の利用価値さえねぇーよ。


吸血鬼の女は大抵、美しいツラをしているが、血吸いの衝動が恐ろしくて、まず風俗店は雇うのを断る。

どの店もリスクヘッジを徹底している。当然だ。

だから、素直に吸血鬼やドラゴンは女でも肉体労働で稼がせる事、一択になる」


 そもそも、ドラゴンの女なんてこの国で取引したとかって話、俺は聞いた事ねぇーよ。と、短髪顎鬚に全身タトゥーの男が言った。


 ……吸血鬼の女はそれなりにいるという事らしい…………。


「動物や昆虫の世界と同じだ。メスが強い種族だって幾らでもいる。身体的にメスが強い種族は、まず風俗店、お前らの言う売春宿は雇うのを忌み嫌う。客に何かあったら、マジで怖いからな」


 ダーシャは熱心に、裏稼業のヤクザ達の話す色々な情報のメモを取っていく。

 百年以上生きている彼でも、世界情勢、ましてや闇ビジネスなどに関して分からない事は沢山ある。そもそも情報は現地に赴いたわけではなく、里にいる時に外から入ってきたものだ。



「お前の話が本当なら、アリジャという人間の女は、奴隷市場に売られていたんだろう? その前に散々、風俗店で使用されていた筈だ。王族関係者となれば、高い金払ってでも買いに行く客も多いだろうからな」

 スキンヘッドの頭部にタトゥーを入れたヤクザは、ぷはあ、と、煙草を吹かしていた。

 

「助けたはいいが、薬物漬けだったかもしれねぇーな。違法ドラッグの味を教えてやれば、喜んで売春宿のエースとして活躍する女も多い」

 全身タトゥーの男は言う。


「アリジャって女は意識不明なんだろ? もし起こす事が出来ても、薬物依存を辞めさせる必要が出てくるかもしれねぇーな」


「あと。売春宿ですり減った女は、恐怖で脳がやられていて、トラウマを発症している奴が多い。いきなり発狂して飛び降り自殺したり、首吊ったりする奴までいる。俺らヤクザは女のそんな部分を気にせず、割り切って、風俗に沈めるが。意識が戻っても、普通の生活を送らせるのは難しいかもしれねぇーな」


「生意気な女を従わせる為の拷問の方法とかも、いくらでも教えられるぜ。売り物として、身体を傷付けずに効率よく女の心身を痛め付け従わせる方法を、俺らは幾らでも知っている。聞くか?」


「いやいい。それは興味が無い」

 ダーシャは不快な顔になる。


「そうか。兄ちゃん、いざとなった時の為に、聞いておいてもいいと思うんだけどな」


 ダーシャはすぐに考えを改める。

 酷い拷問を受けた者達が、どのような仕打ちを受けたのか。

 そしてトラウマや後遺症などから立ち直る為に、どう接していけばいいのか、という知識には役立つだろう。


「分かった。…………教えてくれ」


 それからしばらくの間、スキンヘッドの男は嬉々として女を痛め付ける拷問方法を語り始める。ダーシャは内心、胸糞悪かったが、真剣にメモを取っていく。


 イリシュが聞いたら卒倒しそうな内容ばかりだった。

 ダーシャの眼の前にいるヤクザ二人も、大小なりとも人を不幸にするビジネスに加担している。

 ロゼッタ王女なら、考え無しで情報屋のヤクザでさえ殴り飛ばすかもしれない。


 やはり、自分一人で来て良かったと思う。



「結論から言うんだが。エルフの青年、お前。そのアリジャって女と“自称”この国の王子様を助ける事にメリットってあるのか? そうする事によって、お前に何のメリットがあるんだ?」


「ああ。……俺もそれは思っている」


「親族とかじゃねぇーんだろ? ならこれ以上、この問題に関わらない方がいいかもな」


「助言助かる。それは俺も考えておく」


 ダーシャはヤクザの情報屋二人に金を渡して店を出る。

 また何かあったら、俺らに相談してな、と情報屋達は声を掛けてくれた。


 見た目に反して意外と、良い連中なのかもしれない。

“本当に悪い人間”なら、ヤバ過ぎる内容を教えてくれないし、そもそもこんな下町でシケた情報屋なんてやっていないのかもしれない。普段の稼ぎは、屋台や建築業が中心というのも本当の話なのだろう。


「悪人と善人を見分けるスキルが俺には必要だな。外見で惑わされない事だな」

 先ほどの情報屋いわく“本当に悪い奴程”。教会の神父の格好をしていたり、身なりが高級なスーツを着ていたりするのだと言う。


 ちなみにドラゴンと吸血鬼に喧嘩を売るという事は“世界中で一番ヤバいヤクザ”に喧嘩を売るようなものだと先ほどの者達は言っていた。闇取引の市場でも捕まえてきたドラゴンを売るような真似はしない。そこら辺に好きに生息している野良のドラゴンでもまずやらない。

 空中要塞にバレたら、まず組織ごと命は無いと恐れられているみたいだった。

 裏社会のボスであるシンチェーロ相手でも、ドラゴンなら戦争を仕掛けてくるだろうと。


 吸血鬼の場合は、ソレイユと周辺の吸血鬼の貴族次第だという事だった。

 吸血鬼はビジネスを重んじる。吸血鬼の売り買いは行われていると聞かされた。


「ユニコーンやペガサス。グリフィンとかは売られているってのが、何とも言えねぇーな」

 金持ちの道楽として、特に角の生えた白い馬であるユニコーンなどは人気が高いらしい。


 後。やはりこれは引っ掛かる事だ。


 先ほどのヤクザ達が指摘していたように。

 オリヴィという男がこの国の王子であるという証拠が無いのだ。

 イリシュはオリヴィの話を聞いて信じ込んでいたみたいだが、結局の処、証拠が無い。そもそもこの国の王子の顔は各国に出回っている。オリヴィは妾の子で自分の存在は明かされていないとイリシュに言っていたらしいのだが…………。


 アリジャが目を覚ましていたら、もっと情報が聞き出せていたかも分からない。


「またイリシュは騙されている可能性があるのか? もし、自称・王子様が嘘を付いていたとなれば、この面倒事はややこしくなるな」


 自称・王子であるオリヴィという男の出生や情報なども探らなければならない。

 オリヴィという男が嘘を付いていたとすれば、彼は一体、何者なのだ?


「シンプルにあの二人の正体が、借金などで、逃げたホスト(女性専門風俗の従業員)と、ただの風俗嬢だったっていう事だったら、ほんと何もかも馬鹿丸出しになってしまうな」

 ダーシャはシニカルな表情で、露店で買った焼き菓子をガリガリと(かじ)った。

 

「まあいい。俺の目的はイリシュとは別にある。俺自身の覚悟の問題になるけどな」

 ダーシャは思い悩んでいるみたいだった。



 一方、イリシュは観覧車の周辺を探していた。

 地道にオリヴィに似た人間を探すしかない。


 もしイリシュに何かしらの権力があるとすれば、この国の国王と直接交渉してオリヴィを探したのだろう。ロゼッタだったらそうしただろう。だが、そうだったとしても、そもそもオリヴィはこの国の国王、王子というしがらみから逃げて放浪する立場を選んだんじゃないのか?

 なら、どちらにせよ意味が無い。


 以前、オリヴィやロゼッタと一緒に泊まった宿にも向かったが、やはりオリヴィの行方は知らないとの事だった。


 結局、夕暮れ時になっても、イリシュの行動は無駄足だった。


 そして、ダズーのいる場所に戻る事にした。

 ダーシャが何か情報をつかんだかもしれない、彼は少し裏社会の情報屋に踏み込んで回ると言っていた。



「旧魔王軍との戦争で、人間を最も殺した魔物は“飢え”だとされている」

 

 吸血鬼の城『ケプリ・キャッスル』にて。

 まるで親が幼い子に絵本から学ぶ教訓でも言ってきかせるように、吸血鬼の王は、メリシアに聞かせる。


 ソレイユは真っ赤なワインを横に置き、パンを切り分けていた。

 豪奢な血がたっぷり慕った料理が、彼の前には並べられていた。


「戦争は補給物資との戦いでもあるよ。兵糧が無くなった者達は次々と飢えで死んでいった。道端の草や虫も食べたし、多くの死んだ同胞の肉も食べたと聞いている」


「魔王軍の方はどうだったんですか?」

 メリシアは訊ねる。


「魔王軍の中では、もっとも多くの敵を殺した“英雄”は、もっとも“同胞の魔物達”を殺した魔族だった。おかしいよね。人間界を滅ぼし、領土を手中に収める為の計画で、一番、褒め称えられた者は、人間よりも、よっぽど同胞の魔物を殺した者が英雄になった」


 ソレイユは真っ赤なワインを眺めていた。


「実に可笑しいよね。人間も魔族も、一体、何と戦っていたんだろうね? それを見かねた大魔王様が、今の魔族における“魔王”という制度を、人間側から生み出す事を考え出した。純粋な血統の魔族を魔族の英雄にしない為に」


 燭台の炎が揺れる。

 ソレイユの顔も不気味に歪む。


「ちなみに。魔王の称号は、相反する二つの概念を、一つの物事の表と裏ととらえるように名付けられている。たとえば「戦争と平和」「誠実と陰謀」「自由と支配」。信念というものは、皮肉をもたらすもの。善と悪は表裏一体なものだとね」


「そうなのですね」


「大魔王様は、かなり色々なお考えをお持ちだったんですね」

 メリシアは不思議そうな顔をする。

 彼女は人間の少女でしかない。


「どうだったんだろうね。私にはあの御方のご意志は分からないよ」

 ソレイユは首を横に振る。


「さて。何の話だったかな。マスカレイドの話もしよう。そして魔王ヒルフェの話。私は彼の事をよく知っている。あれは人間界に巣食う“悪の根”そのものだ。マスカレイドはジャベリンとは別の形で魔王によって侵略された街だよ。もっとも、表向きはシンチェーロがやっているが。邪悪な提案をして裏で行動し続けたのはヒルフェだね。ヒルフェの存在のせいで、マスカレイドは世界有数の歓楽都市へと発展して、巨大な格差社会を形成した」


 ソレイユは酔い始めているのか、饒舌になっていく。


「ひとまず。私は約束を果たして。イリシュ達を脅かす者は抑え込んだよ。でも、ヒルフェはどうだろうね。私の力では、ヒルフェは抑えられない」


 ソレイユは太陽の魔法の複写を手にしながら、楽しそうに笑っていた。


 ……イリシュは完全に都合の良いように彼に利用された。メリシアは


「もしイリシュ様とダーシャ様に何かありましたら………………。ベドラム様…………。また怒りませんかね…………。話を蒸し返して…………」


「ああ。ベドラムなら…………。私一人で何とかなるが……………。ドラゴン全体を敵に回すのは怖いね」


「やはり吸血鬼より、ドラゴンの方が強いのですか?」


「個体によるけど…………。いや………………」


 ソレイユは書物を閉じ、真顔になる。


「私がドラゴン達を敵に回したくないのは、率直に言うと。怖いからだよ。私では勝てない」


「ベドラム様にですか?」

 メリシアは首を傾げる。


「いや。ディザレシーにだ」

 吸血鬼の王は、血の滴る肉を口に放り込んだ。


「あの黒竜(ブラック・ドラゴン)は、ドラゴン……いや、おそらく全魔族、全魔物の中で“最強”と言える存在だ。更に“無敵”の固有魔法を持っている」


 ソレイユは真顔だった。


「ベドラムを怒らせるのはいい。だがディザレシーだけは絶対に怒らせてはならない。彼が本気を出せば、世界が滅ぶ…………」


「それなら。ディザレシー様が世界を征服すればいいのに…………」


「人にも魔物にも向き不向きがあるんだよ。ディザレシーは魔王に向いてないと言って、作戦参謀の立場にいる。後、ベドラムが敗北して死んだ時の保険は必要だからね。周りに“最強のドラゴンはベドラムだ”っていう印象付けをする必要があるんだろう」


 吸血鬼は肉の切れ端にこびり付いた真っ赤な血を眺めていた。


「本当に脅威なのは、ベドラムのバックにいる、ディザレシーの方だ。彼一人で私も吸血鬼達も敗北するだろうね」


「あの方。私に“修道女の小娘にも責任を取らせたい”って、かなり怒った口調で言ってましたよ」

 メリシアは冷や汗をかいていた。

 ゾートルートや竜人達の件で、まったく納得していないみたいだった。

 吸血鬼側とドラゴン側からすれば、人間の小娘が間に入って牽制し合いながらも良好だった政治関係をぶち壊した構図だからだ。


「さて。私の知った事じゃあないね。ヒルフェやディザレシーの事は、イリシュとの約束の範疇に入っていないからね」


 メリシアは改めて、自分が仕える主人は“義理を果たすフリをして本当の事を言わない男”だなあ、と思った。

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