絹の道、シルクロード 大国エル・ミラージュの王子、ステンノー
此処はマスカレイドの先にある大砂漠、絹の道シルクロードのその先を越えた『大国エル・ミラージュ』という場所だった。
世界中の魔法のスクロールが集められ、世界中の軍事兵器、科学兵器が集められている。
事実上の人間界における、一、二を争う大国と呼べる場所だった。
城下町の者達は、上流階級の貴族が闊歩し、この国の国民であるというだけで、他の国以上の特権がある程度、与えられている。
城の中だった。
鏡のようによく磨かれた回廊を一人の青年が歩いていた。
青年はゆったりとしたタイプの貴族の服に身を包んでいる。
年齢は二十代半ば。身長は180cmを超えていた。
細身の筋肉質で、腰まである青緑色の長髪を束ねて垂らしておさげとして巻いている。
彼は自らの玉座に座る。
玉座の周りには様々な身なりの人間の石像が並んでいた。
メイドの一人が回廊の外にある鐘を鳴らす。
桃色の髪の少女だった。
「入っていいよ」
青年は足を組みながら、玉座の隣に置いてある菓子箱から棒付きキャンディーを取り出して、ガリガリと齧り始める。
「ステンノー様。魔王ヒルフェ様が謁見をしたいと訪問されております」
メイドはうやうやしく青年の前に跪く。
メイドの表情には緊張感が走っていた。
眼の前にいる青年の気まぐれで処刑された者は無数にいると聞いていたからだ。
ステンノーと呼ばれた青年も、メイドのそんな態度に気付いたのか穏やかな口調で告げる。
「もう少し頭をあげな。さすがにこの俺も食器を割ったり、服を汚したくらいでは少しくらい怒りはするだろうけど、処刑とかはしない。“コレクション”は選んでいるし、大体、使用人を育てるのも新たに雇うのも面倒だ。ザイレス国王から咎められてもいるからね」
メイドは少しまだ怯えながらも顔を上げる。
眼の前にいる、この国の王子の悪名は他の使用人達から散々、聞かされている。
「そうだな。俺が処分するのは。王宮のハーレムに入り込んで、王族の私服を肥やす馬鹿女とか。王族の財産を持ち逃げした女を自ら処刑している。金に汚い女が嫌いでね。俺の面子もあるから処刑してるだけだよ。どうやら、君は俺の嫌いなタイプの女じゃなさそうだ。安心しろよ」
ステンノーは足を組み替えながら、右側にある石像を指差す。
若い見事なプロポーションの女だった。
胸元と股間の恥部を際どい衣装で隠した、ほぼヌード姿だ。
「たとえば、この女は、俺のハーレムにいたんだが。俺の金と金目の宝石などを持ち逃げ。オマケに外に夜の店の愛人の男がいた。地位を利用して使用人のメイドや執事を複数名、虐げていたらしいからスリーストライク。だから命乞いを許さず迷わず処刑した」
ステンノーは、うっとりと石像と化した裸同然の女を眺めていた。
そしてメイドに向き直る。
「お前はそんな事はしないだろう? 俺は王族として仕える者をしっかりと処罰する義務がある。でなければ不正や不義理が蔓延るからね」
言いながらも、ステンノーの眼は残忍な光が輝いていた。
新しく雇われたメイドは、少し安堵しながらも、やはり男からの恐怖心を拭えなかった。
今日から、このエル・ミラージュの王子であるステンノーの世話をしなければならない。
彼の玉座の背後にある石像は、数十体にも並んで玉座の飾りとなっていた。
ステンノーは“他者を石へと変える固有魔法を使える”。
それは、王宮に仕える者なら誰もが知っており、誰もが事前に聞かされる事だった。
石に変えられた者は、実質、死を迎え、半永久的に彼のオブジェとして晒し者にされる。
王宮への反逆罪など重い罪人などは、玉座に飾られる事無く、王宮の門や庭などに目立つように飾られていた。
ステンノーは自身の魔法を隠す事無く、彼への“恐怖の象徴”として自らの魔法とそれがもたらした結果を誇示している。
「さて。お前の名前を聞かせてくれ。今日から俺の身の回りの世話をして貰うのだからね」
「私の名はミリシアと申します。マスカレイドの奴隷市場で私を買ってくださって、本当にありがとう御座います」
†
……妹であるメリシアは吸血鬼の王に仕えている。
そしてミリシアは、他でも無い吸血鬼の王の命によって、ステンノーに仕えるように裏で手を回された。
妹は元気にしているだろうか……。
一、二歳程年下の妹とはマスカレイドの貧民窟で育った。
妹と髪の色が違うのは、もしかすると父親が違うのかもしれない。母親は売春をして生計を立てていた。父親が誰かは分からない。
ちょうど母親が性病で亡くなった頃に、姉妹は誰かに買われる為に奴隷市場に自ら出向いた。
売春婦や違法薬物の売り手の仕事をせずに済んだのは、吸血鬼の王には本当に感謝している。なんで彼の恩に報わなければならない。
ミリシアは、吸血鬼の王から派遣されたエル・ミラージュの懐に入り込んだ、いわば“スパイ”である。この国の情報を可能な限り吸血鬼の王ソレイユに渡さなければならない指令が下っている。
ステンノーは一目見て、少し会話してみて分かった。
色々、言い訳を述べているが、性根はかなりのサディストだ。
ソレイユが苦渋の末に誰かに行う拷問や処刑とはまるで違う。
ステンノーは心の底から喜んで、他人を処刑する事を趣味としているのだろう。
わざわざ、不正や不義理を起こす低俗な売春婦や貧民窟上がりの女達を、自らのハーレムに迎える事は日常茶飯事なのだと聞かされている。
王族相手にさえ裏切りを起こしそうな道徳観の欠如した者を選んで、彼は、迎え入れているのだ。処刑する事の正当な理由が出来るので、国民からの、ステンノーに対する信用は一応、保たれる。
シンプルに、悪趣味だな、と思う。
†
‐私はこれよりこの世界全てを統治しようと考えている。つまり世界征服だ。人間の世界も魔族の世界も同じように私が統治する。あらゆる事はなるべく“平和的”に解決しようと考えている。我が空中要塞がこの世界を支配する。私がこの世界を統治したあかつきには、新たなる調和の時代を世界にもたらそう。‐
そうベドラムは世界中に宣言していた。
映像魔法を通して、ベドラムが今後、世界を征服し統治する事を目的としている事は人間側。魔族側両方に伝わっている。
ステンノーは面白く無さそうな顔をしていた。
大国エル・ミラージュ。
人間側の最大規模の要塞国家。
ステンノーは映像魔法で映し出されたベドラムと空中要塞を眺めていた。
今後、人間と魔族の戦争になるのだろうか?
そして王都ジャベリン。
空中要塞と同盟を結んでいる田舎の小さな国。
その国もベドラムの戦争に巻き込まれていくだろう。
玉座に座りながら、ステンノーは空中要塞とドラゴン達を眺めていた。
「ふーん。面白そうじゃん。父上。いかがいたします?」
ステンノーは隣で立っている国王ザイレスに訊ねる。
「当然。我々も為すべき事を為すまでだ。それだけだ」
ザイレスは威厳たっぷりに言った。
ミリシアは冷や汗を掻く。
今後、世界の命運は空中要塞にいる竜の女王ベドラムだけでなく、今、仕えている主ステンノーと国王であるザイレス二人の思惑次第で全て変わってしまうのだ。
今、此処が世界の中心部だと言っても過言ではない。…………。




