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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
絹の道、シルクロード
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絹の道、シルクロード 二人の魔王の戦い。2


 次元橋の会談の場から少し離れた場所には闘技場があった。

 広い闘技場で、高い塔の上に設置されている。


 月の光がソレイユとベドラムを照らし出していた。


「星明かりもよく見えるなあ、ソレイユ。お前の真っ赤な血もよく映えるんだろうなあ」

 ベドラムは巨大な大剣を手にしていた。


「いつぶりくらいだろう。本気の君とやりあったのは」

 ソレイユのコートは風ではためいていた。


「私のガキの頃だな。お前にはボロ負けだった。今ならどうかな。“魔王様”」

 ベドラムは右手で大剣を振り回す。


 ソレイユの全身に大量に光が集い、次の瞬間、盛大に爆発した。


「お前の『ゴールデン・ブリッジ』は本当に強い魔法だ。お前は剣技と合わせて、魔導具使いの魔王リベルタスを倒したそうじゃないか」


「ああ。正直に言うとな。奴との戦いは本当に楽しかった」

 ベドラムの髪は爆風で靡いていく。


 火柱と硝煙が上がり続ける場所から、赤い刃のようなものが枝状に伸びていく。それは獣のカギ爪のようになってベドラムへと襲い掛かる。自身の血を操作する魔法だ。吸血鬼がよく使う魔法。


 ベドラムは攻撃の全てを避ける。

 血で出来たカギ爪は石畳の地面をくり貫き、塔の一部を破壊した。


 炎の中からソレイユは悠然と現れる。

 服も燃える事無く、火傷傷一つ無い。


 互いに小手調べを続けていた。


 だが時間を掛ければベドラムが間違いなく不利になるだろう。

 ソレイユにベドラムの固有魔法である『ゴールデン・ブリッジ』の詳細はネタがバレている。そもそもソレイユは彼女の魔法の師匠の一人だった。自身の魔法の特性を教えてくれたのは他でも無い吸血鬼の王だった。


 ベドラムはソレイユの固有魔法の詳細を知らない。

 

 辺りには血で作られた竜巻の刃が生まれていく。

 ベドラムはその攻撃の全てを避ける。


 何度か、ソレイユに炎の爆撃を命中させる。

 攻撃が命中する瞬間に、ソレイユの肉体は大量のコウモリや煙へと変化していき、直撃を避けているみたいだった。


「マトモに命中すれば、それなりって事でいいかな?」

 ベドラムは呟く。


 ソレイユは自身の『固有魔法』を使っていない。

 多くの吸血鬼達が使う魔法をスクロール無しで使いこなして、ベドラムに勝利するつもりでいるみたいだった。


「私の魔法が直撃すれば、森に住まう獣の王ベヒーモスや海の支配者であるクラーケンでも倒せるんだがなあ」

 ベドラムは確信していた。

 ソレイユは自身の実力を理解した上で魔王に戴冠した。

 下手な有象無象の魔族が魔王として戴冠した処で、ソレイユ一人で黙らせる事が出来るだろう。

 

 ……血の刃の速度は見切った。コウモリ化や煙化の際には一秒に満たない時間だが、隙が生じる、と。


 ベドラムはただひたすらに、刃を振るい。刃から生まれる炎の爆撃によってソレイユを攻め立てていた。コウモリ化、煙化する直前の隙を与えない。それで充分にダメージが通る。あるいはそれらに変身しようが“空間ごと燃やす”。

 ベドラムは自身の“空間ごと焼き尽くす魔法”を連発していく。


 ソレイユは防戦一方みたいだった。


 ……攻撃が命中していないな。ダメージを与えている感覚が無い。

 こちらの体力、魔力を充分に消耗させた後、反撃するつもりか。


「つまらない。終わりにしよう」

 そう言うと、ベドラムは大剣を地面に突き立てた。


「それは敗北宣言かね?」

 ソレイユは挑発するように言う。


「それでいい。今回はタダのじゃれ合いだ。模擬戦闘だしな。お互いに勝敗の付かない戦を延々と続けるのは馬鹿らしい。止めだ」

 ベドラムは両手を広げた。


「ふふ。いいのかい? 素直に負けを認めて」

「お前との戦いは興が削がれるという事だ。リベルタスはもっと積極的に私を殺しに来た。お前の逃げの戦いはつまらないと言っているんだ」

 ベドラムは吐き捨てるように告げる。


「だがソレイユ。戦ってみて分かったよ。お前はリベルタス辺りよりも充分に強い。お前なら今後、魔王を名乗り出ようとする馬鹿者達をあらかた抑え込む事が出来るだろうな」


「そうかい。私はもう少し君と遊んでいたいんだが」

 そう言うと、ソレイユはベドラムの背後に立って、彼女を手にした長剣で切り付けていた。

 ソレイユの全身が発火していき、長剣も溶け落ちていた。


「幻影による分身か。これも吸血鬼がよく使う魔法だったな」

 ベドラムは呆れ声になる。


 ソレイユは悠然と立っていた。

 ベドラムは突き立てた自らの大剣を引き抜き、ソレイユを睨む。


「変だな。お前の魔力総量は並の吸血鬼程度にしか見えないな。私を舐めているのか? 私ごとき全力を出す相手では無いと」

 ベドラムはソレイユを睨みながら考える。

 そう言えば、間違いなく強力な魔法使いと言える人間がいた。


 時間魔導士のフリースだ。

 あの女も自身の実力の全貌を隠している。

 

「この地上で、この私より強い可能性がある奴は最低二人はいるって事か。気に入らないな」


「勝負は終わりと言いながら、まるでそのつもりが無いじゃないか、ベドラム」

 ソレイユの姿は霧状になって消えていた。


 ベドラムは懐から、大量の短剣を取り出す。

 そして、おもむろに短剣を辺り一帯に放り投げていく。


「幻覚。非物質化。空間操作。お前独自の固有魔法が何か知らないが。私は私の固有魔法である『ゴールデン・ブリッジ』でお前の固有魔法(じつりょく)の全貌を調べたいと思っているよ」

 辺り一帯が爆破炎上していく。

 まるで人間が使う兵器の類である消えない炎のナパームが闘技場全体に炸裂したかのようだった。いや、それと同等以上の事をベドラムは行っている。


 ……イリシュの話では時間魔導士のフリースは、確かにリベルタスに殺された筈だが生きていたらしいな。ソレイユの固有魔法も時間操作系か?


 ベドラムは今後、ソレイユと“本当の意味で対立した時”の為に、ソレイユの能力の全貌。手札を晒させておきたかった。寝首をかくにしろ、直接、本気で殺し合う事になる事が訪れる事になるにしろ、ソレイユの手札が分からなければ対抗のしようが無い。


「私の魔法(てふだ)はお前に割れているからな」

 ベドラムは呟く。

 彼女の四方を、血で作られた竜巻が襲い掛かろうとしていた。


 ベドラムはあえて避ける事無く。


 血の竜巻の一つに大剣を突き立てる。


 竜巻が爆散する。

 

 ベドラムの喉元へと五本の指が槍のように向かってきた。

 手首だけだった。

 どうやら、自分の身体の一部を切り離してきたみたいだった。確かソレイユは指先から獲物の血を吸い取る事が可能だったか。


 ベドラムは手にしていた大剣をブーメランのように全力で放り投げた。


 明らかに肉を切り裂く音が聞こえた。

 手首はベドラムのドレスを少しだけ裂き、何処かへと飛んでいった。


 爆炎が晴れた向こう側では、喉元から血を垂れ流すソレイユの姿があった。


「凄いじゃないか。この私に傷を与えられるなんて」

 ソレイユは嬉しそうな顔をしていた。


 ベドラムは投げた大剣が宙を廻って自身の手元に返ってくるのを確認する。

 宙を飛んでいた大剣の柄を握り締める。


「お前の固有魔法(てふだ)を見破れなかったが、互いに全力で殺し合えば、私にも勝機がある事が今、分かった。充分だ」

 ベドラムは嬉しそうな顔をしていた。


「私は君の成長が嬉しいよ。今後も期待している」


「お互いにな。ソレイユ、どうやらお前は新たな魔王として戴冠する資格があったみたいだ。面倒な連中が幅を利かせるようなら、お前の力で抑え込んで欲しい」


「分かった。それが私の責任だろうからね」


 互いに賞賛し終わった後、二人は手を叩き合った。



<おい。メリシア。どうやら二人共仲直りは済んだみたいだ>


「……喧嘩して殺し合った後、互いを認め合うって子供の喧嘩じゃないですか……」


<ドラゴンの性根なんてそんなものだ。ソレイユはよく付き合ってくれたものだ。やはり遥かに長く生きている吸血鬼の方が、うちの魔王よりも人心掌握がよく出来ている>

 ディザレシーは半ば面倒臭そうに、二人の魔王を見下ろしていた。


 闘技場の殆どは地面がめくり上がり、破壊尽くされていた。

 殆どベドラムの魔法によって行われた破壊だ。


 ソレイユの方は殆ど何もしていない。

 ディザレシーから見たら、ベドラムがいきり立って大振りである彼女固有の攻撃魔法『ゴールデン・ブリッジ』でひたすらに闘技場を爆破し、火柱を上げ続けているだけだった。


<ちなみにベドラムよりも俺の方が強いぞ>

 ディザレシーは抑揚の無い声音で言った。


 メリシアは唖然とした表情をしていた。

 黒竜の本気なのか軽口なのか分からない発言を聞きながら、メリシアは、今の戦いは最上級魔族の魔王二人の戦いである事を改めて想い出す。……二人が本気を出せば、闘技場どころか、周辺にある山や森も消し炭へと変わっていたのだろうが…………。

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