吸血鬼の街、イモータリス 血の償いと苦いワイン。1
『血の償いと苦いワイン。』
1
「ソレイユ様は良い御方です。俺は本当にあの方に良くして戴きました」
まるで惚れ込んだような口調で、ゾートルートは自らの君主の事を言う。
イリシュはこの少し何を考えているか分からない吸血鬼の青年の本音を、そこで知ったような気がした。彼はただ自らの君主に忠実で素朴な男の子なのだ。そして君主の命令で、ベドラムに忠誠を誓い、マスカレイドでは本当によくして貰った。
「ソレイユ様はいつも俺達、吸血鬼の事をよく想ってくれています。俺はソレイユ様の為になら、きっと何でもしますし、何でも差し出すでしょう」
彼はそう少し恍惚に満ちた顔をしていた。
「ソレイユ様は貧しい人間にも優しい方です。一件、傲慢そうに見えますが。裏で人間の孤児達の為に寄付金を多額に出してくださっているんですよ。あの御方によって救われた人間達も多い事でしょう。そういう部分にも惚れ込んで、俺はあの方に強い忠誠を誓っているんです!」
聞く処によると、吸血鬼という種族は仲間内の血族としての絆のようなものが強いのだと言う。
ゾートルートは、イリシュに対して帰りの馬車の中、自らの君主への忠誠を誓っていた。そしてソレイユの好きな食べ物は人の生き血以外でも、羊肉のローストであるとか。紅茶ならエルダーフラワー入りのものが好きであるとか。好きな菓子はナッツ入りのバターがふんだんに入れられたマドレーヌである事も話す。
他にもソレイユは“美”に対して強いこだわりがあり、ドラゴンの空中庭園の美しい情景を作ったのはほかならぬソレイユである事も。
イリシュは、この青年のそんな態度を見て、やはり自分の選択は間違っていなかったのかな?と、その時は思ったのだった。
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†
ゾートルートの仕事は服の仕立て屋だった。
ベドラムは魔王として周囲に威光を示す為に、彼女のドレスは若い吸血鬼達の仕立て屋達の為に作られた。赤い薔薇の装飾品が大量にあしらわれたドレス。戦の際にも巨大な刃を振るうベドラムの邪魔にならないように、特殊な魔法防御が為されたドレスだ。ドラゴン達の宮殿、ベドラムの華やかな衣装は吸血鬼の土建屋や仕立て屋によって作られたものだ。
「私の召し物を昔から作ってくれた事に感謝している。お前は本当に私の為によく働いてくれた。吸血鬼の王も、働き者のお前を買って、重要な任務に就かせたんだろうなあ」
ベドラムは絢爛豪華な椅子に座りながら、イモムシのように地面に這いつくばる吸血鬼の青年を見下ろしていた。
ゾートルートは下着姿で後ろ手を鎖で縛られて、竜の魔王を見上げていた。
「頼む! なんでもします! もう一度、俺にチャンスを与えてくださいっ!」
ベドラムは冷徹な瞳で指を鳴らした。
暗い部屋の両隣には、ドラゴンが一頭ずつ鎮座していた。
ドラゴン達が炎の息吹を放ち、ゾートルートの周辺に炎を拭き掛けていく。
「人間の王都であるジャベリンと我々は同盟を結んでいるからなぁ。お前ら吸血鬼に好きなようにされたら、世の中が面倒臭い事になる。お前は王女の側近である修道女を利用して、人間を裏切らせた。もし戦争が勃発すれば、あの修道女が処刑されるだろうな。誰が悪いかを考えて、私はお前を処刑する事に決めた」
ベドラムは唇を歪めながら、身体を徐々に燃やされていく吸血鬼の青年を見下ろしていた。
「お前の焼死体を送り付ければ、ソレイユは気が変わるかと思ってな。なるべく苦しめて殺そうと思っている。私達との同盟関係が壊れれば、吸血鬼側は大きなデメリットになると思うんだけどなあ」
「あんた、俺にこんな事していいのかよっ! 俺はソレイユ様の腹心の部下だぞっ! 吸血鬼は強大な魔族だっ! お前らドラゴンだってタダでは済まないだろ!?」
ゾートルートは牙を剥き出しにして叫んでいた。
ベドラムは立ち上がり、まるでサッカーボールでも全力で蹴り飛ばすかのようにゾートルートの顔面を蹴り飛ばす。空中に何本も歯が飛び散っていく。
「黙れよ。お前らが余計な計画を進めるから面倒事が増えた。ソレイユはもしかすると、この私並みに強いかもしれない。それ以上かもな。だが、お前は始末しておかないと、私の気が収まらない」
ベドラムはそう言いながら、ゾートルートの顔面をブーツで踏み付け体重を加えていく。べきべき、と、ゾートルートの前歯が次々とへし折れていく。
「人間だと簡単に焼け死ぬが、吸血鬼は無駄に丈夫だ。ちょうどいい。なるべく長く苦しめながら、焼き殺してくれ。顔の原型は残しておきたい。こいつの王様に見せる為にな」
ベドラムは暗い顔で部屋にいるドラゴン二体に告げた。
そして、彼女は部屋を出ていく。
背後から哀願と苦痛に歪む悲鳴が聞こえてくる。
部屋全体に熱気が充満していた。
焼ける肉の臭いが部屋の外にも漏れ始めていた。
「…………人間のマフィアを雇って拷問と処刑は頼んだ方が良かったかな。私の思い付かない残酷な方法で始末出来ただろうからな」
そう呟き、地下牢の扉を閉めた。




