吸血鬼の街、イモータリス 秘密の会議。2
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イリシュとダーシャは二人庭園を歩いていた。
花々が咲き誇っている。
ドラゴンの住まう空中要塞の庭園は意外にも美しい。
季節の花々が咲いている。
あらゆる亜人が庭師として働いていた。
「結局、ベドラムさんに頼る事になったな。良かったじゃねぇーか、イリシュ。お前のやらかしも帳消しにしてくれるってさ」
ダーシャは大欠伸をしながら言う。
「ねえ。ダーシャさん。私やベドラム様、ロゼッタ様の事、恨んでいたりします?」
イリシュはふと訊ねる。
「なんで。そんな事を思う?」
エルフの青年は不思議な顔をする。
「エルフの里は魔王リベルタスの隷属国と化していたとはいえ、少なくとも、私達が介入したからリベルタスは里の者達を虐殺したのでしょう?」
イリシュは嗚咽を漏らすように言う。
「その中に。貴方の恋人もいた…………」
イリシュの声は悲痛を帯びていた。
「恨んでいるつーかっていうと、分からねぇーよ」
ダーシャは両腕を背にして飄々とした表情をしていた。
彼自身、どうも心の整理が付いていないみたいだった。
「何百年も、エルフは魔王リベルタスに支配されてきた。支配する奴が、人形使いから、ドラゴンの王に変わっただけだな。ドラゴンは戦争屋だ。もし吸血鬼との戦争が始まれば、俺達も狩り出されるかもしれねぇーし。そうじゃなくても、俺達も連中の戦争の巻き添えを喰らうかもしれねぇー。お前ら人間が森に入り込んで奴を刺激し、ベドラムが、ドラゴンが、俺達を従えた。俺らの立場は以前と大差ねぇー事は千年以上生きてる長老達も気付いていない。ボケ老人ばかりだからな」
「そうですね…………」
「それよりお前の心の在り方の方が問題だろ。別の魔王に恋人を眼の前で殺されたんだろ? お前はいつもどっか辛そうな顔をしている。……死にたがってもいる。結局、マスカレイドの王子様を助ける事だって、死んだ恋人とそいつを重ねてるだけじゃねーか」
ダーシャは、イリシュの心のうちを見破っていた。
「俺もどう考えればいいか、わかんねー。人間やエルフが正しくて、魔族の奴ら全員が悪だったら全部良かったって思う。でも現実は違う」
彼は大きく溜め息を付いた。
「人間社会は裏で魔族と闇取引をして。魔族同士は種族内でつねに牽制し合っている。人間にも魔族にも悪い奴も良い奴もいる。いや、何が正義かも俺には分からねぇーよ。エルフの信仰は、森と共に生き、その長い寿命の中で世の中の移り変わりを見届けるだけだ。リベルタスは、人間は嫌っていたが、お前らが森に入り込むまで、積極的に俺達エルフを粛清してこなかった」
ダーシャは頭を抱える。
「お前らを里に招き入れたのは、俺とリザリーだ。だから里の奴らは死んだ。イリシュ、お前が罪人だっつーなら、俺も大戦犯だろうよ……………………」
ダーシャは、イモータリスにて、ずっと静観を決め込んでいた。
あの時にイリシュとソレイユの取引を止めなかったのは、自分にも責任があるんじゃないのか?
だが、ダーシャは二人の取引を止めなかった…………。
「どんな気持ちで人間の王女サマが故郷である王都を守りたくて、どんな気持ちで竜の魔王様が世界を征服したがっているのか、俺には分からねーよ。多分、俺は里以外の事を知らずに生きてきたんだと思う。だから、俺は知る必要がある。森の外がどうなっているのか。この世界がどうなっているのか」
ダーシャが取引を止めなかったのは、シンプルに“吸血鬼の王と、吸血鬼達が怖かった”からだ。魔王リベルタスの凶悪さを知っていたからこそ、付き添ったはいいものの、ダーシャに二人の取引を止める勇気は無かった。
どういう事になるかの予想は付いて……。
臆病かもしれないが、自分は保身に走った……。
だが、その事をイリシュに告げるつもりは無い…………。
魔王の強さがどれ程のものか、ダーシャは嫌でも知っている。
自分の心身共な弱さもだ。
「だから。お前らには感謝している。俺は里の外に出たかったからな」
そうダーシャは吐き捨てるように言った。




