吸血鬼の街、イモータリス 秘密の会議。1
『秘密の会議』
1
空中要塞の庭園から行ける秘密の会議室だった。
鐘のような形状になっており、天井からは青い空が見える。
天井は高く、巨大なドラゴン一頭が鎮座していた。
会議室の中央には円形の椅子があり、イリシュとベドラム。そしてダーシャと眼鏡を掛けた人間サイズの竜の亜人が椅子に座っていた。
「此処には私がもっとも信頼している者と、お前らしかいない。イリシュ、何があったか具体的に話せ」
ベドラムは面倒臭そうにふんぞり返りながら、イリシュを睨んでいた。
ベドラムの背後には彼女の兄弟であるドラゴン、ディザレシーが四名を見下ろしていた。このドラゴンからは露骨な怒りが伝わってきた。イリシュはこの狂暴そうなブラック・ドラゴンがいつイリシュを一飲みするかもしれないかと考えて、全身、汗だくになる。
「この馬鹿女は、吸血鬼の王に、人間界における教会の重要機密事項である“光の魔法”、“太陽の魔法”関連の情報を売り飛ばしたらしい」
エルフのダーシャは何処吹く風といった口調で淡々と告げた。
その後、イリシュは続いて、ソレイユと話した事の詳細を事細かに語っていく。
特にソレイユが新たなる魔王になりたがっている事を熱弁していた事を話す。
ベドラムはテーブルの上にある菓子をぼりぼりと食べながら、脚を組んで引き攣り笑いを浮かべていた。
「…………。そうか。ドゥラーガ。吸血鬼達は、我々、ドラゴンと同盟を結んでいるが。……そもそも連中が一体、何なのか、教えてやってくれないか?」
「端的に言うと、吸血鬼達は人間社会と魔界の両方の裏社会を牛耳っているマフィアです」
眼鏡を架けた竜の亜人はそう告げた。
「それにソレイユはやはり、新たな魔王として戴冠していたがっていたのか。制度的な問題が書き換わる事になるな」
ベドラムは苦々しい顔をする。
「どういう事ですか?」
「五人いる魔王は、私も含めて、全員、人間をベースに魔族の力を得た者を魔王にしてきたんだ。大魔王とやらが倒された後はな」
「え……? なんで、そんな制度になったんですか!?」
イリシュは思わず声が裏返った。
ジュスティスもリベルタスも元々は人間という事か……?
「私の知る限りでは、ジュスティスは人間だった頃は、科学者だった筈だ。リベルタスは優秀な魔導具使い。ヒルフェも似たようなものだろう。サンテは本人から直々に聞かされたが、彼女は『ローズ・ガーデン』が生み出した人の姿をした生体兵器だ。そして」
ベドラムは少し言い淀む。
「私は人間だった頃、孤児として生きていたらしい。私の母親である先代の竜の王バスティーユは、黒竜ディザレシーと共に私を育てた。母の力によって、私は人間からドラゴンに転生した」
「何故、そのような制度が出来たんだ?」
ダーシャは訊ねる。
「理由は幾つかあるらしい。まず人間の側から魔王という存在を戴冠させる事によって、人間サイドへの当て付けを行う事。先代の魔王達が考えたアイデアだ。他にも魔族と呼ばれる者の中から魔王を出さない事によって、魔族内における種族同士の争いを収める事だとは聞いている」
「つまり、それは…………」
ダーシャは何かを理解したみたいだった。
「ああ。ソレイユは純然たる魔族。先代の魔王の代から生きている吸血鬼達の王だ。奴が魔王に戴冠すれば“前例”を生み出す事になる。オーガ、ミノタウロス、リザードマン…………。彼らの中で力のある者が魔王として名乗り上げようとするだろうな」
「とすると、どうなる?」
ダーシャは唸る。
「魔族間における勢力争いの均衡が崩れるな。これまでは、人間側から魔族の力を得た強者達を魔王として君臨させてきた。ソレイユが魔王になれば、それに続く者達が現れるだろう。魔族間のパワーバランスが崩れる」
「そもそも、魔王という役職って…………」
イリシュも理解したみたいだった。
「魔族間における“制度の調停者”だ。魔族同士が争わないように、人間側から魔王を募り創り上げた。先代の魔王達が生み出した制度だ」
まあ、俗に言う、マフィアのボスみたいなものだ、とベドラムは付け加える。
「混沌を望んだジュスティスや、人間の敵であり続けようとしたリベルタスも、何故かこの制度に従い続けた。奴らの腹のうちはまるで分からなかったがな、よりにもよって、ドラゴンと強い同盟を結んでいる吸血鬼の王がこの“秩序”と“制度”を破壊しようとしている。もし、これで魔族間における調和、調停、秩序が壊れていけば、魔族間同士で戦争になるな。勿論、それは人間界全土に飛び火するだろう」
ベドラムは暗い顔になる。
「争いを回避する事は出来ないんでしょうか…………?」
イリシュは立ち上がる。
「ロゼッタや騎士団長殿にはひとまず内密にしてくれ。イリシュ、お前のやった悪手も私がケツを拭いてやる。吸血鬼の王ソレイユが、……いや、吸血鬼共が、もし、制度に対しての謀反を企てるのだとすれば…………」
ベドラムは自らの兄弟であるディザレシーを見上げる。
黒き竜は頷く。
「ドラゴンと吸血鬼の同盟を解消し、奴らと戦争になる可能性も考慮する。光の魔法は、人間界におけるタブーである核開発に関わっている。先ほどドゥラーガが言った通り、吸血鬼達は裏社会の住民だ。表向きは衣類や建築業に携わっているが、連中の裏の仕事は、人間の生き血のみならず、あらゆる血税という利権を裏側で貪り喰う事だ。臓器売買、闇オークション。あらゆる闇ビジネスに連中は関与している。イリシュ、お前にはやって欲しい事がある」
「…………なんでもします……」
「イリシュ、お前は、再びマスカレイドに赴いてくれ。ゾートルート、あいつに私の思惑は決して言うな。ソレイユはマスカレイドの闇市場を抑え込むと約束したんだろ? 予定通り、オリヴィとかいう奴を探しに行け。私から出来る事はそれだけだな」
「……やはり、ロゼッタ王女様には話してはいけないのでしょうか……?」
「魔族間の抗争に王都ジャベリンを巻き込むリスクを減らしたい。場合によっては、私は同盟を結んでいるソレイユを始末しなければならない」
ベドラムは暗い顔をしていた。
イリシュはぞくり、と、寒気を覚える。
ドラゴンの魔王は本気だった。
傍にいたエルフのダーシャも冷や汗をかく。
「私は、私達ドラゴンは、力で物事を解決させる以外の交渉を知らない。何か他に平和的解決方法があるならそうするべきだと思う。私の方法以外でアイデアがあるなら、むしろ教えてくれ」
ベドラムは深く溜め息を付いた。




