吸血鬼の街。不滅の街、イモータリス 1
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平和と戦争の魔王ベドラム。
倫理と堕落の魔王ジュスティス。
壮健と悪夢の魔王サンテ。
誠実と陰謀の魔王ヒルフェ。
自由と支配の魔王リベルタス。
ジュスティスは歓楽都市マスカレイドと海上都市スカイオルムの途中にある魔の海域にて生死不明。そして先日、エルフの集落を支配していた魔王リベルタスを、魔王ベドラムが殺害。
闇の月が光る魔族達の間で勢力圏に亀裂が走った。
『魔王』。
それは強大な魔族、君主や王と呼ばれる者達の中で特に力を持つ者に付けられた者の称号だった。現在、この世界には五人の魔王がいた。
魔族の勢力が変われば、やがて光の月によって照らされる人間界の勢力圏も変わるだろう。特にジュスティスとリベルタスの二人は、人間達に対して敵対的だった。
サンテとヒルフェの二人は否が応にも動かざるを得なくなった。
†
「世界は人間の者になるのかしら?」
サンテとヒルフェは、互いの魔法によって作り出した思念体によって会話していた。
「ベドラムは世界を征服したいみたいだが、あの女は何も分かっていないな。人間にとって魔族という“仮想敵”が必要なのだよ。互いに殺し合わない為にな」
ヒルフェは深刻な顔をしていた。
「正直、私はどうでもいい。人間も魔族も、互いに潰し合えばいい」
サンテは馬鹿馬鹿しそうな顔をしていた。
彼女にとってこの世界なんてどうだって良かった。
死ぬ事を諦めたから生きているだけ。
人生に何も無いから生きているだけ。
サンテにとって、この世界全てが憎悪の対象でしかなかった。
だが、ジュスやリベル程、人間に対して積極的に害そうとする気力も無かった。
†
ベドラムの当面の優先順位は“魔界の征服”だった。
彼女は「闇の月」に照らされる世界を征服し、魔界の統治を考えていた。
そして。
空中庭園にある会議室で、発言力のある者達を集めて、みなで話し合っていた。
「いずれ人間界も私は征服する。世界征服だ。我がドラゴンの眷属によって、この世界を統治する」
空中庭園から下界を見下ろしながら、彼女は腕を組み大地を見下ろしていた。
エルフの生き残りであるダーシャが、付いていけないといった苦笑いの顔をしていた。
人間の騎士団長であるヴァルドガルトも、小さく溜め息を吐いた。
このドラゴンの魔王なら、やるだろう。
「無理だと思う」
時間魔導士フリースは端的に言った。
「何故だ?」
ベドラムは眉を顰めた。
「私が魔族だからか? 人間達は魔族の脅威に怯えているのだろう? 魔族の世界が台頭すれば、人々は魔族による虐殺に合うと。そんな事はさせない。私がやろうとしているのは“異なる種族同士の和解”だ。人間と魔族の血の争いを終わらせて、この世界を統治し、平和な時代を作る」
ベドラムの信念に揺らぎは無かった。
多分、彼女は“人間が好きなんだろうなあ”と、周りの者達は漠然と気付いていた。
「だから、それが無理だと思うよ。何なら、シンプルに、君が悪の魔王として君臨し、人間を皆殺しにした方が早い。その方が世界を平和にする事が出来るし、物事の解決をシンプルに行う事が出来る。そっちなら積極的に協力してもいいかな」
フリースは真顔で最低な事を言った。
周りにいた者達全員がベドラム含めて、ドン引きする。
騎士団長と竜の魔王が唖然とした顔で、返答に困っていた。
「…………あ、ちょっと、お前は本当に人間か?みたいな顔しない! 条件付き、条件付きだよ。虐殺も一部の人間だけっ! 人間側で始末しておきたい連中が多いのは事実だからね」
フリースは慌てて答える。
「お前は一体、何を考えているんだ?」
ベドラムは険しい顔で訊ねる。
その声音は心無しか、未知の怪物と相対したかのように、震えていた。
「世界平和の事だよ。その際には、人間側で始末しないといけない存在は幾つかある。人間側の裏社会を統治している連中がまず、それに該当するかな」
フリースはふんわりとぼかすように言う。
「裏社会を支配している人間か。つまり、マスカレイドの闇商人みたいな連中か?」
ヴァルドガルトが訊ねる。
「そうだね、それもあるけど。悪名高い人体実験場『魔法学院・ローズ・ガーデン』の負の遺産と、それを狙う者達を潰しておきたい」
魔法学院ローズ・ガーデン。
表向きは魔法を教える為に幼子から二十代の若者まで募っていたが、実態は彼らにありとあらゆる魔法実験、化学実験を引き起こしたとされている。
「悪夢の魔王サンテはその生き残りだと聞いたな。あいつも元人間の魔族だ」
ベドラムは興味深そうな顔をする。
「世界に魔法を教える為の学校、魔法学院は数あれど。ローズ・ガーデンはあまりにも特殊過ぎる場所だった。色々な国の政府も人体実験に加担していたしね。もう数十年前に崩壊した場所だけど、まだ、そこの負の遺産、負の技術は世界中に影響を及ぼしていると聞いているよ」
フリースは淡々と説明していく。
「フリース。お前はその関係者じゃないのか?」
ヴァルドガルトが口を挟んだ。
フリースと騎士団長の間に、一瞬、微妙な空気が流れた。
騎士団長は“まるで他人事のように言うな”といった表情をしていた。
詳細を知らないベドラムは、首を傾げる。
「まあ。少しだけ、携わっていた事があるよ」
フリースは認める。
「まあいいや。ベドちゃん、とにかく、今後の事は物凄く難しくなると思う。魔族の間でも、自由の魔王リベルタスが倒されたとなって、そこから台頭してくる勢力が現れる可能性がある。魔族同士も睨み合っているんだろう?」
「そうだな。これから忙しくなる。人間界侵略の前に、まず魔界の統治だな」
ベドラムは何か引っ掛かるといった顔をしたが、話を終えた。
直感的に。
少しだけ、とはぐらかしているが…………。
フリースはおそらくは、その施設の重要な関係者なんだろうなあ、と、ベドラムは内心気付いてしまった。
†
騎士団長ヴァルドガルトは、かつての憎き敵であるベドラムを全面的に信頼する事に決めていた。
彼は、竜の魔王に廊下ですれ違った時に呼び止める。
「もう分かっていると思うが、フリースは我々の味方かどうか疑わしい」
騎士団長は苦々しく告げる。
「ああ。お前のとこの王女様とも話し合っている」
ベドラムも深刻な顔で受け取る。
「フリースの目的が分からない。わたしは最悪、ジュスティスみたいに、混沌を望んでいるのではないかと疑っている」
「そうだな。人間界の事情を引っ掻き回したいんじゃないかと考えているんだが…………」
騎士団長は、時間魔導士に対して、これまで散々、頭を悩まされてきたみたいだった。
「ベドラムよ。これからどうする?」
「私は、まず他の魔王を片付ける。サンテとヒルフェの二人だな」
「ほう?」
「『魔王』という魔族側の称号が関係してくるんだ。まあ、人間で言う処の、君主や国王みたいなものだな。ある領地や種族を統治している。あるいは、もっとも、力を持つ魔族がそう呼ばれる。サンテは海。私は空。ヒルフェは人間の裏社会。リベルタスは森。……ジュスティスは、特殊で、領主的な存在や、種族を統治しているというよりは、かつて生きていた古の大魔王からの指名があったらしい」
「なるほど?」
「魔王を名乗るには、魔族同士の面倒臭いルールがある。私は詳しく分からないんだが、かつて古の勇者に倒された大魔王とやらが取り決めたルールらしい。私は私の母親の威光で、ドラゴンの魔王を引き継いだし。海を支配するサンテの方も、先代の海の魔王から引き継いだらしい。後はよく分からん。旧体制の制度だ。私には関係無いしな」
ヴァルドガルトは、竜の王の表情をまじまじと眺めていた。
ベドラムは自分の事を信用しているが。
…………詳細の全貌をまだ話せないのだろうと、ヴァルドガルトは気付く。
いずれ、話してくれるだろう。
だが、色々な魔族側の事情によって今、話す時期ではないのだろう。
ヴァルドガルトも、ベドラムの話を信用する事にした。
「体制の事はよく調べておいた方がいい。わたしは保守的な堅物だから分かる。新たな制度を受け入れられない者は数多く存在するからな」
「心得ておくよ。私に至っては。魔界の最奥にある、深淵に眠るとされる大魔王とやらの事もよく分かっていないからな」
ベドラムは嘆息する。
彼女は比較的若い魔王だった。
サンテもそうだろう。
だが、ジュスティス、ヒルフェ、リベルタスの三名は、深淵に眠るとされる大魔王の事も知っている筈だ。きっと、その大魔王を打ち倒した勇者の存在も知っているのだろう。
魔族側の事情。
人間側の事情。
どちらも複雑に絡み合っている為に、この世界は混沌と化している。
「ああ。そうだ。片付ける、と言っても。サンテとヒルフェを始末する、殺害するって意味じゃないからな。まあ、あの二人との間で起こるであろうトラブルを片付けておきたいって意味だ。出来れば、文字通りの意味で殺し合わないように、交渉に持ち込みたい」
ベドラムはそう言うと去っていく。
「是非、そうして欲しい。人間側が魔族間の殺し合いのとばっちりを受けるのは、私が本当に避けたい事の一つだからな!」
騎士団長は強く去り行くベドラムに対して叫んだ。
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