世界樹のエレスブルク 魔王ベドラムVS魔王リベルタス 3
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「おやおや。どうやら、これまでのようだねぇ」
リベルタスの声が聞こえてくる。
「俺の『パノプティコン』は、魔導具による包囲網なんだ。どんなに君が強かろうが、生身で血肉を晒して戦っている君じゃ、俺に勝てないよ」
彼は嘲り笑っていた。
「さてと。竜の王もこれまでか。先代の竜の王だった、君の母親もジュスティスと正面からやって殺されたそうじゃないか。やはりドラゴンは真に英知のある魔族には勝てないんだよ。しょせん、空飛ぶ大トカゲでしかないからね」
「私の侮辱はいい。ドラゴンへの侮辱は取り消せ」
ベドラムは必死で自身の剣に縋りながら立ち上がろうとする。
ベドラムの背中に、大量の刃が突き刺さっていく。
弓兵の姿をした魔導具が矢を放ったのだろう。
ベドラムは眼を閉じて、沈黙する。
リベルタスはなおも、彼女を罵倒し続けているみたいだった。ベドラムはまるで耳を傾けなかった。ただ、音だけを静かに聞いていた。
必ず、この手のタイプは油断慢心する。
ジュスティスはもっと念入りだった。
それは、ジュスティスは魔王の中では一つ格下くらいの強さだったからだろう。だがリベルタスは少し自惚れている。
ベドラムは地面を向きながら、嘲り笑った。
「お前の言葉は何も響かないよ、リベルタス。人間を憎み滅ぼそうとするお前は、そもそも、元人間なんだからな。何が魔族の頂点だ。本当に笑わせてくれる」
「はあ? 俺は俺は、魔王だ。今日、お前を殺して、最強の魔王になる。魔族の頂点に立つんだ。だから、今、此処で死ね!」
リベルタスの声音は、確かにベドラムの近くで聞こえていた。
ベドラムはその瞬間を見逃さなかった。
光学迷彩装置。
つまり、透明人間になれる魔導具か何かを使っていたのだろう。
だが、ベドラムからすれば、呼吸、心音を聞いて、リベルタスの本体が近付いているのは明白だった。ベドラムの死に様を間近で見る為に近付いてくるのは明白だった。
だから、敵に致命傷を与えるのは簡単だった。
何も無い空間に対して、ベドラムは力を振り絞って刃を放つ。
虚空が爆破炎上する。
その炎は燃え盛り、虚空の中から少年の姿が現れる。
ベドラムは最後の力を振り絞って、刃をもう一度振るった。
少年の両腕、両脚。そして顔面が爆破されていく。
そのまま黒焦げの焼死体へと変わり、灰へと変わっていく。
ベドラムは死にゆくリベルタスの姿を眺め終えた後、地面に倒れた。
†
気付けば、ロゼッタとイリシュの姿があった。
「……大丈夫ですか…………?」
イリシュの魔法によって、肉体の損傷及び服の損傷も修復されたみたいだった。
「しばらく動かないでくださいね…………。ベドラムさんの魔力を回復する事は出来なかったので…………」
「ああ。私の疲労が回復していない」
「リベルタスは倒したの?」
ロゼッタが訊ねる。
「倒せたと思う。お前らがこちらに来れたならな。奴の操る魔導具、魔法人形達に阻まれずに私のもとへ来れたのだろう?」
「はい」
イリシュが言う。
「それにしても凄いわね。ベドラム…………」
ロゼッタは辺りを見渡す。
大森林が完全に見る影も無くなっていた。
この辺り一帯が完全に荒野へと変わっていた。
山だった場所は谷になり、無数のクレーターが所々に生まれている。未だ炎がくすぶり燃え続ける。
リベルタスによって、エルフの長老達の多くが殺害された。
リザリーは殺害され、ダーシャも重症だった。
「私はやはり魔族であり、魔王のようだ。エルフ達は私を憎むだろうな。リベルタスに支配されていた方がよっぽどマシだっただろうに」
ベドラムは仰向けで空を眺めていた。
明るい月の光が三名を照らしていた。
焼け爛れ、破壊尽くされた森の奥から。
一つの影が現れる。
「まあ。どっちみち、リベルタスは倒すべきだった。私達、人間への侵略を企てていたからねー」
間延びしたような、何処かおちゃらけたような声が聞こえた。
イリシュは眼を丸くしていた。
そこには、無傷のままのフリースが立っていた。
「フリース…………?」
「何? まるでアンデッドでも見たような眼でさー。元気だった? 王女―、ベドちゃん」
フリースはいつものフリースだった。
「生きていたんですか? てっきり、…………」
「ん。ああ、私の場合は特別なんだ」
フリースは八重歯を出して笑った。
「時間魔法で自身の肉体を逆行させて、殺される前の肉体に変えた」
フリースは、素で世界の秩序を乱すような発言を口にする。
ベドラムは自身が破壊の限りを尽くした大森林を見渡す。
ベドラムの願いに気付いたみたいだったが、フリースは全力で首を横に振った。
「いやいや。無理だよ、この森は。これから数十年、百年単位で修復させなければならないかもね」
「エルフの次の敵は私になるな」
ベドラムは自嘲する。
「そうでもないみたいだよ?」
フリースは嬉しそうに笑っていた。
何名かのエルフの長老の生き残りが現れる。
そして、花冠をベドラムと、イリシュ、ロゼッタに渡す。
「これは我々、エルフが英雄に送る贈り物です。どうか受け取ってください」
「いいのか? 私は魔王ベドラムだぞ」
彼女は苦笑する。
「いいえ。貴方は我々の勇者でした。魔王リベルタスによって支配下に置かれていたエルフを解放したのです」
長老達は恭しくベドラムに跪いた。
「私が勇者か…………。不思議な気分だ」
魔王は困惑していた。
「ささやかですが、宴の続きをしましょう。生き残った者達で」
「ははっ。私達はみんな疲れ切っているよ」
ベドラムは仰向けに倒れて、空の月を眺めていた。
宴と聞いて、フリースだけがはしゃいでいた。
ベドラムは空を眺めながら一人呟いていた。
……楽しかったよ。ああ、楽しかった。自由の魔王…………。
彼女の小さな呟きは、他の誰にも聞こえていなかった。
……私はまだまだ強くなる。まだまだ、だ。
ドラゴンの戦闘本能……。
きっとこれは、生まれ持ったどうしようもないものなのだろう。
そう考えながら、ベドラムは思わず笑っていた。
戦いは、もうどうしようもない程に、楽しい。




