世界樹のエレスブルク 迷いの森とエルフの里。2
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王女と魔王は二人きりで、森を探索していた。
濃い霧から抜け出す事は出来たが、道がまるで分からない。
どうやら森の中で迷ったらしい。
地図も無いのだから当然か。
もし、可能ならガイドでも付けておけば良かった。
「どうやら、時間魔導士とシスターの二人とは、はぐれたみたいだな」
ベドラムは周りを見渡す。
「迷ったのと、何者かの手によって分断されたの、どっちだと思う?」
ロゼッタは訊ねた。
ベドラムは神妙な顔になる。
「前者だろ……。私達の間で、統率力なんてものはあったか? 各々が好き勝手していなかったか? お前は飛んでる蝶とか、変なキノコとか見てはしゃいでいたし。時間魔導士はいつものように、ぽわぽわって、考え事をしながら歩いていたし、シスターの方も、珍しい湖とか見てきょろきょろしていたし」
ベドラムは少し嫌味っぽく言った。
「私達全員、馬鹿丸出しって事じゃない…………」
ロゼッタはわなわなと唇を震わせていた。
「そうだな。私は強い魔物が出てこないか、楽しみに待ちながら、先頭を歩いていた」
ベドラムは何処吹く風といった調子だった。
彼女一人なら“強引”に森の外に出られるだろう。だから遭難の危険とかハナから考えていないのだろう。
ロゼッタはベドラムを睨む。
ロゼッタとベドラムは、顔を見合わせる。
騎士団長のヴァルドガルトを連れてくるべきだった…………。
こんなに四人でまとめられないとは思わなかった。
「まあ。やってしまったものは仕方ないな。そのうち合流出来るだろ」
彼女は呑気に鼻歌を歌っていた。
「まあ、そうね。処でベドラム、貴方がいるから歓迎されないって事は? 魔族で、しかも、悪名高い魔王じゃない」
「いや。エルフは人間も嫌っているって聞いてる。向こうからすれば、人間も魔族も一緒だろ。もっとも、今、エルフ達の事情がどうなっているか分からないけどな」
「会って話を聞くしかないってわけね」
墓石のようなものが並んでいた。
竜の女帝は、その墓石を眺めながら何かを考えているみたいだった。
「ロゼッタ。聞きたい事がある」
「なに?」
「どうだったジュスティスは?」
ベドラムが訊ねる。
「そうね。強かったわよ…………。クラーケンの介入が無ければ全滅していた」
「そうか。戦いには、やはり戦略や絡め手がやはり必要なんだな」
ベドラムはうんうん、と感心していた。
「処で、この墓石だが…………。自由の魔王リベルタスの“縄張り”の印だ。私の情報では、リベルタスは、かつて、エルフの長老達と領土を分配したらしい。リベルタスから他種族からの侵略から守って貰う替わりに、領土の一部を明け渡したとの事だ」
「その事は、フリースから聞いたわ。その、そんなにヤバいの? その魔王は…………」
「リベルは、ジュスティス並に残酷だ。人間を強く憎んでいる。……何度か会った事があるが、奴の詳細を話さないとな…………」
ベドラムは少し考えていた。
「その前に、ベドラム」
「なんだ?」
「わざと、私達を分断したわね」
ロゼッタは疑うように訊ねる。
「さて。どうだろうな?」
ベドラムは、はぐらかすように言う。
しばらく、二人の間で沈黙が訪れる。
「ロゼッタ。私と戦ってみないか? お前がどれだけ強くなったのか見てみたい」
ベドラムは、腰の剣を引き抜く。
ロゼッタは魔法の杖を構えた。
竜の魔王の瞳は真剣だった。
王都ジャベリンの女王がどれだけ強くなったのか。
試してみたい。
そんな瞳だ。
仮にもベドラムは王都の騎士仲間達を何名も殺害している……。
ベドラムが殺した騎士達には、ロゼッタの友人知人は多かった。
いつか、一矢報いる事が出来れば、と、ロゼッタは考える事はある。…………。
二人の緊張感が壊れた。
遠くから地響きが聞こえてきたのだ。
二人は最初、それを山だと思っていた。
だが、確かに生き物の胎動を始めていた。
山のような巨体の怪物は、雄牛のような角を持っていた。顔は爬虫類のように見える。
「あの怪物は…………?」
ロゼッタが訊ねる。
「この辺り一帯を棲み処にしている魔物って処か。確か名前はキング・ベヒーモス…………。小さな人間の村くらいなら、一体で食い尽くす魔物だ」
「ドラゴンとどっちが強い?」
ロゼッタの顔に緊張が走る。
「っていうか、ベヒーモスは、陸のドラゴンって処だな。獣タイプの魔物では最強クラスだろ。その大型だな」
ベドラムの表情は戦闘狂のそれになる。
「正面から戦える?」
ロゼッタは少し不安そうな顔をしていた。
大木に囲まれた四方に逃げ場は無い。
「勿論。この私を誰だと思っている?」
ベドラムの手にしている剣が見る見るうちに巨大化していく。
「エルフに恨まれるかもしれないな。これから森を焼き払うんだから」
竜の魔王は跳躍していた。
大木が次々と薙ぎ倒されていく。
小山程ある怪物は、巨大な前足によって、地面に巨大なクレーターを作る。
ロゼッタは、ベドラムの姿を追えていなかった。ロゼッタは内心悔しい思いをしながらも、戦いに巻き込まれないように、この場を離れるように逃げていた。
次元が違う戦いだった……。
何も無い空中が何度も、発火していく。
空が“焼け爛れて”いた。
ベヒーモスの身体の所々が爆発していく。
勝負は数分程度で終わった。
辺り一面が爆破炎上して、木々が吹き飛ばされていく。森があった場所が平らな平原へと変わっていく。
キング・ベヒーモスの全身は、炭と化して転がっていた。
後には、無傷のベドラムが佇んでいた。
彼女の手にする剣は、大木と同程度に巨大化していた。
「まあ。久しぶりに真面目に戦ったって処か」
ベドラムの手にした剣は、みるみるうちに縮んでいく。
彼女は、そのまま剣を鞘に戻した。
それと同時に辺り一面に燃え広がった炎も、空中へと雲散霧消していった。
辺り一面は半径一キロ以内が炭とクレーターと化していた。
陸のドラゴンに値すると言われる強さを誇るベヒーモスの巨大個体。
それを物の数分で、竜の女王は屠ったというわけだ。
「さてと。肩慣らしになったよ。このまま自由の魔王リベルタスを倒しに行くかっ!」
ベドラムの発言を聞いて、途中でロゼッタは困惑した。
アリジャの為に、エルフの里に向かう事が理由だったんじゃないのか。
いや、違う。
その程度の理由なら、ベドラムは同行しないだろう。
おそらく、フリースはベドラムを同行させる際に、あらかじめこういう事態を想定していたのだろう。
ベドラムの目的は自分達とは違う。
あくまで“魔王リベルタスの討伐”。
「まあ、いいけど。……どのみち、人間側に脅威になる者を排除したいからね…………」
ロゼッタはつくづく、この魔王の傍若無人ぶりに呆れた。
大地が揺らめく。
新たな怪物達の気配が訪れた。
キング・ベヒーモスの屍を中心に、草と樹木で出来た巨人のような者達が次々と現れた。
「森の精霊の怪物達か。肩慣らしにもならないな」
ベドラムは剣の柄を握り締めながら、大欠伸をしていた。




