歓楽都市マスカレイド マスカレイドの戦い。
5
ヒルフェの配下達は、鴉のような仮面を付けて黒装束を身に纏っていた。
手に、おそらくは毒が塗られているであろう短刀を手にしている。
入口から出てきたのは、オリヴィ一人だった。
黒装束達が、一斉にオリヴィを襲う。
「『ストーン・ストーム』」
オリヴィはコンクリートの地面から、無数の石の刃を生みだしていく。
そして、次々と、黒装束達に、石の刃の嵐を向けていく。
船上の戦いでは、弓矢などで応戦するしかなかったが、船の損傷を考えてオリヴィは自身の魔法を使わなかった。彼は強力な魔法使いだった。岩やコンクリートの地面がある場所でこそ、彼の魔法は本領を発揮する。
黒装束の何名かに、石の刃が突き刺さっていく。
倒れた黒装束の傷から、霧が発生する。
どうやら、人では無いみたいだった。
石の嵐によって、黒装束達は叩き潰されていく。
マスカレイドの石畳はひっぺがされていき、巨大な石の盾が、オリヴィの周辺を浮遊していた。
黒装束達は何名も増えていく。
このままだと完全に包囲されるだろう。
オリヴィは余裕の表情を浮かべていた。
†
船場まで辿り着く。
肉体が霧状になっているドラゴンが待機していた。
「これに乗ってください。船より早い」
ザートルートは三名を連れ出す。
「オリヴィさんをまたないと…………」
イリシュは立ち止る。
ロゼッタは考えていた。
……最悪、置いていくか?
「いや。そんな事は出来ない。確かにあの馬鹿王子には散々、迷惑を掛けられたけど。仲間を見捨てるなんて死んでも出来ないわよ」
「うん、そうですよね!」
イリシュは笑う。
「それに借金も返して貰ってないしね」
ロゼッタは苦笑しながら言った。
三名はビーチを見る。
ネオンライトに照らされている部分に立ち入る事は出来ない。
「さてと。問題は…………」
三度目の気配。
二度目の邂逅。
そいつは、崖の上から三名を見下ろしていた。
真っ黒な装束。もはや、隠してさえいない、魔族特有の禍々しい魔力……というよりも、この人物特有の忌まわしい魔力と言うべきか。
神父服も眼鏡も見に付けていないが、確かにその男はロゼッタとイリシュの間では忘れられない顔だった。
「ごきげんよう。今日は竜の女王がいないね。ロゼッタ王女、先ほどはどうも」
倫理の魔王ジュスティス。
彼は静かに崖から跳躍して、四人の前に薄ら笑いを浮かべていた。
吸血鬼のザートルートは、かなりの冷や汗をかいていた。
「おい。ジャベリンの王女様、なんだ? この男は!?」
「倫理の魔王ジュスティス。私の知る限り一番の腐れ外道。もっともシンチェーロのせいで、ナンバー1の座は危ういけどね」
ロゼッタは皮肉たっぷりに、奇怪な紋様の装束に身を包んだ男を睨み付けていた。
「褒め言葉と受け取っておくよ。まあシンチェーロは人間にしては中々の男だよ。彼はかなり立腹しているみたいだね。何がなんでも君達を殺す、と。いやその前にたっぷり辱められるのかな?」
「そう。その願いが叶う前に、私はあのクソ野郎を始末したいけど。まあいいわ。先に貴方を倒す」
吸血鬼の青年は、ロゼッタの肩に手を置いた。
「あのな。魔力総量って分かるよな? 王女様。それから魔力の質とかも」
「分かっているわよ。…………ジャベリンでは、相当、私達は遊ばれていたみたいね。あの時は力を隠し続けていたみたいね。
倫理の魔王。
その魔力総量は桁違いのものだった。
竜の魔王ベドラムよりも、王都ジャベリン最強と噂される時間魔導士フリースよりも、遥かに魔力が多い。
もっとも、フリースは自身の魔力総量を隠しているだろう。
ベドラムに関して言えば、体感、倍近くはある。
加えて、ジュスティスの魔法の全貌がよく分からない。
最悪だった。
ロゼッタは小声で、ザートルートに囁く。
「…………。ベドラムとちょっと話したんだけど、ジュスティスは、自分の魔法を使っていない可能性が高い。今、倒せなくても、何とかこいつの魔法の正体、出来る手札を可能な限り晒したい」
アリジャは周りを見渡していた。
当然、ヒルフェの追手達もいる筈だ。
だが…………。
「ああ。心配しなくてもいいよ。君達の行先はシンチェーロ、ヒルフェ達には伝えていない。僕個人が楽しみたいからね。特に彼らと仲が良いというわけでもないんだ、まあ、悪いというわけでもないけどね」
「ああ。知り合いって程度なくらいなのね」
ロゼッタは魔法の杖を向ける。
「まあ。そんな処くらいかな」
話しながら、ロゼッタは敵の隙を伺っていた。
「ザートルート。貴方は戦える?」
「もちろん! その為に俺は魔王様から派遣されましたから、後、これ」
吸血鬼の青年は、イリシュに魔導具の短剣を、アリジャに幾つかの魔法のスクロールを渡す。
ジュスティスはその様子を楽し気に眺めていた。
「さて。準備が整ったら、始めようかい」
合図はロゼッタとザートルートの攻撃魔法の二つによって開始された。
水の刃と、血の刃が交差しながら倫理の魔王の方へと向かっていく。
ジュスティスは懐から出したスクロールを手にして、魔法の防御壁を生み出す魔法を放つ。彼のもう一方の手には別のスクロールがあった。
「これは君達が本当に大好きなものだよ」
嫌味たっぷりな顔でジュスティスは嘲り笑う。
スクロールから出てきたのは、キメラだった。何体もいる。
案の定、人間の男女などをトカゲや亜人などとくっ付けた悪趣味極まり無いものだった。
アリジャは顔を蒼ざめている。
「アリジャッさん! これも精神攻撃としての奴の戦略だよっ! キメラはもう死体だし、助からないっ! 迷わず魔法のスクロールを広げるんだっ!」
ザートルートは叫ぶ。
アリジャは渡された巻き物を広げた。
すると、クマやトカゲなどの姿を象った炎の精霊がスクロールから現れる。炎の精霊達は次々にキメラに向けて突撃していった。
「ふむ。中々やるね。君達は本当に楽しませてくれる」
業火に焼かれ続けながら苦しみの悲鳴を上げ続けるキメラ……人々の声音を聞いて、思わず、アリジャとザートルートの二人は嗚咽を漏らす。
イリシュは魔法の短剣を向ける。
「貴方の事を一日たりとも忘れた事はありません」
短剣の先から、稲妻の刃が放たれていき、ジュスティスを攻撃する。
「やはり、パーティーにベドラムかフリースが欲しいわね。まず私達に勝ち目は無いわ」
言いながら、ロゼッタは水の刃を放ち続ける。
全て、魔力の篭った掌だけで、魔王に弾き飛ばされてしまう。
「どうするんですか?」
イリシュは絶望的な表情になる。
「私に考えがあるわ。状況は揃っている。後は運頼み。こいつを倒せる“仲間はいる”」
問題はドラゴンの飛行速度だ。
“あれ”に遭遇したのは二日目だったか。
それから三日かかって、マスカレイドに辿り着いた。
……いや、状況次第によっては、向こうから来て貰う事になる。
ロゼッタはそう考えていた。
「全員来て、いったん逃げるわよっ!」
ロゼッタは『アクアリウム』によって、周辺に水の霧を創り出していく。
数秒くらいは、目くらましをする事が出来た。
ジュスティスは楽し気だった。
「仲間を置いて逃げますか。それも一興。あの青年はヒルフェ達に始末されるでしょうね」
倫理の魔法は楽し気に言った。
「挑発に乗らないでっ! 私達が全滅すれば、どのみち、オリヴィは悲しむわ!」
ロゼッタ達四名は、ドラゴンの背中へと乗っていった。
行き先は、海の向こうだ。




