間章 エルフの森、エレスブルク侵攻。
エレスブルクの森には不老長寿の秘薬が隠されている。
そう、ショウシャは考えていた。
コンロンでは、エルフは“魔族”と認定している。
ならば“魔族”退治の為の御旗を掲げればいいだけの話だ。
「不老長寿。なれるものなら、為ってみたいものだ」
ショウシャは不気味に笑った。
コンロンは大量破壊兵器も、十全な程の軍隊も保有している。
魔族退治の一環として、エレスブルクに進行する事は必要だろう。
彼はニヤリ、と、笑みを浮かべていた。
この地上を支配出来るのは、ステンノーやベドラムだけではない。
今こそ、それを証明してやりたい。
ショウシャは暗い欲望が渦巻いていた。
コンロンの闇は何処までも深く暗い。
真っ赤な花が咲き乱れる焔城は、今日もぽつりぽつりと明かりを灯していた。
†
傭兵達の都市『リトル・アーチ』では、戦争の残り香が広がっていた。
傭兵達の王であるレイモスは、戦争を欲していた。
戦争があるからこそ、自分達の食い扶持が稼げる。
傭兵達はまともな生活というものを送れない。
そのどうしようもない悪循環を生きていた。
そして、リトル・アーチでは、戦争の惨禍が未だ燻り続いていた。
「なんでも、魔王ヒルフェが死んだそうじゃねぇか」
レイモスは顎に生えた無精ひげをこすりながら、戦車の上にまたがっていた。
マスカレイドのマフィア達は、今や混乱を極めているらしい。
いわく、噂によると、マフィア達の洗浄計画が進んでいるらしい。
マスカレイドの裏社会が崩壊へと向かっているとも聞く。
レイモスは、そこから何かしら利権を得られないか画策していた。
今の世界の覇権は、エル・ミラージュと空中要塞の二つが握っている、両国共、ぼろぼろだが、和解という思わぬ形を取ってしまった為に、別の強国が付け入る隙が見当たらなくなった。何とも面白くない話だ。
「自分達を売り込める国が無いか………………」
レイモスは考える。
そんな中、入ってきたのが、ショウシャの野望の噂だった。
ショウシャは、コンロンの軍隊を動かしたくない。
表立って動きたくない。
だが、リトル・アーチの者達は、代理戦争として動くのを得意とする。他の強国の下に付いていれば、金も飯もたらふく手に入る。そしてレイモスは戦争に対して中毒症状を患っていた。つねに戦争、紛争をしていないと生きている実感がしない。
……コンロンという大国に、自分達を売り込んでみるか?
ステンノーが終戦を誓った今、レイモスはひたすらに自分の新しい主を思い描いていた。
†
リトル・アーチの『憩いの場』にて。
ショウシャとレイモスの会談が行われていた。
貧困国と言っても、王であるレイモスの王宮や王宮周辺の場所は豪奢な意匠で埋め尽くされていた。レイモスの直属の配下である男達、そして薄着の美しい女達がショウシャを出迎えた。
薄着の女達が、ショウシャの接待を行う。
ショウシャは、この国の美女達にとろけるような視線を浴びせていた。
「単刀直入に言えば、エルフ達の集落であるエレスブルクに侵攻して欲しい」
ショウシャは不敵な笑みを浮かべていた。
「つねづね噂に聞いているが、やはり不老不死を求めているのかい?」
傭兵の王は訊ねる。
「その通りだ。私が不老不死という力を手にすれば、それ自体が宗教的な意味での象徴となる。誰もが私を神々しい存在として認めるだろう。私は若返り、永遠の時を生きる存在となる。それは素晴らしい事じゃないか」
「まあ。俺達は金が手に入ればそれでいい。リトル・アーチが潤えばそれでいいのだからな」
レイモスは、自国の惨状を建て直すつもりは無かった。
むしろ、民に富を回さずに、レイモスは贅沢三昧に耽っていた。
その考えは、コンロンという大国と発想は同じだ。
女達は、リトル・アーチ産の茶と茶菓子を、コンロンの前に出す。
ショウシャは出された茶を飲む。
「いいだろう。ぞんぶんに金は弾んでやろう。お前達、傭兵達の底力を見てみたいものだ」
そう言って、老獪な初老の男は笑った。
†
諜報活動を行っていたダーシャとアネモネの二人は、真っ先に、リトル・アーチによるエレスブルクの森の侵攻の情報を手にしていた。
エレスブルクには、未だ人類や魔族が解明していない古代の遺跡がそのままにしてある。また、エルフは千年以上も生きる長命種であり、吸血鬼と同じくらいにその不死の秘密は興味深いものとされている。
「かつて、エルフが人間を憎悪した歴史として悪名高い人体実験場『ローズ・ガーデン』にて、エルフの長命に迫る為に彼らを生きながら解剖したり、様々な人体実験を行ったとされていますわね」
アネモネは、クスクスとダーシャの反応を見る。
「俺の世代では知らない。口を閉ざしている長老達なら知っているかもな」
ダーシャはアネモネの言葉に対して、何処吹く風といった処だった。
やはり、このエルフの青年は自種族に対して何処か冷めた目線で歴史や文化というものを考えている。
「まあ。とにかく、一応、長老達に伝えるよ。エルフ達は、今や空中要塞の保護下にある。ベドラムはステンノーと共に“世界政府”を気取りたいかもしれないが、また余計な血が流れない事を俺は祈っているよ」
しれっと、ダーシャは自らの民族に対して遠回しに見捨てるような発言を行う。
ダーシャからしてみると、故郷というものは愛憎が根深いものなのかもしれない。
アネモネは、そんな彼のつかみどころの無い心境に興味が湧いている。
「それにしても、古代遺跡か。我らがエル・ミラージュとしても、エルフ達には何やら秘密があると思っていますわ。とても興味深いものですわね」
アネモネは、エル・ミラージュの為に、エルフの知恵と知識、文明を役に立てないかかと兄に話を持ち込む事を考えていた。
そんな二人のやり取りがあったが、リトル・アーチの侵略行為はすぐに行われていた
リトル・アーチでは、大量のリザードマン。
トカゲの亜人の兵隊達を有している。
トカゲ達は砂漠地帯にも、亜熱帯地域の森林にも強く、隠密行動を得意としているみたいだった。
ベドラムとディザレシー、そして、ステンノーに問うた処。
「侵略の目的はともかく、ショウシャが不老不死の秘密を手にした処で何の問題があるんだ?」
それが、彼らの見解だった。
つまり、エレスブルクを半ば放置したという言葉とも受け取れる。
ベドラム達は、マスカレイドのマフィアの残党達の駆除の為に手を尽くしていた。資金源を断ち、格差社会を是正し、下っ端にいる者達に犯罪以外の職業にあてる必要がある。
「それにしても、呑気なもんだな? いいのか?」
ダーシャはベドラムに訊ねる。
「初めてロゼッタ達と共に、エレスブルクの森に入り込んだ時、あの地の怪物達の強さを見た。確かにリザードマンや訓練された傭兵達は凄いものだろう。だが、果たして……。私達が向かう必要があるかと思ってな。エルフの長老達とも、その事に関しては話がついている」
ベドラムは鼻で笑っていた。
†
実際、ベドラムやエルフの長老達の予想は正しかった。
リトル・アーチの傭兵集団。リザードマンの軍隊は、強大な陸の怪物であるベヒーモスに蹂躙され、大地の精霊達により迎撃されたみたいだった。エルフの遺跡の探索をする事など出来ずに、エルフの長老達無き今、無法地帯となったエルスベルクは強大な怪物達の楽園と化していた。
これは、明らかにリトル・アーチの王レイモスにとっては大きな誤算であったみたいだった。
どれだけ訓練された者であれ、並みの人間や亜人種程度では、強大なモンスターに勝利する事など出来ない。ただ、その事実があった。
「なんにしろ、コンロンとリトル・アーチが動いた。彼らの動向をしばらくは、様子見しておくべきだろな」
ベドラムはそれだけ言って終わった。
彼女は、どうにも意に介していないかのようだった。
むしろ、同盟を結んだとされるステンノーに警戒を向けているし、以前、ソレイユは敵だと彼女は宣言した。倒すべき敵だと。
ダーシャとアネモネの二人は、この世界がどう転んでいるかの行く末を見ようと思っていた。先の大戦で疲弊した国家二つの復興が、まずは先だ。別の大国に付け入る隙を与えてはならない。




