間章 空中要塞とエル・ミラージュの政治会談。 2
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ロゼッタとディザレシー、アネモネの三名は、それぞれ紅茶やコーヒーの飲みながらケーキやクッキーを口にして政治会談を続けていた。
「やっぱり。貴方のお兄様だけは生理的に無理ね。ホント無理。顔見るだけで吐き気がするわ」
ロゼッタはアネモネに対して、怒りを剥き出しにしていた。
「いろんな方から聞かされますが、ロゼッタ王女様。なんで、貴方はそんなに子供なのかしら? 私には理解しかねますわね」
アネモネは挑発しているとも、辟易しているとも取れるような声音と言い草で話す。
「その点に関しては同感だ。いい加減、大人になれロゼッタ。まだ未成年とは言え、お前は一国を背負っているのだぞ? 元老院や騎士団長の支えがあるとは言え、発言や行動には気を付けて貰えないか」
ディザレシーは紅茶にクッキーをひたしながら、ロゼッタを咎める。
そして、半世紀を生きているドラゴンは、ふと、気付いた。
「アネモネ。年は?」
「24ですわ」
「そうか…………。25くらいまでは、人間だと一番、多感な時期なのか」
ディザレシーは何かを熟慮しているみたいだった。
「なに?」
アネモネは首をひねる。
「お前の側近のイリシュもガキだった。やはりダーシャが必要だな。まがりなりにも百年以上は生きている。エルフとしては若者らしいが。少しは見習え」
「ダーシャも子供でしょう。最近は刹那的過ぎますわ」
アネモネはイチゴのショートケーキを口にする。
「相手は数世紀生きているであろう老獪な吸血鬼と、何世代にも渡って恐怖政治を敷いている権力に縋る男だからな。結局、お前ら魔王ヒルフェを倒す為に五人掛かりで攻めたし、ジュスティスを二度も逃亡させ、奴は未だ沈黙している。俺からすると、運が良かったとしか言えないんだがな」
「何が言いたいわけ?」
ロゼッタは露骨に腹立たしそうな顔をする。
「次は死なないといいんだがな。よく考えてみて欲しい」
ディザレシーは真顔だった。
ロゼッタは、彼の言葉を重く受け止めたみたいだった。
ディザレシーの方も、ロゼッタが少し納得してくれたみたいで言葉選びを自省する。
……年齢の問題でも無いだろう。
ロゼッタは幼い頃から騎士団の仲間達と共に生きてきた。そして騎士団の魔導部隊は空中要塞の托卵場にいる沢山のドラゴンの赤子を数十体殺した。……未来の脅威を少しでも減らす為にだ。その戦略を判断したのは、騎士団長のヴァルドガルトではなく、魔導部隊の隊長だったとディザレシーは後から聞かされた。
魔導部隊を宿舎もろとも焼き殺した。その宿舎には騎士団の家族……女子供も寝泊まりしていたらしい。騎士団の者達、数百名を焼殺させた。
ドラゴンの赤子を殺された報復の命令を下したのは、司令塔であるディザレシーだ。ベドラムは戦場を指揮する将軍としてジャベリンに家族のドラゴン達を引き連れて攻め込んだに過ぎない。
ロゼッタが今、ディザレシーと会話出来ているという事は、多少なりとも復讐心を抑えて国の為を想って心を開いてくれている。
「なに? ディザレシー」
ロゼッタは、じろじろと顔を見られている事に気付いたみたいだった。
「いや、ガキは言い過ぎた。悪かったな。沢山の民が亡くなったんだ。イカれたサイコ野郎じゃなければ正気でいられるわけないもんな」
アネモネは、少し気まずそうになる。
ディザレシーはアネモネの方を向く。
「とにかく。次の大規模な戦争は防ごう。それが亡くなった者達に対するせめてもの償いだと俺は想う」
「ディザレシー。貴方って、姿形によらず、綺麗事ばかりなのね。そういう処、好感を持てるわ。強大なブラック・ドラゴンなのに、まるで考え方は人間のイメージする英雄みたいね」
ロゼッタは、ディザレシーに対しては好意的だった。
ベドラムと口喧嘩ばかりしているのは、性格的な問題なのだろう。本来のロゼッタは性格が良いのかもしれない。いつものような刺々しさがない。
「俺が人間の英雄か」
ディザレシーは苦笑する。
「そうね。対話と交渉でエル・ミラージュとの戦争を終わらせたのは、まるで人間の勇者みたいだったわ」
ロゼッタは微笑む。
「言われてみると、照れるものだな」
ディザレシーは少しまんざらでもなさそうな顔になる。
「処で私は未熟でまだまだ弱いわ。でもベドラムというクソ女に稽古を付けて貰うのもうんざりしている。私の固有魔法『アクアリウム』は、魔王サンテの『ヴァンダリズム』の実質的な完全下位互換だし」
まるでロゼッタは、ディザレシーにすり寄るようだった。
ディザレシーは何かに気付く。
「ほう。俺を上げているって事は何かあるな?」
「ええ。貴方の方に稽古を付けて欲しいの。ちゃんと優しく、上達するように教えて欲しい」
ディザレシーはロゼッタの要望を引き受けざるを得なくなった。
†
ベドラムとステンノーは、来たるべき新たな戦争……。今後の仮想敵国になるであろう、コンロンとの戦いに備えて討論を行っていた。
主席であるショウシャは、ステンノーによると虎視眈々と世界の覇権を握っているそうだ。ロゼッタは、コンロンという国の事はよく分からない。分からないからこそ、知りたいとも思う。
二人は、会話におけるチェス・ゲームのようなものを行っていた。
「“サイレント・インベージョン”という概念がある。血を流さない静かな侵略行為って事だね。政治献金などをターゲットとなる国に行い、その土地の国家元首、王族、領主などを徹底して買収して、実質的な属国とする方法だ。俺達の国はそういった事も行ってきた」
ステンノーは飄々とした態度で、自らの手段を説明していく。
「コンロン側も、動くとするならば、そう考えているという事か」
ベドラムは、ステンノーを睨みつける。
「少なくとも、俺なら、そうする」
ステンノーは歪に微笑む。
「処でロゼッタは、未だにこの時代に文明レベルが遅れまくった交通機関を鉄道や馬車などに任せているんだとよ。ジャベリンのしきたりなどだそうだ。車っていう最新技術を使わない」
「アネモネいわく、ジャベリンの馬は車並に早く走るそうじゃないか。特殊な血統なんだろうね。道路整備をして俺の国から車を買ってくれないかな?」
「普及すればジャベリンがエル・ミラージュの属国になるだろ。分かっていて言っているな? 民が車を選べば、製鉄関係、工業の生命線がエル・ミラージュになるからな」
「そう分かっていて言っている。車を売り付ける事が出来れば、後は食と医療を支配して命綱を握らせたいね」
ステンノーは、ベドラムに対して知的挑発を行っていた。
「それにしても、車か」
ベドラムはステンノーを睨み付ける。
「車を売り付けるか。自動車を大量に作る上で、お前らは発展途上国から資源となるコバルトやリチウムなどを略奪し続けているだろ。自動車の部品の採掘には、過酷な児童労働があるって聞く。そういう処もあの馬鹿王女は気に入らないだろ。だから、ジャベリンは遅れた文明を選んでいるのかもな」
ベドラムは吐き捨てるように言う。
「それにしても、馬鹿王女はお前の悪意ある交渉をかわす事が出来るのかな」
ベドラムは苦々しい表情をする。
「代理が必要だろうね。彼女は国家元首としてはキャリアが無さすぎる。それに人間の邪悪さを理解していない」
ステンノーは正確に、ロゼッタという少女の事を見抜いているみたいだった。
二人はある計画に関して、検討を行っていた。
それは、ロゼッタをコンロンの国家元首ショウシャと対面させて良いかだった。
少なくとも、ジャベリンが今後、コンロンと友好的な関係を築いていく上で、コンロンの主席と対話する必要がある。無事、どうにかなればいいのだが…………。
ショウシャは極めて狡猾な男だとステンノーは述べた。
エル・ミラージュという大国が戦争で疲弊した今、コンロンという国は間違いなく何らかの形で動き出すだろう。
今後、コンロンという国家がどのように動くのかは分からない。
少なくとも、何かが勃発する前に手を打っておく必要はあるのだろうと。




