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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
混沌の世へ。
107/109

間章 空中要塞とエル・ミラージュの政治会談。 1


『戦争プロパガンダ10の法則 』


1  我々は戦争をしたくはない。

2  しかし敵側が一方的に戦争を望んだ。

3  敵の指導者は悪魔のような人間だ。

4  我々は領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う。

5  我々も誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる。

6  敵は卑劣な兵器や戦略を用いている。

7  我々の受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大。

8  芸術家や知識人も正義の戦いを支持している。

9  我々の大義は神聖なものである。

10 この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である。



 エル・ミラージュ国にて。


 モダンチックな喫茶店のような内装をしている木造建てのホテルのラウンジを使って、それぞれの国家の元首が政治会談を行っていた。


 アネモネはエル・ミラージュが歴史学者や反戦運動家達の研究論文から悪用したもの。歴史的な独裁者がプロパガンダの手法に使った資料をまとめた者をその場にいる者達に配っていく。


 その場にはベドラムと、人型になったディザレシー。そしてロゼッタ。ステンノーの五名がいた。


「お前らと同盟を結べた事は心から感謝している」

 ディザレシーは、アネモネから差し出された甘いクリーム入りのコーヒーを飲んだ。


 ベドラムは資料を読み込みながら、ステンノーを睨み付けた。


「テメェ。ジャベリン周辺の街々に核爆弾を落とした時、そこにいる人間を虫ケラと思っていただろ? あれか? ガキがアリの巣に水を流してアリが大量に死んでいくのを、ゲラゲラ笑っている感覚なのか?」

 ベドラムはステンノーに怒りの声を上げながら、その裏に、ステンノーの思考回路を分析するような目付きだった。


「俺はエル・ミラージュの愛国心。祖国への愛の為に爆弾を落としたと考えている。今もそうだ。エル・ミラージュの王族は、代々、自国を愛し、他国を邪悪な国家だと、劣った民族だと考える選民思想の帝王学を教えられる」

 ステンノーはクッキーをぼりぼりと齧りながら、そう答えた。

 険悪な空気が、二人の魔王の間で流れた…………。


「私は一年前まで、魔族だけが絶対悪だと考えていた…………。でも、もっと世界は複雑で、……ごめん。この資料を読んでいると、吐き気がするし、気分が悪くなるわ…………」

 ロゼッタは口元を抑えて、怒りに震えていた。


 ディザレシーは一通り資料を読み終えた後、腕組みしながらしばし天井を見上げる。豪奢なステンドグラスの内装。室内を照らす光源が眩い。


「ロゼッタ。お前はまだ十八歳の子供だ。それでもよく祖国の国の事を考えている。よくやっていると俺は思うよ」

 ステンノーは甘ったるいコーヒーを口にしながら、無感情な声音で言う。


「…………。どの口で……………っ!」

 ロゼッタは憎しみと怒りにわなわなと震えていた。


「ロゼッタ王女。空中要塞はお前の愛するジャベリンの騎士団を炭にした。エル・ミラージュはジャベリン周辺の街々を消えぬ炎が燻り続ける汚染地帯へと変えた。気持ちは分かるが、少し平静を保って欲しい」

 ディザレシーは少し憔悴しているみたいだった。


 ロゼッタは手元にある、まだ水の入ったガラス製のコップを手にすると、全身全霊の力で勢いよくステンノーの顔面に投げ付けた。コップははじけ飛び、割れる。

 

 ステンノーは平然とした顔で、濡れた顔を拭う事をなくロゼッタを真正面から平然と見ていた。


「話を続けていいかな? ロゼッタ王女」

 ステンノーは、ロゼッタの行動をさして気にしていないみたいだった。


「気が済んだかしら? ロゼッタ王女さまぁー?」

 アネモネは嫌味ったらしく、ロゼッタに語る。


「ロゼッタ」

 ベドラムはロゼッタの方を向く。


「ついでに、椅子と食器。インテリアと思われる燭台も、顔面にぶつけてやれよ」

 ベドラムは、ロゼッタの蛮行を全力で支持しているみたいだった。


 ロゼッタもベドラムも、明らかに平静では無かった。


「テメェらエル・ミラージュとの戦争で、私の家族のドラゴン達は“数千人”が殉死した。非人道兵器を娯楽のように使いやがって…………。核を落として放射能をまき散らす事はテーマパークのイベントじゃねぇんだぞ!? 貴様らの首を文字通りの意味で、はね飛ばしたいのはロゼッタ馬鹿王女だけじゃねぇからな…………」

 ベドラムは憎しみに満ち満ちた眼で、ステンノーとアネモネの顔を交互に見ていた。


「数と質に対しては傲慢だね。魔王ベドラム。お前のドラゴンの軍団が我々、エル・ミラージュの兵士及び、民間人の宿舎、民間人が働く工場や広告代理店を強襲したせいで、我が国の“人間達”の死亡者数は“三十万人”を超えた。さすが、魔族は言う事が違うねぇ! 人間とは、まったく道徳観が違うんだねぇ!」

 ステンノーは平然とした口調でハンカチで顔を拭いていた。


「よく人をムカ付かせる言葉が、息をするように、的確に出てくるわね!」

 ベドラムに代わって、ロゼッタが怒りを表明する。


 ジャベリンとその周辺国の受けた死者数は、五、六十万名を有に超えていた。悪夢の魔王サンテによるスカイオルム侵攻で、数万名の人間が海の魔物に蹂躙され、挙句、街全体が水浸しになって溺死者ばかりになり、今も復興の目処がまるで立っていない。

更に、核爆弾の被害以外にも、エル・ミラージュ兵や傭兵達の使う兵器によって、ジャベリンの兵士も民間人も死者が四十万人以上に達していた。


 加えて、エル・ミラージュ側はリトル・アーチという国の国民を傭兵に使って、数十万名の死者を出した。ステンノーがリトル・アーチの国民を使い捨ての道具としか思ってないのは、ロゼッタもベドラムも充分に熟知していた。


 ドラゴンの死者数とエル・ミラージュの国民の死者数の数字を指摘しながら、ステンノーは遠回しにジャベリン側の人々の死者数を無かったかのようにするような言い草だった。



「少し黙ってくれ。ベドラム、ロゼッタ」

 ディザレシーはドスの効いた声で告げる。


 ベドラムもロゼッタも、ディザレシーを睨み付けた。

 だが、しばし考えたようで、二人共、沈黙する。


「今後、俺達が警戒しなければならないのは、吸血鬼の王ソレイユに加えて、吸血鬼の真祖であるファラリス。そして、世界の覇権を握りたがっているコンロンという国家という話を俺達はしているな。その対応について考えるのが、この会議だ」

 ディザレシーは厳粛にするように、みなに促す。


「コンロンのショウシャ。吸血鬼の真祖ファラリス。二人共、お前らと同じように、資料に書いてある大衆扇動のメソッドを使ってくると考えていいんだな?」


「間違いなくやるだろうね。まず、愛国心を鼓舞し、民衆を煽る事から始める。誰だって、自分の故郷を大切に思うからね」

 ステンノーは答える。


「“自分達の生きている場所で沢山、人が死ぬ”。“ドラゴンや最新兵器の脅威に自分達の生活環境が脅かされる”。そして“ドラゴンは対話出来ない種族だ。ジャベリンは魔族に魂を売った悪しき国家だ。エル・ミラージュは話の通じない独裁国家だ”。こんな話を至極丁寧に、広告代理店と御用達の漫画家、小説家、音楽家、画家、演劇家などなどに、延々と連日、情緒的にドラマチックに宣伝させれば、焔の都市コンロンの民衆たちは、一気に、主席のショウシャの言いなりになりますわっ! 少なくとも、私なら、そういった手段を使います!」

 アネモネは愉快そうに述べていく。


「……アネモネ。テメェら、反戦運動家とかの思想や分析を逆手にとって、悪用しまくっていたんだな…………」

 ディザレシーはげんなりした表情をしていた。


「私の趣味の一つは、反戦運動家達の“エル・ミラージュの国家元首は許せない!”。“こんな戦争ばっかりしている国にしたのは王族だ!”。“今すぐ他国への侵略戦争をやめろっ!”とか叫んで、プラカード掲げて叫んでいる人達を見ながら腹を抱えてゲラゲラゲラゲラ笑う事ですものっ! あの光景は愉悦でしかありませんわ! 民主主義を新興宗教のように崇める、頭の中にスカスカのスポンジが詰まった愚民達を嘲笑するのは王族の嗜みだと思いますの!」

 アネモネは腐れ外道な思考回路を、至極当然に自慢する。


「……マジでどっちが人間が想い描く魔族だよ。マジで人間なのかよ、お前ら……」

 ディザレシーは本気でゲンナリした顔をする。


「少なくとも、人類の発想じゃないわね」

 ロゼッタは、堪らず嫌悪を露わにする。


「戦争は情報戦だからね。ビジネスと同じだよ。いや、軍需産業及び経済が発展するから、戦争自体がビジネスなんだ。ビジネスの鉄則は、広告代理店……まあ、マスコミとかを使った情報統治になる」

 ステンノーは現代における戦争というものを熟慮している。

 ロゼッタがイメージするような剣や矢を投げ合うものとは、まるで違うというものが彼の話を聞いているとよく分かる。


「考え方を切り替えさせて貰うか。という事は、ステンノー。戦争を専門とする独裁国家であるエル・ミラージュだ。逆に、戦争を止める事も専門に考える事も出来るだろう?」

 ディザレシーは深呼吸をしていた。


「そうだね。やれるだけやってみよう。色々な手はあるけど、まずは、そうだな。コンロンの一般市民の物事の考え方を平和的に改めさせるアクションを起こさないといけない」


「それは“言葉通りの意味”で平和的なんだろうな?」

 ディザレシーは、揶揄するように言った。


「期待には可能な限り沿うようにするよ」

 ステンノーは笑った。



「ステンノー。お前は、一体、なんなんだ?」

 ホテルの通路にインテリアとして飾られている絵画を見ながら、ベドラムは、この未だこの独裁国の王子の思考回路を理解出来ずにいた。


 通路に飾られている絵画は、エル・ミラージュの自然が描かれていた。美しい紅葉と湖。王宮。街並み。綺麗な写実画が並んでいる。


「人間を定義する上でサイコパスって言葉があるよね? 良心の無い人物だとか、愛情や罪悪感、他者への共感能力が無い人物だとか。凶悪犯罪者から、医者や弁護士、政治家、会社の社長にも多いってタイプの人間。俺は分かりやすく。それに当てはまるのかもしれないね」

 ステンノーは不気味に微笑んでいた。


「人間だけじゃなくて、魔族にも多いタイプの性質だな。他者への共感能力の欠如ってのは。ドラゴン、オーガにも多く、私の知る限り吸血鬼がもっとも多い」

 ベドラムは鼻を鳴らす。


「俺は魔族の特性はよく分からないけど、人間に割といるサイコパスという性質を持つ人物は、幼少期から思春期の成長過程で脳が形成されるらしいね。親から虐待を受けていたり、勉強ばかりして他者と交友する機会が少なかったりすると、脳の感情を司る部分が活性化しないんだって」


 ステンノーは、飄々とまるで他人事でも言うかのように話す。


「脳科学者って連中の研究記録か。だが、貧困や文明レベルが低く人権の概念が育ってない国家に生きる人間の多くはそんなもんばかりだろ。眼の前で人が殺されたり、飢えや疫病でバタバタ死んでいく環境なら、他者への感情なんて芽生えにくいってのも聞く」


 ベドラムは、ステンノーの思想や思考回路を探るように訊ねる。

 この化け物の頭の中は、一体、どうなっているのか?とでも伺うように。


「どうなんだろうね。貧困国程、共同体の意識が強いから共感能力が村社会的に育つっても聞くね」


「共同体か。エル・ミラージュの王子様は、自国に対する愛情は強いが、他国に対しては何処までも共感能力が働かないんだな。…………。以前の私もそうだった。ドラゴンが秩序として世界に君臨するべきだと思っていた」


 ベドラムは会話の中に、少し自嘲を交えてみる。


 そして。


「自分達が正しいと思ったら、対立する相手には何処までも残酷になれる。なあ、お前もそうなんだろ?」

 ベドラムはディザレシーのように、平静な会話が出来なかった。

 その瞳の中に、憎しみが込められていた。


「巨大な国家の権力者は大体、何処もそうだよ。ベドラム、お前もそうだから、そう言うんだろう。答えはイエスだよ」

 ステンノーは平然として答えた。


 しばらくの間、二人の間で沈黙が流れていた。

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