表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
混沌の世へ。
105/109

間章 『吸血鬼の女王ファラリスの城。』

 魔界の荒涼とした山脈に佇む巨大な城。


 闇の月の光をもっとも浴びる事が出来るとされている城である。


 此処に吸血鬼の真祖(しんそ)である、女王ファラリスが住んでいる。

 通常、吸血鬼は吸血鬼として固有の種を繁栄させているが、ファラリスは自身の血を使い、他の種族、人間やオーガ、エルフ、リザードマン、果てはドラゴンといった多種族を吸血鬼化する事が可能だった。植物や海洋生物、陸上生物の類も吸血鬼へと変える事が可能なのだと聞く。


 女王ファラリスによって吸血鬼化した者達は、同胞の血を望みカニバリズムの欲望に抗えないのだという。血による奴隷と化す。ベドラムは彼女を“邪悪な魔族”として認識している。母親の宿敵だったとも聞く。


 ……ソレイユとは違うタイプで苦手な存在だな。

 竜の女王ベドラムは、真っ赤なドラゴンの背に乘りながら、忌々しく吸血鬼の城へと向かっていた。途中には悪趣味にも血に塗れた処刑道具、拷問道具がまるで街路樹のように並んでいる。


 本当は会いたくないのだが、いずれ、会わないといけない相手である事は分かっていた。彼女は焔の都市コンロンとの繋がりがあり、魔法学院ローズ・ガーデンに資金提供をしていたという話も聞いている。今までは対面を延期していただけだ。


 ソレイユが動こうとする以上は、別の吸血鬼の王であるファラリスとも対面しておく必要がある。ベドラムは心の中で、直感的な意味もあって、ファラリス……吸血鬼の真祖に向き合う事を避けていた事を心の中で恥じる。


 ベドラムは城の頂上付近にある、バルコニーに降り立った。


「相変わらず、礼儀作法というものはまるで分からないのですね」

 中から声が聞こえる。


「知らねぇー。てかお前、直接、会った事あったっけ?」

 ベドラムは訝し気に訊ねる。


「あら。ごめんあそばせ。先代のバスティーユ様と余りにも似ていたもので」

 くっくっ、と、奥から笑い声が聞こえてくる。


「そうか。まあ。邪魔するよ」

 ベドラムは城の中を覗いた。

 薄気味悪く、蜘蛛の巣が張ってある。まるで廃墟の城のようだ。絢爛豪華なソレイユのケプリ・キャッスルとはまるで違っていた。


 ベドラムは、慎重な顔をしながら変な罠にハマらないように城の奥へと進む事を止めた。


 中に深く踏み込んでは駄目だろう。

 おそらく、内部に様々なトラップなどが仕掛けられているマーダー・ハウスと化している。たまたま立ち寄った住民を立ち入れて、残酷に殺すのが趣味なのだと聞く。


「単刀直入に言う。私とディザレシーはソレイユを倒す事に決めた。奴が太陽の魔法を保持している限り“闇の月”が照らす魔界は危険因子をつねに抱えている事になる」


 魔族と呼ばれている者達にとって、明らかにソレイユは脅威になっている。

 ソレイユが魔王に戴冠した事と、太陽の魔法と呼ばれる核兵器の設計図を手に入れた事によって、イモータリスは強大な軍事兵器を手にした事になる。


 世界の覇権が変わる。

 先の大戦で、空中要塞もエル・ミラージュも疲弊し切っている。

 これからは、別の国が覇権を握り締める事は容易に想像出来る。

 そして、その一つが、ソレイユが率いるイモータリスなのだ。


 当然、ソレイユの件は、眼の前にいる女、ファラリスにも届いている筈だ。


「ベドラム様。貴方は優美さが足りません。乙女の着替えにも配慮出来ないのですか?」

 吸血鬼の女王は、露骨に嫌そうな声音だった。


 ハンモックから降りたファラリスは、奇妙な衣装を見に纏っていた。

 吸血鬼の衣装特有の赤と黒を基調にした部屋着のワンピース。

 まるで、蜘蛛の脚のようなものをイメージした髪飾り。

 靴を履いておらず、素足で城の床に足を降ろしている。


 禍々しく不気味な魔力だった。


 全身から発している魔力量の数は多くない。

 力を隠している。

 それがかえって、より不気味だった。


「やはり、もっと上品になされては?」

 ファラリスは、口元に指先をあてる。

 

「るせぇーよ、ババア。お前、ソレイユと同世代か下手すると奴より遥かに年上だろ。私の数十倍生きてそうな女に配慮するかよ」

 ベドラムは毒を吐きながらも、警戒を怠らなかった。


 吸血鬼の女王ファラリス。

 彼女は人間という種族がこの世界に栄える前から存在している太古の魔族なのだと聞く。



 深淵(アビス)に眠るとされる、大魔王に近しい古き魔族。だが、彼女は魔王の役職を断り続けて辺鄙な処で暮らし続けていると聞く。


「ヒルフェは死んだ。リベルタスも私が殺した。吸血鬼の王ソレイユと人間の独裁者ステンノーが新たな魔王の役職に就いたが、貴様は傍観者で居続けるつもりか?」

 ベドラムは、剣呑な言葉を話し続ける。


「私には関係無いですし。それよりも、聞いてくれませんか? この前、ゴーレムや機械人形を吸血鬼化させる事に成功しましたわ! もし戦争に実用化する事が出来れば、より多くの人間や魔族を効率的に殺傷出来る不死の軍団を作り上げる事が出来ます。今度は精神生命体の類を吸血鬼に変える事にチャレンジしないといけませんわね」

 

 無邪気そのものといった少女のような表情になる。

 ファラリスは、にんまりと歯を出して笑っていた。


「おい。どんな怪物だよ、それ?」

 ベドラムは怪訝そうな顔で訊ねる。


「機械の身体に、人工知能を使って、能動的に血を吸い上げる玩具達です。その子達を人間界の何処かに送り込んで、侵略の先兵にしてみるのも良いかもしれません」

 ファラリスは、情熱的に邪悪な事を吐露していた。


 おそらくは、狂気と呼ばれる類の眼をしている。


「それ本気でするつもりかよ? お前にとって、何のメリットがあるんだよ? その戦争で何を得られる? 富か? 平和か?」


「好奇心と支配欲を満たせます!」

 ファラリスは本当に楽しそうだった。


「つい最近まで、空中要塞とエル・ミラージュの戦争があった。それは知っているか?」


 知らないわけがないだろう。

 だが、あえて確認してみる必要はあった。

 どんな反応を示すのか…………。


「俗世には興味が御座いませんが。沢山、沢山、人が悲惨に死んだ事は知っております」

 何が楽しいのか、吸血鬼の姫は腹を抱えて大笑いをしていた。


 駄目だ……。

 こいつは、フリースやジュスティス、ステンノーと同じ臭いがする。

 根本的な思考回路が人類のものとも魔族のものとも違う。

 会話するだけ無駄である可能性が高い。

 だが、ソレイユを牽制するには、彼女に交渉を持ち掛けなければならない。


 だが。

 ベドラムは、その事に対して、早々に諦める事にした。

 会話が出来ない相手は、どうやっても会話が出来ない。

 それはもう学んだ筈だ。


「私は思考回路がまるで理解出来ない奴が苦手なんだ。お前もその類みてぇーだな」


 ベドラムは吐き捨てるように告げる。


「そちらから押し掛けてきた癖に」

 クスクスと、ファラリスは嘲り笑う。


「人間達には根本から誤解されているみたいだが…………」

 ベドラムは低い声音で言った。


「魔王の役職は、人間界と魔界。人類と魔族双方の共存共栄を仕事としている。まあ、あくまで理想論だけどな。だが、テメェみたいな思考を持った奴は、始末するのが“平和と戦争の魔王”の私の仕事でもあるんだがなぁ」

 ベドラムは自らの腰元に携えている大剣の柄に手を掛ける。


「その結果が人間達の大国エル・ミラージュとの戦争で、史実上、最悪な戦争に発展しかねなかったみたいですわね」

 ファラリスは、ゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。

 本当に心の底から、自分にまったく関係無い者達の不幸を嘲り笑っているみたいだった。

 ……話にならない。


 ベドラムは、部屋の床に唾でも吐き捨てようかと思った。


「もういい。ソレイユを牽制する為に、お前に手伝って貰おうと考えて来たんだが。このまま辺境の流刑地で暮らしていてくれ。お前が動けば、あらゆるものが変わるだろうな。余計な事をするなら、動かない事を祈っているよ」


 そう言うと、ベドラムはその場を去る事にした。


「貴方が来なくても、私は動く事にしましたわ。ふふふふふっ。この世界に一筋の刃を落とせば、どのような舞台になるのでしょうか。それは楽しみにしております」


 ベドラムは、ファラリスの言葉をしっかり吟味していた。

 どうせ、この女は、自分が何ら関与しなくても何かしらの行動を起こすだろう。そう見越していた。


 新たな時代が幕を開けるだろう。

 きっと、暗い時代の始まりだろう。


 ベドラムは、あらゆる者達と戦っていかなければならない。

 そう想いながら、ドラゴンの背に乗り、ファラリスの城を後にする事にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ