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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
戦争の残り火
102/109

間章 魔王サンテと古き世代の深海の魔王。

 全ての悪夢を体現した施設、ローズ・ガーデンからサンテは逃げ出す事が出来た……。いや、逃げられたというよりも、敢えて“実験の一環”として外に出されたと考えた方がいいだろう。


 ローズ・ガーデンはあらゆる人体実験を行っていたが、サンテに行われたものは魔力増幅の研究だった。サンテはありとあらゆる拷問を受けた。注射針が刺され、電流を流され、他にもありとあらゆる拷問を受けた。中でも苦痛だったのは、単純に飢えさせられる拷問や眠らせてくれない拷問。孤独の暗い部屋に何日も閉じ込められる拷問。大切な友人だった者達の残酷な死を無惨に見せられる拷問などだった。


 サンテは半ば発狂していた。

 拷問される理由は、極限状態で人間の魔法総量は上がるのか?

 特殊な固有魔法を発現させる事が出来るのか?

 そんな処だった。


 複数の人間同士を繋ぎ合わせて、生きながらにしてキメラにされた生徒達の姿も見た。研究者達は、真剣な顔で人類全体の幸福を誓い、キメラになった少年少女達の生態や魔力の増加力を防弾ガラスの向こうからデータを取っていた。


“魔法使い”として何の利用価値も無くなった若い子供達が、効率的に毒ガスや音波実験、焼却実験、凍結実験での殺害。はては生きながら麻酔無しで臓器や骨、血液を抜かれたり、どれだけ身体のパーツを削ぎ落せば生き残るかの実験にも使われていた。全ては人類の発展の為という大義が魔法学院の中にはあった。


 研究者の偉い地位にある者達は、まるでカルト教祖のように、新人研究者からつねに尊敬の眼で見られていた。賛辞を送られ続け、研究成果の結果が出る為に、みなは人類の未来の為に貢献出来ると声高に叫んでいた。


 サンテは、このローズ・ガーデンにて、大義や富、名誉や好奇心の為なら、人間という種族は何処までも残酷になれるのだという事を知った。


 ある時、施設内にてサンテは脱走計画を複数の者達と企てた。

 そして、彼女はローズ・ガーデンから脱走する事が出来た。

 共に脱走した仲間達は、捕まったか、死んだか、はぐれてしまった。

 サンテは、外に世界に出て、やっと自由になれると信じた。



「お前は強い人の子なのだな」

 その魔物は、グロテスクな姿をしていた。

 大王イカのような頭に無数の触手があり、身体は魚の鱗が生えている。

 二足歩行で歩き、両腕はカニやエビのようだった。


「あんたの名前はなんだ?」

 サンテは訊ねる。

 何年もの間、サンテは貧困街を彷徨い、身体を売って食い扶持を稼いでいた。何度も病気に掛かった。売春婦仲間の多くは病気で死んでいった。


 サンテは疫病の流行を怖れ、何年も生きてきた貧困街を逃げ出した。

 辿り着いたのは海辺の洞窟だった。

 洞窟の向こうには、魔界が広がっていた。魔族達の住む場所だ。


 強大な魔界の怪物達が次々とサンテを捕食しようと襲ってきたが、サンテは一般魔法や単に自身の中に眠る強大な魔力をぶつける事によって怪物達を撃退していった。


 そんな中、サンテに興味を示して現れたのが、明らかに強大な力を持った魔族だった。


「でさぁー。あんた、なんなんだよ。あたしを殺しに来たんだろぉ」

 サンテはその魔物に訊ねた。


「いや。お前は面白い人間だと思ってな」

 海洋生物の姿をした人型の強大な魔族は、ただそれだけ言った。

 サンテに危害や悪意といったものは感じられなかった。


「だから、あんた何て呼べばいい? あんたとか化け物とかじゃ締まりが悪ぃだろ」


「私か」

 強大な魔族は頷く。


「私の名は深海の魔王。キュロスと言う。大魔王様より、魔界の海を統治するように言われている。いずれ、人間界の海も私は侵略し、統治するつもりだ」

 キュロスは不遜な口調で告げた。


「人間界が侵略されるのか? 魔族に? そりゃ、面白い事態になるな」

 サンテは魔王キュロスの発言を聞いて、心の底から嬉しそうな表情になる。


「ほう? お前は面白い人間の子供だ。同族の人間共が魔族達によって、これから蹂躙されていくのだぞ?」

 キュロスは嗜虐性を帯びた瞳をしていた。


「私は…………………」

 サンテは顔に屈辱と憎悪の表情を滲ませていた。


「私は人類なんて滅んだ方がいいって思っている。人類を滅ぼす為なら、テメェら魔族に身も心も魂も捧げたって構わないって思っているっ!」


「そうか」

 魔王キュロスは、サンテの事情をその言葉でくみ取ったみたいだった。


 サンテは今まで自分が受けてきた処遇。これから何処にも行く当てが無い事を淡々と伝えた。


「人間の戦力の研究になるな。人体実験施設か。サンテと言ったか、お前は面白い人間だ。我が魔王軍にお前の居場所を確保しよう」

 キュロスは顎にカニのような手を置いて関心していた。


「この、あたしの面倒を見てくれんだな」

 サンテは、その時、縋るような声だったと思う。


「ああ」

 キュロスは大王イカのような頭をしていたが、何処か笑っているように見えた。



 それから平穏な時間が何年か過ぎた。

 魔王キュロスは、人間界で出会った、どんな人間の大人達よりもサンテに優しさや思いやりを与えてくれた。人間界の何処にも居場所が無かったサンテは、魔界の者達は優しくしてくれた。最初はローズ・ガーデン出身の魔法使い、人類の中で類を余り見ない程の膨大な魔力量の娘である事を示していた魔族達だったが、キュロスの威光もあり、魔族達はサンテに優しくしてくれた。



 平穏な時間が終わりを告げたのは、人間側の勇者によって大魔王が打ち倒されてからだ。


 人間と魔族の戦争には、キュロスも加わっており、勇者や勇者のパーティーから深手を負わされて敗走したとの事だった。


「私はもう長くないな。お前ら人間で言う、心臓部位。核の部分を損傷した」

 キュロスは苦痛に呻いていた。


 サンテは泣いていたと思う。


「なあぁ。あたしに出来る事は無いか?」

 サンテは訊ねる。


「ある。私はお前をある目的の為に養っていたのだからな」


 サンテが連れて行かれた場所は、魔王城の儀式の間だった。

 そこには、陰謀の魔王ヒルフェと自由の魔王リベルタスが佇んでいた。

 サンテは二人の存在は知っていた。

 だが、どう見ても人間の外見をしている二人の魔王の姿に何処か嫌悪感と忌避感を抱いていた。


「キュロスよ。我が友よ。お前はもう長くないのだな」

 魔王ヒルフェは物憂げな顔をしていた。


「長くないなら。さっさと物事を済ませてしまおう。俺は面倒臭いのは、さっさと終わらせたいんだ」

 魔王リベルタスは気怠そうな顔をしていた。この少年姿の魔王は根が薄情なのかもしれない。


「改めて聞くけどなぁ。こいつらは一体、なんなんだ?」

 サンテは訊ねる。

 魔族と名乗りながら、人間の姿をした魔王が二人。


「彼ら二人は人間をベースに魔族となり、魔王となった者達だよ。元は人間でありながら魔族と同じように思考し、魔族と同じように長き時を生きる者達だ」


「もしかして。あたしもその一人にしようってわけか?」

 サンテは訊ねる。


「そうだ。お前は『悪夢の魔王』として、お前の固有魔法『ヴァンダリズム』で世界中の海の魔物達を操り、残酷な命令を下し、人類の脅威になるがいい。試しに大きな都市国家を滅ぼしてみるのもいいかもしれない」

 キュロスは、冗談とも真剣とも言えない声音だった。


「分かった。考えてみるよ」


 ヒルフェとリベルタスは巨大な魔方陣が描かれた床の上で、右手を広げる。右手から魔力が迸る。


「魔王になる為には、二人以上の魔王からの魔力の継承が必要だ。そうだ、私もお前に魔力の継承を行おう」

 魔王キュロスは、ザリガニのような右手を広げる。そこから魔力が迸る。

 サンテも合わせて、右手を広げた。


 三人の魔王達から、サンテの魔力継承は行われる。


 その瞬間にキュロスに代わり、深海を統べる『悪夢の魔王サンテ』が誕生した。


「存分に人間に害を為すがいい。それがお前の願いならば」

 キュロスは床に膝を付く。


「もう長く無いんだな」

 サンテは自分をこれまで数年間、守ってくれた存在を見下ろしていた。


「あたしは魔王として生きればいいのか…………?」


「ああ。だが、それは形式上の役職だ。特に大魔王様が倒された今となっては、その役職に意味は無くなるかもしれない。お前が願うなら、違った生き方をしてみるのもいいかもしれない」


「たった今、魔族の仲間入りをしたってのに、今更、人間世界で幸せになれってか?」

 サンテは胡乱(うろん)げに訊ねる。


「全てはお前が決める事だ。お前はお前の人生を生きろ。かつての人体実験施設がそうであったように。人間社会の底である貧困区域がそうであったように、お前を縛る者は何も無い。お前は本当の自由を手にしたんだ」


 そう言うと、キュロスは倒れ、そのまま屍となった。

 ヒルフェはキュロスの死体を手厚く埋葬する準備を始めた。

 リベルタスは興味を失って、儀式の部屋を去っていってしまった。



 ヒルフェとサンテ。そして沢山の魔族達は魔王キュロスの埋葬を終えた。彼の肉体は海に葬られ、海の怪物達の餌になる事で新たな生命の循環を行うものだった。


「大魔王が倒された今、魔王という役職は形だけの存在になるな」

 陰謀の魔王ヒルフェは、サンテにそう告げる。


「あたしはどう魔王として振舞えばいい?」

 サンテは首を傾げた。


「キュロスが言っていただろう。好きに生きればいい。全てはお前の自由だ」

 ヒルフェは腕を組んで、端的に伝える。


「あんたはどう生きんの? ヒルフェさんよぉー」


「私は人間の裏社会に溶け込み、人間界の裏社会を統治する役目を負っている。その役目を引き続き行うつもりだ」

 ヒルフェは淡々と与えられた仕事をこなす、プロフェッショナルの顔付きをしていた。そうやってこれまでの人生を歩んできたのだろう。

 この男の経歴は聞く処によると、元々、人間のマフィアを勤めていたらしい。魔王になったのはマフィアとしての地位をより確固たるものにする為だそうだ。最初の職業は銀行員だった為に、金や富について、人間の人生が左右される事に興味を持ったそうだ。


「人間界の裏社会か。そっちもあたしを散々、あたしをなぶり者にしたなぁー」

 サンテは悪態を付く。


「とにかく。お前は好きに生きろ。魔王でありながら、人として生きるのもいいかもしれない」

 そう言うと、ヒルフェはその場を去っていった。


「人間界で生きられるかよ。魔界も、人間界も、世界中の海を支配してやるよ。あたしは魔法学院ローズ・ガーデン屈指の魔力を持つ生徒だったんだ。そして深海の魔王の後継者だ。この世界全体に、あたしの悪夢をまき散らしてやるよ」


 サンテは、ローズ・ガーデンの制服であるセーラー服を取り寄せて、その衣装を見に纏った。その日から悪夢の魔王サンテは、魔界と人間界の海に君臨する事となった。彼女は人類の“悪意”に対する復讐を誓った。


 サンテは戦い続ける。

 人間という邪悪の根源のような種族が、世界を滅ぼさないように。

 人間以外の、生きとし生ける者達に害を為す事を制限する為に。


 まずは、彼女が守りたかったのは、キュロスが守りたかった魔界も人間界も含めた全世界の海原だった。彼女は異質過ぎる程の膨大な魔力をつねに使い続け、世界中の海に自らの固有魔法を解き放ち“領海”というものを作り、世界に秩序を保ち続けた。


 皮肉にも人間を一番恨み続ける魔王が、海において人間と魔物を分断する事によって、人類の平和に一番の貢献を果たした。

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