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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
戦争の残り火
101/109

間章 王都ジャベリンの深い森と山脈。

「此処は王都ジャベリンから少し離れた森だ。考え事をする時によく向かう」

 エルフの若者ダーシャは、独裁国家エル・ミラージュの王女アネモネを森へと案内する。


「何か面白いものでも見られますの?」

 アネモネは訊ねる。


「別に」

「別に、って」


「別に面白いものなんて無いよ。狼のモンスターが現れたり、奥地の山脈には一つ目巨人のサイクロプスが出たりする。何処にでもある、少し危険で、普通の森だよ。俺の故郷のエレスブルクは、ホタル花が咲いていたり。美しい精霊が住む湖があったりした。虹のような雪が降る時もあって、それから甘い匂いを出す蝶や蜂の妖精の類がいた」

 ダーシャは何処か気怠そうに説明していく。


「ジャベリンでは領地内にモンスターを放置しておりますの? エル・ミラージュでは徹底して駆逐いたしましたのに」

 アネモネは露骨に信じられないといった顔をする。


「ジャベリンは馬鹿な国だろ。いや、整備が行き届いていない現代以前の途上国って処かな。未だに車じゃなくて、馬車を使う」

 ダーシャは鼻で笑っていた。


「馬車だなんて、笑えますわ」

 アネモネは露骨に腹を抱えて笑う。


「だな。マスカレイドも普及はしてなかったが、車が走っていた。流石に、ジャベリンでも鉄道機関は整備されているが、車が実用的ではないんだと。ろくに道路整備がされていないから」


 二人はカボチャやナスなどが植えられた畑を横切っていく。


「でも、この森には危険を承知で、剣や弓を手に、自然に実る果物とか動物を狩る冒険者達が多い。それに季節によっては千紫万紅(せんしばんこう)の色取り取りの花々が見れる。ハチミツだって手に入るんだ。此処で取れるハチミツを紅茶に浸すと、すげぇ美味いんだ」


「そう言う割には、この辺りは農園みたいですが」

「ああ。森の周辺に農園があるんだよ。害獣駆除のトラップが仕掛けられている。冬から春にかけては、サトウキビが収穫出来るんだ。甘いものには困らない」


 そう言いながら、ダーシャは農園を抜けて、アネモネを森の奥へと誘っていく。


 途中、狼のモンスターの群れに襲われる。

 ダーシャは至近距離からの弓矢で、アネモネはナイフで対応して、狼達をあっさりと打ち倒していく。


 更に奥地へと進んだ。


 一時間程して、山へと登るルートが見えてきた。

 更に一時間程、二人は山を登り始める。

 途中には、幾つもの綺麗が小川があった。

 金色の鱗の魚達が泳いでいる。食用として重宝されているらしい。


 しばらく山を登り続けると。

 巨大な鳥のモンスターであるロック鳥が、空を飛び回っていた。


「いつまで歩かせますの? もう二時間は歩いている」


「山の頂上付近までかな。俺達の脚なら、夕暮れになるまでには、辿り着くだろ」


 更にもう二時間して、二人は山の頂上付近に辿り着いた。


 広い広いジャベリンの領地が見える。


「向こうはグリーン・ノーム。森に囲まれている。魔法研究が盛んな魔法学院の生徒になりたがる若者が多いと聞く。騎士団に入りたがる若者もな」


 ダーシャは山の頂から見える、燃えがらの地となった場所を眺めていた。

 そこからは未だ煙が噴き上げ、炎が燻り続けている。


「あそこはカシスロッドって街かな。お前らが核を落とした場所だ。栄えていた街だと聞いたんだが、更地になっているんだな。まるで火山地帯だ」

 ダーシャは責めるでもなく、ただ淡々と情景に関しての感想を言った。


 空を見ると青空が広がっている。

 巨大なロック鳥が何羽か、空を飛んでいる。


「結局、貴方は何の為に、私を連れてきましたの?」


「俺にも分からん。ただ。何か想う処が無いかと思ってな」

 ダーシャの口調は穏やかだった。


 山の風が、アネモネの髪を乱す。


「何も感じませんわね。更地となった街を遠目に見ても。ジャベリンの自然を見ても。人々の営みを見ても。貴方ではなく、ロゼッタ王女から言われたら、また違った感想を述べたかもしれませんが」


「ロゼッタ王女様が相手なら何て伝えた?」

 ダーシャは訊ねる。


「貴方が守りたい国を、貴方が守りたい人々を、貴方が守りたい文化を、貴方が守りたい故郷を幾ら見せられても、この私には何一つとして何も感じません。我々、エル・ミラージュに歯向かった者達の文明は滅びる定めにあります。その国の自然も動物達も例外ではありません。滅びるか、エル・ミラージュに従い、属国となり、資源(リソース)へと変わるべきです、と」


 最高に嫌味ったらしい口調で、アネモネは少し自己陶酔したように述べる。

 ロゼッタが聞いたら、瞬間湯沸かし器のように怒り狂うだろう。

 そして、アネモネの言葉が正真正銘の本心であろうと、ダーシャは判断した。


「そうか。ドラゴンのベドラムは“この美しい景観を永遠に守りたい”と言った。吸血鬼のソレイユは“美は種族を超えて見る者に生きる価値を与える”と言った。イリシュの話によると、海の魔王サンテは“人間は大嫌いで絶滅すればいいと思うが、海や空や自然や動物達は綺麗な形のまま残って欲しい”だとさ」


 ダーシャは、ふと、森を見下ろしながら涙を流した。


「どうされたのですか?」」


「いや。故郷の森。今は無い、エレスブルクの事を想い出してな」


 このエルフの青年の故郷は滅んだ。

 里は二人の魔王の戦いで破壊し尽くされ、長老達は今やジャベリンの街や空中要塞にて静かに暮らしている。あの森で残ったのは、強い魔物であるベヒーモスや、強大な精霊(エレメンタル)くらいだろう。とにかく、ダーシャの住んでいたエルフの里は焼け野原へと変わった。

 ベドラムを…………いや、森に侵入して自由の魔王を刺激したロゼッタ達に恨みが何も無いと言えば嘘になる。元々は時間魔導士フリースの提案らしいが…………。


「なんで、人間と魔族は対話して、和解や共存の道を模索しているのに。お前ら人間同士が一番、争って沢山、死人を出しているんだろうな。エルフの俺には意味が分からない」


 アネモネは少しの間、考えてから答えた。


「それは“人間だから”ではないでしょうか」

 アネモネは端的に説明する。


「人間だから、なのか?」

 ダーシャは意外そうな顔をする。


「復讐心の為。他人の国から資源を奪えば自国が栄える為。権力の保身の為。人間なんて世界の裏側に生きている者達がどれだけ苦しんでいても、自分の贅沢や自分の生活の為なら、どうだって良い事なのですわ。辺境の森で固まって生活していたエルフには分からないのかもしれませんが、人間は世界中に点在し、国を作り、国同士が争い合っている。たとえ、我々、エル・ミラージュが滅んだとしても、別の国が一番の脅威となるだけですわ」

 アネモネは少し、他国への憎悪を滲ませているような印象だった。

 大量殺戮兵器の保有国は、アネモネが王女をしているエル・ミラージュだけでは無い。世界中に点在している。非道な権力者なんて幾らでも存在する。たまたま、エル・ミラージュが一番目立っていただけだ。


「最悪だな。人間の文明ってのは」

 ダーシャは大きく溜め息を付いた。


 ダーシャは腰を下ろして、ポケットから取り出した煙草に火を点ける。

 そして、ふうっ、と吸う。

 山の空気が美味しい。


「それにしても疲れましたわ。水筒に冷たい紅茶を淹れて持ってきて良かった」

 アネモネは水筒の中の紅茶を飲んでいた。

 さりげない仕草で、アネモネは充分な王族としての作法を学んでいる事が分かる。


「山登りは良いですわね。健康にいい」

 アネモネはまじまじと、下界の森を見下ろしていた。もう紅葉の時期だ。


「この景色は綺麗だと思うか? アネモネ」

 ダーシャは訊ねる。


「綺麗ですわね。人々の営みも見え。大自然が輝いて見える」

 アネモネは屈託なく、無邪気な笑顔を見せた。

 彼女がとても、残虐非道な汚れた仕事を行う暗殺者の仕事をしているようには思えない。


「また空中要塞やジャベリンと敵対したら、こういう場所にも爆弾落とすの?」

 ダーシャは純粋な好奇心として訊ねる。


「躊躇なく落として、塵へと変えますわ。お兄様がやらずとも、私がやります」

 アネモネは少し鬱陶しそうに答えた。


「そうか…………。お前の言っている事が本心なら、問題は根深いんだな」

 ダーシャは煙草を吸い終えると、首を鳴らし、屈伸運動を始めた。

 そして、荷物を背負って山を降りる準備を始めていた。


「随分、さっぱりしているのですわね」

 アネモネは腕を組んで、首を傾げる。


「あ、いや。エルフの寿命は長いんでな。千年以上も生きる。問題を先延ばしにする種族なんだよ。だから、まあ、なんだ。急いで結論を出す必要も無いなって思ってな」


 ダーシャの後ろ姿を見ながら、アネモネは少し考え込んでいた。


「その割には、貴方は、生き急いでいるというか…………。死に急いでいるように見えるのですが……………」


 ダーシャは、アネモネの問いに答えなかった。

 本人も自分自身の事がよく分かっていないのかもしれない。

 だから、答えられない………………。


 山は迷いやすく危険だ。

 出来れば日中に降りなければ遭難の危険がある。

 今日は少し霧が漂っている。

 

 二人は自然と速足になった。


「ダーシャさん」

 アネモネは訊ねる。


「なんだ?」


「次は吸血鬼ソレイユを暗殺する為に、一人で行動に移そうとしないでくださいね」

 アネモネが彼をおもんばかる感情は、本心からだった。


 ダーシャの脚は止まった。

 ちょうど、山の斜面に面した場所で、深い谷底が見えた。


「俺は吸血鬼個人に恨みは無いさ。共存出来るなら共存すればいいと思っている。だが、お前らエル・ミラージュと和解の形を取れた今。次なる脅威はソレイユになるだろうと。この前、みなで話し合ったな。俺が今、生きているのは、ベドラムが『自由の魔王』を倒したからだ。故郷は崩壊したがな」

 このエルフの青年の後ろ姿は、何処か寂しそうだった。


「俺の今の故郷と呼べる心のより処は、この地なんだ。だから、空中要塞やジャベリンの為になら、命を賭けられる」

 ダーシャは何処か思い詰めたような声音だった。


「私より五倍以上生きていて、なんで、そんな子供みたいに無謀というか、果敢(かかん)と言いますか。そういうのは人間の男子は十代か、せいぜい、二十代で卒業するものなのですよ」

 アネモネは呆れる。


 そこまで、自由の魔王に殺された幼馴染に会いたいのか…………。

 死後の世界が存在する保証なんて、何処にも無いのに。



「ソレイユは正式には“魔王”じゃない。魔王になる為には、最低二人以上の魔王からの魔力による形式上の儀式が必要なんだ」


 ベドラムはジャベリンの城の廊下を歩いていた。


「それが何か問題があるの?」

 ロゼッタは首を傾げる。


 二人共、廊下を歩きながら、資料の束のページをめくっていた。


「いや。どのような問題が生じるのか未知数なのが問題なんだ。現状、名乗るだけなら、幾らでも魔王を名乗る事が出来る状態にしてしまった。だが、魔王は本来ならば“役職”であり、私の代以前に、存在していたらしい大魔王とやらが作り出した役職らしい」

 ベドラムは少し他人事のように言う。

 当然、ベドラムは大魔王の存在を知らない。

 あえて興味も示していない。


「そう。複雑なのね」

 ロゼッタは、ベドラムから渡された資料を読んでいた。人間側に公開出来る範囲の魔族間に関しての資料だ。機密文書も多い為に公開出来る範囲は、どうしても限られていると言っていたが、眼を通した限り、ロゼッタには充分な内容だった。


 しばらくして、二人は王宮の会議室に辿り着いた。

 各々、好きな椅子に座る。


「あと。魔力継承の儀式を行って“魔王”となったステンノーは、本来なら人間ではなく“魔族”に分類される。だが魔族の誰もステンノーを魔族と認めていない。“人間の姿をした悪魔”と魔族の間でも逸話が囁かれている」

 ベドラムは失笑する。


「野生の獰猛な獣だって、凶悪なモンスターだって、未来永劫まで禍根を残す程に一日で三つも大都市を破壊しないわよ。私も“あれ”が同じ人間だとは思えない」

 ロゼッタは嫌悪感を通り越して、理解が追い付かないといった表情だった。

 今もなお、核が落とされた場所は、訪れる者達を有毒の汚染物質が殺し続けるのだと聞いている。生命が存続出来ない不毛の地と化すかもしれないのだと聞かされている。


「魔族からは人間と言われ、人間からは化け物だの悪魔だのと言われるステンノーって、マジで何なんだろうな。ある意味で言えば、興味深いな。存在そのものが悪の化身か何かなんだろうな」


「人間の呪い、悪意そのものって思うわよ。自国の民族浄化まで行ったらしいわ」

 ロゼッタは露骨に嫌悪感を示していた。


「吸血鬼を糾弾する事には賛成なんだが、やり方が最悪極まり無いらしいな。絶滅収容所は今も残され、更に製造され続けているらしい」

 ベドラムは、収容所の設計図と現場の資料を漁っていた。


「対話不可能な種族の存在を人間側は“魔族”と定義したという説もある」

 ベドラムは収容所の資料を脇に置く。


「これからは“魔族”の定義が、大きく変わるだろうな。時代が移り変わる。大魔王が用意したテーブルには、魔王達が付いて、世界の統治を命じられたが。この戦争のせいで、大きく覇権の勢力が変わった。人間サイドの権力者達も、大きく動く。波乱の時代になるな」

 ベドラムは虚空を睨んでいた。


「その引き金を引いたのはベドラム。貴方だからね」

 ロゼッタは忌々しく、告げた。


「分かっている。これまでの私の判断と行動に責任を取る事は、もう出来ないが。十全にこれからの努力はする」

 ベドラムは自嘲するように言った。


「こうなったら、責任を取るつもりだったわけ?」

 ロゼッタは嫌味を言う。


「悪い。ステンノーがあそこまで狂っているとは、完全な想定外だった。あれは完全に“人間から見た人間の姿をした魔族”そのものだ」


 ベドラムだって、残虐非道な行為は幾らでも行う。

 だが、そのような残酷な行為を行う者だからこそ分かる。

“超えてはならない一線”があるのだと。

 ドラゴンの頂点として、虐殺も行い、数多の人間や魔族達を殺戮してきた者だからこそ“見積もりが甘かった”。

 同じ立場なら、ベドラムは躊躇なく、同じ事は出来ないだろう。

 だから、戦争で襲撃する相手は、兵士のみに絞って、民間人の死傷者を可能な限り減らす戦術を続けていた。

 ベドラムは、自分が、破壊と暴力の化身であるように思っていた。

 自惚れていた…………。

 見積もりが甘かった為に、相手の“悪意”を理解出来なかった。

 一日にして、戦闘に参加しない一般人を二十万人近く殺せる方法や判断を、ドラゴンという種族は下せない。


「人間は邪悪なのよ。人権という概念が生まれたのだって、法律とか国家とかが、ちゃんと整備された時代に移ってかららしいからね」

 今度は、ロゼッタが、自嘲気味に言った。


「私に対する恨みは晴れたか?」

 ベドラムは、唐突にロゼッタに訊ねた。


「晴れるわけないじゃない。一生恨んでやる」

 ロゼッタは書類に眼を通しながら、魔族が、ドラゴンが、人間達に、王都ジャベリンにやってきた事を想い出して、憎悪の炎を(くすぶ)らせていた。

 ベドラムと彼女の軍団に殺された者達への墓参りも、また近々、行うつもりだ。

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