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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
戦争の残り火
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間章 秘密の庭園。

 真紅の空中要塞の秘密の庭園。

 そこは魔王ベドラムが憩いの場にしている場所だった。

 トピアリーと呼ばれる、木々が鳥や獣、人や竜などの姿に刈り込まれて見る者の眼を楽しませるオブジェが並んでいる。


 空は眩いばかりの青空で“光の月の光”が、庭園内には差し込んでいる。

 庭園内は仄かに暖かい。


 かつて、イリシュは吸血鬼のゾートルートに騙されて、教会の図書館にあった太陽の魔法に関する情報を吸血鬼の王ソレイユに売り渡してしまった。


 人類全体に対する致命的な過ちを、ベドラムに尻ぬぐいをして貰った。


 この庭園は、イリシュにとってはその時の強い罪悪感が想起される場所だ。イリシュは此処に呼ばれたという事は、自らが何かまた大きな失態をおかしたのではないかと思った。かつて奥にある会議室で、ディザレシーに厳しく見守られる中、ベドラムに話を聞いて貰った場所だ。今回はベドラムは会議室には行かないみたいだった。


 ベドラムは少し浮かない顔をしていた。

 そこにはイリシュに対して何か詰問しようとしている様子は無かった。


 ベンチを見掛けたので、ベドラムはそこに座るように告げる。

 ベドラムはベンチに座る。

 イリシュも自然と彼女の隣に座る。


「あの…………」

 イリシュはどう訊ねたらいいか、悩んでいた。


「私の話を聞いて欲しくて、お前を此処に呼んだ」

 ベドラムは浮かない顔をしながら、空を眺めていた。


「一言で言うと、お前ら人間達に対しては済まないと思っている。特にジャベリンの民に対してな」

 ベドラムは酷く落ち込んだ顔をしていた。


 いつも凛とした佇まいでいる彼女には珍しかった。


「世界征服を宣言した結果。人間の大国エル・ミラージュを刺激して、数十万もの人間を死へと追いやったのは私の責任だ」

 ベドラムは顔を抑えていた。


「やはり私は邪悪な魔王だったらしい。人類に害を為の魔族の筆頭だ」

 ベドラムは顔を抑えていた。

 もしかすると、泣いているのかもしれない。

 イリシュはベドラムの悲痛な感情が伝わってくる。


「悪いのはステンノーです。特に核を三つも人々の住む街に落とした件に関しては」


 イリシュはふと、心の底から怒りが込み上げてきた。


「魔族でも、ましてやドラゴンでも、貴方でも無いっ! 未だ復興の目処がまるで立たなく残留する核物質の毒で焦土と化した場所は地獄の光景だと聞かされます。死体の欠片さえ残らなかった遺族達はずっと苦しんでいる…………。貴方は敵対するエル・ミラージュに対して民間人を可能な限り襲わないように、仲間のドラゴン達に命じた。けれど、戦争による禁じ手として、大量殺戮兵器を嘲り笑いながら民間人が住んでいる街々に落としたのは『悪魔』ステンノーですっ! それに関しては、人類の一人として断固として譲れませんっ!」


 イリシュは叫ぶように話しながら泣いていた。

 何故、人間があそこまで人間を殺したのか。

 人間とは何処まで残酷になれるのか。

 

「先日。ステンノーに呼ばれて、お使いを頼まれたそうだな。奴はどうだった?」

 ベドラムは顔を上げて、訊ねる。


「…………。周りの人間を想い遣る。何処にでもいるような、気さくで優しい普通の男性でした………………」

 イリシュは顔を覆っていた。


「魔族と人間の共存以前に、人間同士が共存出来ない…………。私は魔王サンテさんのお話も聞かされました。ローズ・ガーデンという人類が生み出した世界最悪の負の遺産による非道な人体実験の数々。どれだけの若い人間が人体実験の犠牲になったのか…………。サンテさんが人間を憎んでいる理由が分かりました………………」


「そうか。あいつは昔からずっと一貫してる。人間が憎いと………………」


 サンテは死んだと、ベドラムから聞かされた。

 世界中の海は荒れ狂っている。


 そして、サンテを殺したのはベドラムだと。

 イリシュは複雑な想いだった。


「周りに絶対に言うなよ。あいつ自身の要望だ。魔王の役職から降りる為に、死んだ事として公表するように言われたが、あいつは生きてるよ。何もかも疲れたんだろ」


 ベドラムは淡々と言った。


 イリシュは顔が明るくなる。


「生きてる、んですか……………」


「ああ、うん。ただ頼むからそっとしておいてやれ。今度、改めてちゃんと説明するが、“魔王という役職は、人間と魔族の共存共栄の為の役職”なんだ。本来の役職としての機能が悪い方にしか動いていないがな。だが、サンテはちゃんと仕事をしていて、奴の固有魔法の力によって、人間界の全世界の海域を、海の魔物が手を出さないように抑え込んでいた」

 だが、もう、それにも疲れたんだろう、とベドラムは付け足す。


「私達が、平和や共存に辿り着こうと考えるのは、愚かな思想なのかもしれない………………」

 ベドラムは相当に、この戦争で彼女自身が心に傷を受けている事を、イリシュは感じ取った。


「私は暴力と恐怖に頼る支配を決めていたのは、どんなに平和的な交渉を行おうと思っても、民主主義国家は、国民自らが民主主義を放り投げるからだよ。大衆は流行や権力、同調圧力に何処までも弱いんだ。結局の処、独裁国家が生まれる。エル・ミラージュは元々、多様な民主主義国家だったらしい。だが、いつの間にか、ステンノー達王族の独裁国家になった。……皮肉な事に、エル・ミラージュは全体主義の独裁を敷いてから、貧困で苦しむ国民を減らし、世界有数のGDP(国内総生産)を誇る大国になった」


「でも。エル・ミラージュという国は、多くの国から資源を略奪して侵略戦争も行いました。その結果の裕福さです」

 イリシュはやるせない想いで反論する。


「そうだな。傭兵都市と呼ばれるリトル・アーチという国は、世界有数の犯罪大国。性暴力被害件数が最高峰で、国民は絶対的貧困の極致にいる。そして男達は傭兵として戦場に出る事を主要な稼ぎにしている。……私達、ドラゴンは、エル・ミラージュの兵士ではなく、代理戦争の道具として使われたリトル・アーチの傭兵達を大量に虐殺した。あまりにも、胸糞悪過ぎた」


 二人の間で、少しの沈黙が訪れる。

 ベドラムは大きく溜め息を付いた。


「ステンノーは何故、自国民に対してあれだけ情があるのに。他国の人間、民族、多種族に対しては何処までも残酷になれるんだろうな。私達、ドラゴンも種族としての仲間意識が高いが、ステンノーの事はまったく分からない。昆虫や微生物と会話しているようだ。奴は、他民族を屠殺する牛や豚としか考えていないのか?」


「そうだ、と、思います…………………」

 イリシュは、ステンノーの妹であるアネモネの事を想い出す。

 彼女と会話していると、本当に同じ人間と会話しているとは思えない時が多い。アネモネはエル・ミラージュの栄光の事しか口にしない。全ての行動原理が自国の為に動いている。


 結局、魔王ヒルフェを倒すという“利益の一致”でアネモネとは表面上、仲良くなった形だった。


「エル・ミラージュの人達は、正直、会話していて怖いんです…………。ベドラム様。貴方は魔族ですね。何故、貴方やディザレシー様の方が“人としての会話”や“他人の感情をおもんばかる事”が出来るのでしょうか…………? 吸血鬼であるミレーヌさんもでした」


「そうか。ミレーヌという吸血鬼の女とは、数週間一緒に過ごしたんだったな。一緒に旅をしたんだな。あいつは最期まで裏切らなかったんだろう? 結局、私は奴を“水責めにして処刑する事”は出来なかったなあぁ」

 ベドラムは、自嘲を込めた皮肉とも冗談とも呼べるものを口にする。


 ミレーヌは、エル・ミラージュの絶滅収容所内にて、生きながら燃やされたと聞かされている。率先して行った者の一人がアネモネだ。


「………………。冒険者であったエレスさんは、アネモネを相当に恨んで、憎んでいます。ミレーヌさんとは、喧嘩友達みたいになっていましたから………………」


「やっぱ。この世界は、人間と魔族が戦争していれば良かったと思うな。互いのどちらかを絶滅させれば、世界に平和は訪れる。そんなシンプルな世界だったらよかった。だが、私達が生まれ、住む、この世界は、そうはならなかった」


 ベドラムは、かなり疲れているような顔になる。

 木の枝の陰に隠れて、ベドラムの表情はイリシュからは見えない。


「エル・ミラージュの人達。特に、王族達は、私達人間がおとぎ話でイメージするような、まさに“魔族”といった印象でした。ステンノーも、アネモネも、人間同士としての会話が、何かズレているんです。根本的にある、もっと何か隔たった壁を感じるといいますか………………」


「人間の姿をした“何か”って、処か………………?」

 ベドラムは訊ねる。


「はい。端的に言うと、そうです」


「ディザレシーも、ステンノーと対話した後。“あれは人の姿をした化け物”だと言っていた。人間の言葉を話さない男だと聞かされたな。得体の知れない、未知の“人の姿をした何か”と会話している印象を受けたと言われたよ」


 イリシュは、この数か月の間。様々な世界情勢を学んだ。


 そして、ドラゴンや吸血鬼のような“魔族”とされる者達の方が、よほど人間の感情を理解し、時には人間らしい倫理的な振舞いや、情で動く事も理解した。


 …………だからこそ、イリシュは、この世界の平和を願うのは、本当に無理難題を突き付けられる事だと理解する事になった。

「そういえば」

 ベドラムは、イリシュの顔をまじまじと眺める。


「イリシュ。エル・ミラージュに、ミレーヌ達と諜報員として行ってくれてありがとうな。結果、お前がまとめ役をしてくれたから、魔王ヒルフェに恨みや敵意を持つ者達が団結する事が出来た。まさか、サンテとアネモネが陰謀の魔王を討つ事に協力してくれるとは思わなかったからな」


 ベドラムは笑い、イリシュをねぎらう。

 そして、ベドラムはベンチから立ち上がった。


「悪い事ばかりでは無いな。陰謀の魔法ヒルフェが倒された事によって、歓楽都市マスカレイド及び世界中の裏社会の動きが激変するだろう。人間のマフィアなら、いつでも叩き潰せる。闇市場は衰退し、闇市場やマフィア達によって苦しめられている一般市民が減るだろう。……マフィアは貧困層から多く生まれ、マフィアが政府に替わる治安維持をしている側面もあったが。連中は、黒い商売(ビジネス)を広げ、マスカレイドを中心とした一般市民を苦しませ続けていた。その筆頭である陰謀の魔王が倒された事によって、マフィアによる凶悪犯罪の抑止力になる筈だ」


 ベドラムはいつものように、少し傲慢そうな態度に切り替える。


「本当によくやったよイリシュ。これで、マフィアによって誘拐されて臓器を生きながら摘出されて売られる子供の数が減ったり、非道なポルノ制作や売春宿に売り飛ばされる女も減る。二週間で社会復帰不可能な廃人に追いやられる違法ドラッグが広まる事も防げる。陰謀の魔王を倒すには、ロゼッタとダーシャの二人では不可能だった。お前がいてくれたから、敵対し合っている連中、みんなが協力し合えた。お前は、人を助ける事が出来る。お前は自分では他人を不幸にしていると思い込んでいるみたいだが、お前は人を幸せにする事が出来る。忘れんなよ」


 そう言うと、ベドラムは会議室の方へと向かっていった。

 イリシュは装飾された庭園をぼうっと見ながら、ベドラムに訊ねる。


「ベドラム様は、何故、人間にこんなに味方するのですか?」

 純粋な疑問だった。


「さあな。私もディザレシーも人間が好きだからだろうな。だが。魔族である、ドラゴンであるという種族の違い故に、人間を苦しめる事が多い。イリシュ、これからも上手くやっていこう」


 そう言うと、ベドラムはその場を立ち去っていった。


 イリシュは、何かまるで自分が人間代表の“善の象徴”みたいな言われ方をされたなあ、と頭の中でぐるぐる思考が回っていた。

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