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旭日の西漸 第4部 ティルフィング・選挙篇  作者: 僕突全卯
第5章 クロスネルヤード帝国
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謎の一族に気を付けろ

6月16日・日没後 クロスネルヤード帝国西部 クスデート辺境伯領 首都クスデート市


 日が沈み、空が宵闇に暮れる頃、街中の至るところに設置されたガス灯が輝き始めていた。加えて、人々が輸入された綿織物に身を包み、街のほぼ全ての建物に窓ガラスが普及している街の様子は、このクスデート辺境伯領とイスラフェア帝国との関係を在り在りと示している。


 そんな帝国・西の玄関口「クスデート市」の一画に、黒マントに身を包む集団がいた。とある建物の地下に本拠地を構える彼らの下に、主から下された命令が伝えられる。


「・・・招待?」

「どういう意味だよ・・・そりゃ」

「死体を持ってこいって事だろ」


 命令を知った男たちはその内容に困惑していた。そのほぼ全員が凶悪な人相をしており、明らかに一般人(カタギ)とは思えない雰囲気を醸し出している。


「ダメよ・・・ベティーナ様からの命令はニホン人の生け捕り・・・生きてベティーナ様の前に差し出す。殺してはダメ」


 各々の判断に走ろうとする男たちを諭すのは、凛とした女性の声である。それはトモフミ家の屋敷で、“主”である少女から命令を受けていたあの密偵の声と同じものだった。


「生け捕り・・・? 嬲り殺しの間違いだろ?」

「生きてりゃ良いんだろ・・・手足が無くてもなァ」


 男たちは標的をいたぶる想像をしながら、禍々しいナイフを片手に舌なめずりをする。命令を守れるか怪しい彼らを見て、紅一点且つ男たちのリーダーを勤める女性はため息をついた。


「・・・ベティーナ様はニホン人と話がしたいのよ。呉々も丁重に扱いなさい・・・では、行け」


「ヘェッ・・・! 行くぞ、テメェら!」


 リーダーの忠告をちゃんと聞いていたかは分からないが、出撃命令を受けた男たちは喜々とした表情で飛び出して行った。


 彼らの正体は「裏番」と呼ばれる“暗殺集団”である。トモフミ家に敵対する者たちを音も無く葬り、この地方の安寧と繁栄を影から支えてきた。その存在はクスデート辺境伯領政府にとって最高機密であり、彼らの存在は他地方には一切知られていない。


 街中に解き放たれた彼らが目指すのは、入領したばかりだという日本人の一団だ。突如差し向けられた脅威に、神藤たちは気付く筈もなかった。


・・・


同市 宿「西の都」


 その頃、クスデート市に到着した神藤一行は、この日も宿を取っていた。彼らは街で買った酒とトレーラーから持って来た食糧を持って神藤の部屋に集まり、ささやかな送別会を催している。


「短い間だったが明日にはお別れだね、ルーグ」


 簡素なガラスのコップに半分ほど注がれた蒸留酒を傾けながら、神藤は会の主役であるエスルーグとの別れを惜しむ言葉を告げる。


「いえ・・・本当にあり・・・がとう・・・ございます!」


 感極まったエスルーグは、声を震えさせながら涙を流していた。見ず知らずの遭難者である自分を拾い、見返りも求めず4〜5日に渡って食住の世話をしてくれた神藤一行に、彼は並々ならぬ恩義を感じていた。


「イスラフェアの船は明後日出発でしたっけ?」


 利能はテーブルの上に並べられた戦闘糧食(レーション)の筑前煮を箸で突きながら、エスルーグに問いかける。


「はい、ちょうど我が国の船が停泊していて幸運でした。それに乗って故郷のカナール市に帰るつもりです」


 エスルーグはそう言うと、両頬を伝っていた涙を拭う。

 この宿に来る前、彼らは一度港に赴いてイスラフェア国籍の船が来ているかどうかを確認していた。帆船が並ぶ中に煙突が突き出た外輪船を見つけた彼らは、エスルーグを乗せて貰う様に交渉し、彼は何とか故国へ帰れる事になったのだ。


「折角だからイスラフェア帝国の話、もっと聞かせてよ」


 窓辺に座る神藤は膝の上に頬杖を付きながら、鎖国国家出身のエスルーグに故国の情報について尋ねる。日本人である彼らにとって、自国の技術水準に最も近いイスラフェア帝国は、大いに興味をそそられる国だった。


「私としては貴国の方にこそ多大な興味が有るんですけどねェ・・・、ではまた情報交換会という事で」

 

 エスルーグは、日本と比べて技術的に劣るであろう故国に、彼らがやたら興味を抱く理由が分からなかった。


「確か蒸気機関を開発している国なんですよね、イスラフェアは」


 皿の上に箸を置いた利能が話題を振る。彼女の言葉に、エスルーグは深く頷いた。


「はい、それ故の鎖国体制でしたから。蒸気機関や製鉄法の技術を秘匿し、尚且つそれによって大量に生産された綿製品や鉄製品を割高な値段で海外へ売ることで、我が国は多大な貿易黒字を出し、財政を潤して来ました」


 彼はイスラフェア政府が執ってきた貿易体制について語る。彼の国は産業革命を成し遂げて以降、地球で言うところの力織機で生産した綿製品や、ベッセマー法を用いた製鉄で生産した鋼鉄を、国内での市場価格よりも高値で海外へ売る事で、多大な貿易黒字を生み出して来たのだ。


「ですが近年・・・ニホン国の登場で、今までの方針を継続する事が怪しくなっていました。東の果てから、我が国の産物と比べて遙かに丈夫かつ高品質、安価な工業製品が世界に出回ったからです。

故に政府はどうやら・・・ニホン国との交易は全面的に解禁する様ですね。恐らく、貴国の先進技術を求めての事でしょう」


 エスルーグはそう言うと、レーションと共にテーブルの上に置いてあった「世界魔法逓信社」の夕刊紙に目をやる。その紙面には、日本国とイスラフェア帝国が国交樹立を正式に決定したという見出しが書かれていた。

 内容によると、イスラフェア帝国政府は日本からの輸入品に対する関税を撤廃し、その代わりに日本政府は一部の技術供与を行うという方向で調整を行っているらしい。


「帝国と名が付く以上、君主の称号はやはり皇帝なんですか?」


「ええ・・・でも一般的な国の君主とは違って厳密な世襲制では無いんです」


 利能に再び質問を振られたエスルーグは、故国の政治制度について説明を始めた。

 イスラフェア人はその出自から「10の支族」に分かれている。国家元首たる“皇帝”は、それぞれの支族の“族長”が持ち回りで担当しているのだ。因みに現皇帝ヤコブ12世の所属は“エフライム族”と呼ばれる支族である。

 そして苗字を持つ風習が無いイスラフェア人は、自身の名前に“自らが属する支族”と“父母どちらか”の名を入れる。エスルーグのフルネームは「エスルーグ・ナフタラン=エリシェヴァ」、これは“母エリシェヴァから生まれたナフタリ族のエスルーグ”という意味だ。


「へぇ〜、不思議な政治体系だなぁ」


 蒸留酒を口に含んでいた開井手は、思ったままをつぶやいた。だが、彼と同じグラスを持っていた神藤は、ある可能性に気付く。


(10の支族にメノラーらしき国旗って・・・まさかイスラフェア人とは、2700年前の“失われた・・・)


 神藤は2700年以上前のパレスチナ地方に伝わる歴史を思い出していた。

 紀元前722年、古代の強国アッシリア帝国に滅ぼされた国があった。その国の民の行方は文書に残されていなかった為、彼らは歴史の表舞台から姿を消してしまう。消えた彼らの片割れにあたる部族の民は、彼らを「失われた10支族」と呼び現したという。


(・・・だが、そんな事があり得るのか? 恐らく日本政府はこの可能性には既に気付いて・・・)


 イスラフェア人の正体・・・それが地球から転移してきた「イスラエル失われた10支族」の末裔ならば、彼らが日本人と同様に魔力を有さない理由も納得がいく。


「なあ・・・ルーグ、イスラフェア帝国の成り立ちって・・・」


 ある結論に達した神藤は、その疑惑を立証しようと口を開く。

 その時・・・


パリン!


「うわっ!」


 窓ガラスを突き破って、突如何かが部屋の中へ投げ込まれた。窓辺に腰掛けていた神藤は驚いた拍子に、後頭部から床の上に落ちてしまう。


ジジジジ・・・


「!!?」


 導火線が燃える様な音が聞こえる。それは投げ込まれた球状の物体から発せられているものだった。壁際の床に転がりながら、微かな白煙と火薬の匂いを放つそれを見て、開井手は瞬時に危機を察する。


「・・・焙烙火矢だ!」


「・・・なっ!?」


 開井手の叫び声が部屋の中に響き渡る。椅子から立ち上がった利能は、隣に座っていたリリーを担ぎ上げて部屋を脱出し、崔川とエスルーグも彼女たちに続いて部屋を飛び出した。

 だが1人だけ、退避が遅れた男が居た。床の上に頭から落ちた神藤だ。数秒間軽く気を失っていた彼は、部屋を出て行く部下たちの後ろ姿を朧気な横目で見つめていた。


「・・・しまっ!」


 事此処に至って、開井手は神藤が逃げ遅れていた事に気付く。彼は咄嗟に脚を反転させたが時すでに遅し、鈍い爆発音が部屋の中に響き渡った。


ボンッ!


 真っ白な煙が部屋の中を覆い尽くす。煙に飲み込まれた開井手は咳き込みながら周りを見渡した。


「・・・煙幕か!」


 窓から投げ込まれたのは焙烙火矢ではなく発煙弾だった。開井手は床の上に倒れたままの神藤の下へ向かおうと、煙幕によって視界の効かない部屋の中を手探りで進もうとする。

 その時、再度窓ガラスが割れる音が聞こえてきた。無数の足音が窓を伝って部屋の中へ入って来る。侵入者の来襲を察知した開井手は、腰に下げていたベレッタ92に右手を伸ばした。


(・・・くそ、何も見えねェ!)


 銃を構えたものの、一寸先が白煙で覆われ、侵入者や神藤が何処に居るのかも分からない状況では、安易に引き金を引く事は出来ない。

 そうこうしている内に、右から素早い足音が近づいて来た。開井手は反射的に銃口を音が近づく方へと向ける。しかし、すんでのところで発砲を躊躇してしまった彼は、その刹那、侵入者によって容赦無く殴り倒されてしまった。


「グハッ・・・!」


 右から襲ってきた衝撃に、開井手は為す術も無く倒れる。直後、煙幕が薄くなっていき、部屋の中の様子が見えてきた。


「・・・神藤!」


 床の上に臥す開井手は、粉々に割れた窓に向かって右手を伸ばす。そこには、黒い装束に身を包んだ3名の侵入者の姿があった。その中の1人が神藤の身体を担ぎ上げている。再度気絶させられたのか、彼はぐったりとした様子で抵抗する素振りが無かった。


「ま・・・待て・・・!」


 消え入りそうな開井手の声は、誰の耳にも届かない。3名の侵入者は神藤の身体を担いだまま、窓の外へと飛び降りる。


「開井手さん!」


 それと入れ違う様にして、一度部屋の外へ避難していた利能と崔川が、拳銃を持って加勢に現れた。

 崔川は床の上に倒れている開井手の下に駆け寄り、利能は窓から身を乗り出して、侵入者が逃げて行った先を見つめる。窓の下を見れば、気を失っている神藤が、馬車の荷台に詰め込まれていた。

 直後、馬車が走り出す。黒装束の男たちと神藤を乗せたそれは、夜の街の中へ消えて行った。


「ど、どうしましょう!?」


 上司を目の前で堂々と拉致されてしまい、利能は大きく取り乱す。後から部屋に入ってきたエスルーグとリリーも、ショックを露わにしていた。


「イッテ〜・・・何だったんだ、あいつらは? 只の強盗や人攫いには見えなかったが」


 床の上から起き上がった開井手は、思いっきり殴られた右頬を摩りながら立ち上がる。


「奴ら・・・我々を狙っていたんでしょうか? 一体何処から監視されていたのか・・・」


 利能は冷や汗を流していた。黒装束の侵入者たちは、日本人である彼ら4名がこの部屋に居ると分かって、この宿を襲撃して来たのだろう。それは彼らがこの街に来た時から、何処からか監視されていたという事を示唆していた。


「リリーさん、それ!」


「えっ!?」


 皆が動揺に暮れる最中、突如エスルーグがリリーを指差す。彼はリリーが身に纏っているマントの右肩に何かを見つけ、それを取り上げた。


「・・・リリーさんの魔力に反応して動いていた。何らかの魔法道具である事は間違い無い」


 リリーの身体に付着していたのは、小さなバッジの様な物体だった。その裏には電子回路の様な細かな模様が付いている。それは使用者の魔力を他の現状へと変換する回路、一般に「魔法機序」と呼ばれるものであり、信念貝を初めとするこの世界の魔法道具に特有のものだった。


「・・・発信機・・・みたいなものですかね?」


 利能はそう言うと、エスルーグの右の掌を覗き込む。


「ハッシンキ?」


「あ、えっと・・・他者へ自分の位置を遠隔で知らせる機械の事です」


 首を傾げるエスルーグに、利能は発信器が何であるかを説明した。


「お嬢ちゃんに身に覚えが無いなら、恐らくはあの検問所で付けられたものだろうな。そんな発信機の様な感じの魔法道具って有ったりするのかい?」


 開井手は魔法研究家を自称するエスルーグに魔法道具について尋ねる。だが、彼は首を左右に振って答えた。


「・・・いえ、聞いた事もありません。が・・・此処はあの“レーバメノ連邦の首都・サクトア”に並ぶ魔法研究の地、“スレフェン連合王国”が位置する“西方世界”。一般に知られていない魔法道具が出回っていても不思議は無い・・・」


「・・・スレフェン?」


 聞き覚えがある国名を耳にして、利能は曇った表情を浮かべる。「スレフェン連合王国」とは列強“七龍”の中で最も西側に位置する国の名だ。イスラフェアと並ぶ閉鎖的な国家で、それに加えて十数年前から対外進出姿勢を強めているという。


「まあ良い・・・今は神藤をどうやって助け出すかを考える方が先ですよ、利能警部補」


 開井手はため息をつきながら、上司である利能に声を掛ける。


「それは分かっていますけど・・・一体何処へ行ったのか・・・」


 既に窓の外に馬車の姿は無い。追跡しようにも、この広大なクスデート市で何の変哲も無い馬車1台の足取りを追うのは至難の業だ。


「・・・」


 部屋の中を気まずい静寂が包み込む。どうすべきか判断しかねるこの状況に、残された5人は皆一様に頭を抱えていたのだった。


・・・


同市内某所 地下


 数時間後、攫われた神藤は奇妙な感覚と共に目を覚ます。ボンヤリとした視界に、朧気な蝋燭の光が差し込んだ。彼は思い切り踏みつけられて痛みが残る腹を摩ろうとするが、両手が全く動かせないことに気付く。


「・・・え」


 次第に視界がはっきりしてくる。彼は自分の身体が椅子の上に縛り付けられていることに気付いた。両手は背もたれの後ろに組まれて括られており、両脚もそれぞれ椅子の脚に括り付けられている。


「・・・な、何だこれは!」


 自身を襲った余りにも異常な状況を前にして、神藤の身体に緊張が走った。その直後、彼を見張っていた人相の悪い男たちが、彼の目覚めに気付く。


「ベティーナ様! こいつ起きやしたぜ!」


 黒装束に身を包む男の1人が、彼らの主の名を呼んだ。その後、この異様な空間には相応しくない妖艶な佇まいをした1人の女性が、椅子に縛られた神藤の前に現れる。


「貴方が・・・ニホン人?」


 唐突に質問を投げかけて来る女性の顔を、神藤は鋭い視線で見上げる。


「そうだ・・・だったら何だ? 何のつもりだ!」


 神藤は手荒な招待に憤りを露わにしていた。主に対する異国人の態度に、男たちがざわめきだす。すると女性は彼らを制止し、スカートの裾をつまみ上げながら、神藤に対して頭を下げた。


「・・・失礼、ワタシの名前はベティーナ・ミヨ=トモフミ。現クスデート辺境伯、ドゥーンリッヒ・ターロ=トモフミの第一息女です」


「・・・!」


 神藤は目を見開いて驚く。恐らくは自分を誘拐した者たちの主犯だと思しき女性が、“地方の長”の娘だと名乗ったからだ。


「・・・辺境伯のお嬢さんが、俺みたいな民草に何の用だと?」


 神藤はわざと皮肉めいた言い方をして、自身を攫った目的を尋ねる。


「貴方を此処へお招きしたのは他でもない、貴方には・・・私たちの隠された過去を明らかにしてほしいのです。トモフミ家(私たち)の先祖と同じ言語を持つ貴方方にね・・・」


「!?」


 ベティーナが告げた言葉に、神藤は再び驚愕する。言葉を失う彼に対して、ベティーナは懐から取り出した“古ぼけた日記帳”を差し出すのだった。

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