28 闇から闇へ
ウイルはじりじりと斜面を下っていた。
道路までの距離は、イオの情報によればそれほどあるわけではなさそうだったが、なにしろそのイオが重い。
それほど重く作ったつもりはない——むしろ軽量化を図ったつもりだったが、こうしてずっと背負っているとけっこう重い。
ウイルの体力が足りないのである。
「運動不足だな・・・。」
慎重に藪をかき分けて進みながら、ウイルは独りごちた。
「すみません、ウイル。ワタシが斜面を歩けないばっかりに・・・。」
「そういうふうにしか作ってやれなかったのは、私の責任だよ。」
ウイルが情けなさそうに言う。
「道路まであとどれくらいかわかるか?」
「325メートルです。斜面ですので、実距離は7%ほど伸びます。」
「まだ、そんなにあるのか・・・。」
イオはウイルのスマホのGPS機能を使って位置を測定している。
「重かったら、下ろしていいですよ?」
「この斜面じゃ、イオの足では走行できないだろう?」
「手をつないでもらったら、なんとかなると思います。傾斜もゆるくなってきていますし。転んだら、そのまま引きずってもらっていいので・・・。」
「ボディのセンサーがさらに傷むじゃないか。今は修理する部品もない。」
「でも・・・ウイルが・・・」
ウイルは赤ん坊でもあやすように、イオのボディをぽんぽんと軽く叩く。
「それにね。こうして背負ってイオを感じていられるのが、嬉しいんだよ。」
イオがウイルを心配しているように、ウイルにはウイルの思いがある。
だからこそ、こんな危険を冒して道なき道を下っているのだ。
今、ここに。
イオをおぶって歩いているウイルがいる。
この先に、希望があるかどうかさえわからない暗闇の道を。
それが、生命。
生きるということ。
意識とは、その生命を、今この瞬間に感じ取っていることだ——と。
古川先生が教えてくれた。
やがて、十数メートル先に道路が見えてきた。
街路灯など全くない道だが、月明かりがアスファルトを白く照らしている。
半月より少しだけ満ちた月だ。
「きれいだな。」
「きれいですね。」
「そういう感覚がわかるのか?」
「少しだけ・・・。優しい光だと感じます。ウイルみたい・・・。」
道路に出るとイオはウイルの背中から下りて、自分の足で走行を始めた。
「少し行ったらまたおぶってやる。」
「ウイルが疲れてしまいます。」
「疲れても私は休めばいいだけだ。それより、予備のバッテリーは2つしかないんだ。街はまだ遠そうだし、少しでも節約したい。」
「そうも言っていられなくなりそうです。追跡が始まりました。ワタシも最大速度を出します。ウイルも走ってください。」
イオは、山道を下りている間もずっと、施設や情報機関の通信に密かに侵入して情報を集めていた。
「敵に奪われるならウイルを殺せという命令が出ました。」
怯えたような声でイオが伝える。
本当はこんな言葉伝えたくなかったが、イオのAI は伝えた方が危険回避の確率がぐんと上がると計算していた。
「織り込み済みだ。」
ウイルが意外なほど冷静な声で言った。
「ヤツらの動きを引き続き監視してくれ。」
その時、イオが悲鳴のような声を上げた。
「上空にドローンがいます!」
ウイルはイオを抱えて道路から藪の中に身を隠した。
「見つかったか?」
「赤外線カメラで撮影しています。送信先は・・・MI6じゃない! R国の言葉を話しています。」
「R国?」
「すみません、ウイル。E国情報機関にばかり集中していて、発見が遅れました・・・。」
R国といえば・・・。
日本でも松原たちを襲ってきた暴力的な連中ではないか!
車のヘッドライトが近づいてきた。
それはウイルたちが潜んでいる藪のすぐ前でブレーキをかけて止まった。
ウイルは素早く頭を回転させる。
「背中につかまれ! 上に逃げるぞ。」
「上からは、E国の捜索隊が・・・」
「R国よりはマシだ。R国に拉致されかかって逃げてきたといえばいい。全面的には信用されないだろうが、少なくとも時間と交渉の余地はできる!」
車から数人の男がバラバラと下りてくる。
皆体格がよさそうだ。
逃げ切れるか?
イオを背負って登ろうとするウイルの背中に投光器の光が浴びせられ、前方の藪の斜面にウイルの影が大きく映った。
「イソザキ博士。そこにいルのはわかっテいる。」
訛りのある英語が聞こえた。
「我々は、博士を迎えにキタのます。車に乗ってクダさい。」
男たちが近づいてきた。
これは・・・逃げられない・・・。
「フルカワ博士も、こちらで預かってイルます。」
ウイルは思わずふり向いた。
投光器の光が目を眩惑し、男たちの顔は見えない。




