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クレール・光の伝説「いにしえの【世界《ル・モンド》】」  作者: 神光寺かをり


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取り替え子除けの呪い

「何故そのように無駄に人を怖がらせるような真似をするのですか」


 クレールが語気を荒げ、首をかしげたのは、呆れゆえではなく驚愕(きょうがく)のためだ。

 言葉遣いの善し悪しは別として、ブライトは場を(わきま)えた物言いをすることの得意な男だ。別して女性に対しては紳士的(ギャラン)で、理由もなく相手を怖がらせたりすることは決してしない。

 彼が人を脅すような口ぶりで話すとすれば、それは彼が相手を脅す「必要」があると判断しているということに他ならない。

 クレールの疑問はそこにある。シルヴィーを脅さねばならない理由など、彼女には見あたらなかった。


「今日のお前さんがことさら鈍いもンだから、俺がその娘の返答次第で暴れなきゃならなくなるってこってすよ。つまり……」


 ブライトは視線を踊り子の青白い顔に投げたままクレールに言い、一つ息を飲み込んだ。


「……ウチの姫若は生まれつき『姫若』でね。これからもずっと『姫若』であり続ける必要がある。

 それだってぇのに、あんたは『乙女』呼ばわりしてくれたわけだ」


 彼はことさら『姫若』の一語を強調して言った。

 遠回しの物言いだったが、クレールは理解した。


『この娘が、私を女と見通した』


 クレールはは少しばかり喜んだ。

 この男装の姫君と来たら、並の男よりも雄々しい振る舞いをしておきながら、女として扱われないと不機嫌になるという、酷くややこしい心情の持ち主だ。


 高齢で子を得た大公ジオ三世による取り替え子(シャングリン)封じのまじないの一環として、また同時に、父親が男子を欲していた事もあって、クレール姫は幼い頃から男装ばかり着込まされてきた。

 さらに大公は男の子にそうするように剣術や馬術(ただし乗馬ではなく、戦車を御する術)を習わせ、学問を修めさせた。


 大公の「男子を欲する思い」は強いものだった。前の(きさき)との間に生まれた皇子を、二人とも幼くして失ったためかもしれない。あるいは「女児の扱い方を知らない」ゆえであるかも知れない。

 大公は高齢となってから授かった我が子が、まだ後妻の体内にいる頃から、これを男子として熱かった。

 生まれたのが姫皇子(ひめみこ)だと知らされてなお、男名前を付けようとさえしていた。


 年若く従順な公妃ヒルダは、大凡(おおよそ)のことでは夫に逆らわなかったが、娘が男の名で呼ばれることには大いに反対した。

 学者を交えての(かん)(かん)(がく)(がく)の末、誕生から十日も後になって、姫にはクレールという名がつけられた。


 ヒルダは愛しい娘に国母クラリスの名と近い響きと意味を持つ名がつけられたことを大いに喜んだ。

 夫がこの名に異議を唱えなかった理由が、遙か昔に光り輝ける者(クレール)と名乗る優れた功績を残した幾人かの「勇敢な男達」が存在したためであるとは、夢にも思いはしなかったろう。


 そういったわけで――。

 父親からは男子の教育を(ほどこ)され、母親からは人形の如く溺愛(できあい)されたクレール姫は、男の身なりをしながら女と扱われることを望むという、ややこしい性分となってしまった。

 狭く小さな故国の中でならば、そのややこしさも当たり前のこととして押し通すことができた。国中の者達がクレールを「姫」と知っていたのだ。男の身なりをしていたとしても、彼女は童女として愛され、小さな淑女として丁重に扱われた。


 国が滅び、親の仇敵(かたき)を追うために、己の身分正体を隠し、本当に「少年(あるいは青年)」の振りをしなければならない今となっては、それは当たり前とはなり得ない。

 彼女の考えはある種の「()(まま)」とさえ言える。

 クレールだとて、我が侭が通らないことを頭では理解している。

 しかし、彼女は思いもしないことを表に出すことは苦手であるし、思っていることを内に秘め通すことも不得手だった。


 今日初めて逢った娘が、自分を女と認めてくれた喜びが押さえきれず、クレールの瞳は輝いた。立ち上がってシルヴィーの細い体を抱きしめたい衝動に駆られた。


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