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クレール・光の伝説「いにしえの【世界《ル・モンド》】」  作者: 神光寺かをり


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死兵

 劇作家兼出演者兼振り付け師のマイヨールが、危険を承知で腹をくくり、役人の目をかいくぐりながら自説を主張しているのか、あるいは役人がそれに気付かないと高をくくっているのか、さもなくば、己の演出が相当に危険な物であるということをまるで自覚していないのか、傍目(はため)にははかりかねる。


 兎も角も、舞台上では不調和の調和が演じられていた。

 皇帝役が力強くなめらかな連続ターンを決める。背後の群舞は「彼」を讃える手振りで舞う。

 背景に掛けられた風景幕が横滑りに動く。

 後の世では義勇兵と呼ばれていることとなる小さな(ぞく)の群れは、いずれかへ「進軍」しているのだ。

 行く先は、北の果ての小城。目指すは、城郭(じょうかく)の奥に隠れる美しき姫。


 彼らの行く手に、突如としてきらびやかな甲冑を着込んだ兵士達が現れた。「大国の先兵」たちから見れば、物陰から山賊(さんぞく)が飛び出して来たという状況に他ならない。

 有無を言わせず、戦闘が始まる。

 義勇兵たちに作戦などというものはない。

 そもそも、(さく)を用いようにも、知略(ちりゃく)知謀(ちぼう)を巡らせる軍師が存在しない。最初期の義勇兵団で知恵があると評して良い人物は、唯一、総大将であるノアール・ハーンのみだった、という有様だ。

 その彼にしても、小規模な戦闘を乗り切るだけの能力があるに過ぎず、戦争の玄人(くろうと)とは言えない。


 運の良いことに、このときの彼らは敵の数倍の人数、すなわち「数の力」を持っていた。数の有利を無理矢理に押し込み、闇雲(やみくも)に戦う。

 彼らは()(ばち)だった。


 たとえこの場から逃げ出してたところで、故郷は荒廃しきっているのだ。故郷以外の土地に入り込んだとしても、いまこの大陸のどこにに流れ者に飯をくれるような余裕のある町村があるというのか。

 命を惜しんで逃走しても、結局は飢えて死ぬことになる。後退する道はない。彼らはひたすら突き進む。

 一人の兵士に数人の義勇兵が飛びかかり、なまくら刀を叩きつける。戦争と言うよりは、愚連隊(ぐれんたい)喧嘩(けんか)さながらの乱闘だった。


 舞台の上で行われているのは、演劇であり舞踏であるから、斬るも殴るも形だけの事だ。

 斬りつけるように踊り、斬られたように踊り、殴るように舞い、殴られたように舞う。

 だが実際その時に行われていた戦いは、酷いものだったろう。


 敵兵が死んでも攻撃は止まない。恐怖と怒り、そして勝利の恍惚(こうこつ)から、義勇兵達は死体を切り刻み、骨を砕いたという。

 手傷を負わされた者も戦うことを止めなかった。目を潰されても、腕をもぎ取られても、足を切断されても、彼らは前へ進んだ。首を落とされてなお剣を振るっていた「勇者」がいたという真偽不明の伝説も残されている。

 累々(るいるい)たる(しかばね)は、敵兵だけでなく義勇兵のそれも、人の形の名残すらない(なます)さながらの肉片となっていたという。


 戦争とはいえない。暴力の爆発だ。自分の身をも巻き込む、恐怖の破裂だ。


 そして、赤一色の背景幕がすとんと降りた。

 大地が血肉の色に染まったことを、一枚の布で表している。

 敵兵役の踊り子たちは転がるように舞台袖へ消えた。義勇兵たちは肩を組んで喜びの舞いを踊る。

 その中で、初代皇帝はただ一人浮かぬ顔をしていた。

 義勇兵の数が半分程度に減っているのだ。


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