真贋鑑定
ただ、父が見せてくれない部分にどんな「良くないこと」が書かれていたのかは知れない。
少なくとも、後年大公の書斎に忍び込んだお転婆姫が、鍵の掛けられていない手文庫の中に見つけた手紙の束には、人を悲しませるような言葉は一語も書かれていなかった。
姫の年若い叔父、ガップ公ヨルムンガント=フレキ・ギュネイの手紙は、総じて希望と理想と力に充ち満ちていた。
「叔父上」
思わずぽつりと漏らしたクレールの一言だったが、それがマイヨールの耳に届くことはなかった。
ほとんど同時にブライトが
「わざわざ蝋の封緘を崩さずに別のところで紐を切ったのは、証拠残しのためか、中身のすり替えをやりやすいようにするためかか、どっちだね?」
後頭部を掻きながら、いやみたらしく言ったからだ。
「本当に非道いお人だね、あんたは」
マイヨールが苦笑いすると、ブライトも同じように笑い、
「なにしろウチの姫若さまは人を疑うことを知らない。こういう純な方をお守りするにゃあ、どんな物でも疑ってかからねぇと追いつかねぇんだよ」
「どうせ私は鈍うございますから」
拗ねた口ぶりのクレールに、
「いや、姫若さまは綺麗なお心でいてくれなくては困るンでね。それがお前サマの良いところなンだ。
汚れごとはぜんぶ俺サマに任せておきゃぁいい」
これはブライトの本心でもあった。
「そうやって、いつまでも私を子供扱いするのですか?」
「そうやっていつまでも子供扱いするンですよ。でなきゃこっちの立場が危うい……。
このところ剣術の稽古も真剣でやるのが恐ろしいくらい、お前サマは成長していらっしゃるから」
これも本心だった。
クレールが反論の言葉を探している間に、ブライトは話題を元に戻すことに努める。
「見たところ、封印の紋章は多分本物。これは姫若さまも同意見」
彼がちらりと視線を送ると、不機嫌に唇を尖らせたクレールは小さく頷きを返す。
「……まさかあんた、俺が外見を見ただけで納得する素直な人間だとは思っちゃいないだろう?」
指先を切った革手袋をはめた大きな右手が、マイヨールの鼻先へ突き出された。
「ついさっきまではちょびっとだけ『そうだと良いな』と期待してたんですがねぇ」
劇作家は渋々掛け紐をほどき、ブライトの掌の上に羊皮紙の束を乗せた。
羊皮紙を乗せた右手は水平に半円を描いて動いた。クレールの目の前に薄く薄くなめした革の束を突きつけるための動作だ。
「姫若さまに鑑別してもらわねぇとね。まさかにこの俺が、ガップの殿様の筆跡を知っているとは……思いたくもありませんでね」
ブライトは自分の手と、そこに乗っている「穢らわしいもの」から顔を背け、言う。




