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クレール・光の伝説「いにしえの【世界《ル・モンド》】」  作者: 神光寺かをり


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奈落の底にて

『このオヒメサマときたら、下々の者の下の方のスラングはまるきり知らない温室育ちだ。そのくせ妙に向学心が高いから、解らないことがあると説明しろと迫りやがる。

 不承不承(しかたなし)に教えてやればやったで、(けが)らわしいだの不潔だのと騒ぎ立てときてる。

 そんなヤツにテメェが男色家(助平野郎)男娼(欲のはけ口)扱いされたなんてことが聞こえたら、俺まで(かん)(しゃく)に巻き込まれて半殺しにされかねん』


 これはブライトの本音の半分であり、残りの半分は、


『そういうウブで潔癖なところが可愛いンだ。世の中の小汚ねぇところに触らせてたまるか』


 であった。


 マイヨールの方は古びた刀がカチリと鳴るのを聞いて、首をすくめた。演技ではない。


「何分、裏の連中は()()()()の貴族様なんてものを拝んだことがありませんもので。

 つまり区別が付かないんですよ。貴族の格好をしてる人間全部が、貴族の格好をした()(せん)に見えてしまうという(あん)(ばい)で」


「このやろう、痛ぇ皮肉を言いやがるな」


 薄く笑うブライトに、


「イヤですよ旦那。そんなつもりで言ったんじゃありません。政府のえらい人がおしなべて似而非(えせ)貴族だなんてこと、(あたし)ゃ一言も申し上げちゃいませんから」


 マイヨールはからりと笑って返した。


 舞台の真裏まで来ると、マイヨールは床板の一部を(まく)りあげた。薄暗い縦穴に縄が一筋垂らされている。

 深さはそれほどでもなさそうだった。人が立てば頭の先が見えるか見えないかぐらいの、むしろ浅い穴だった。

 穴はその深さのまま横に掘り進められ、その先が舞台の下に通じている。

 裏方が下げていた鯨油ランプを一つ奪うようにして取り上げたマイヨールは、点けた火が消えぬよう慎重に、しかし素早く穴の中に飛び込んだ。

 覗き込んだブライトは


「掛け小屋のクセに、ずいぶん大がかりな()(らく)を掘ったものだ。土地の者に文句を言われたンじゃないのかい?」


 言いながらふわりと飛び降り、穴から腕を一本突き出す。その手を握り、クレールも飛び降りた。


(かお)(やく)()()(せん)の上がりの半分をせびられましたよ。全く商売あがったりで」


 背筋を伸ばして歩く小柄なマイヨールの後ろを、ブライトとクレールは背を丸めてついて行く。


「あれだけの踊り子を抱えて、喰ってゆくのが大変そうだな」


 パトロンが付いているのだろうことは、ブライトもエルにも想像が付いた。

 ただ、ブライトはそれ以外にもなにか収入源があるだろうと見ていた。それもあまり公にできない方法での稼ぎが、だ。


「さぁて。そっちのハナシは座長サンに訊いてくださいな。(あたし)の知った事じゃない」


 マイヨールは面倒そうに答えた。この男は本当に芝居以外のことには興味がないらしい。


 長い道のりではない。ほんの十歩で舞台下にたどり着いた。

 マイヨールがランプをかざすと、太い柱が円形に並んだ空間がぽっかりと浮かんだ。その周囲を埋め尽くすハンドル、レバー、すり減った木の巨大な歯車などが落とす影がゆらりと揺れた。

 クレールにとっては見たことのないものばかりだ。素直に驚嘆し、声を上げた。


「これは、一体?」

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