我が生命の灯火、 我が肉の炎。
ミッド大公ハーン家の姫若様は子供だった。
老いた父に溺愛され、若い母に偏愛された幼子だった。
我が侭とは呼べない小さな無邪気を、だから彼女は許されていた。
そのためにハーンの姫若は作り笑顔の必要性を実戦的に学ぶことができなかった。経験のないことはできようがない。
国を失って放浪するエル=クレール・ノアールが社交辞令のため努力して笑顔を浮かべても、ブライト・ソードマンに言わせれば「児戯」と履き捨てにされてしまう仕上がりにしかならない。
彼女はそう信じている。
だが実際のところブライトは、彼女の笑顔の出来を否定していない。
彼女の「硬い笑顔」は芸術的な美しさを持っている。
普通の人間の心を奪い、好意を抱かせるには十二分の威力を発揮した。
事実、フレイドマル一座の構成員達のほとんどが、この中性的な若い貴族の笑顔に魅了されているではないか。
その実力を認めて尚、ブライトは彼女の作り笑顔を否定する。
作られた微笑は「嘘」であるというのが、彼の考えだった。
たとい人々の心を打ち、幸福感を与えるものであっても、それは「贋物」なのだ。
ブライト・ソードマンはクレール・ハーン姫が「嘘吐きの贋者」になって貰っては困ると思っている。
世にも稀な、おとぎ話に出てくるような、純粋無垢なお姫様そのままであって欲しい。
いつまでも我が手中の宝は清らかであって欲しい。穢れを知らぬ可愛らしい乙女のままでいて欲しい――。
歪んだ大人の、汚れた独占欲がそこにある。
兎も角。
クレールには今自分がどのような顔をしているのか、客観的に判断することはできない。自分の顔を自分で見ることはできない。この部屋の鏡は寝台の上を映す角度にはないから、虚像も見えない。
彼女は、自分が相当にぎこちない顔をしているであろうと確信している。酷く醜い表情をしているに違いない、と。
僅かに顔を上げたブライトが、すぐに視線をそらしたことが、その思い込みを一層強くした。
だがそれはクレールの思い違いだ。
彼には眩しすぎたのだ。
寝台の上で青白い顔の上に精一杯の作り笑いを広げる、世間知らずの若い娘を照らす柔らかな春の陽光は、彼にはまともに見つめられぬほど輝いていた。
「姫若サマ、ご冗談はそのお顔だけになさいな。そいつは少しばかり都合の良すぎるご解釈ってもンだ」
ブライトは軽口じみたことを少しばかりうわずった声で言った。
そうやってはぐらかしでもしなければ、クレールの、幼いようでいて大人びた、無垢でいて婀娜な顔に浮かんだ、恐ろしく妖艶な色が消えてくれないだろう。
彼の策略は図に当たった。クレールは
「そんなに酷い顔をしていますか?」
小さく拗ねて、唇を尖らせた。
ブライトは答えなかった。顔を背けたまま、無言で立ち上がった。




