白金色の光の帯
フレイドマルは亀の如く首を縮めた。
彼にはマイヨールが戦きつつも怒っている理由が分からない様子だった。赤く濁った目を瞬たかせ、おどおどした口調で訊ねる。
「兄弟、どうしたっていうんだね。いつものお前なら、お偉いさんの前で頭を下げないなんて利口じゃない真似はしないだろう?」
マイヨールは駭然とした。
「あんた、アレがマジで見えてないってのか? 脳みそが粕取りの安酒でイかれたのか?」
「なんのことだ。私は酔っちゃいない。おかしいのは、兄弟、お前の方だろう?」
フレイドマルは白目ばかりか黒目にまで赤い濁りが広がっている眼球を丸く見開いてマイヨールを見つめた。
途端、マイヨールの背筋に悪寒が走った。
丸い瞳孔は質の悪い赤鉄鉱を磨いた石鏡のようだった。鏡面には赤い筋が幾本も浮かんでいる。
曇った鏡の中に、人の顔が映り込んでいた。
卵形の柔らかな輪郭を持つ、真っ黒な顔だった。鼻筋の通った、少年じみた顔立ちをしている。
明らかに、マイヨールの顔ではない。
座長の目玉の中の顔は、優しげな、しかし冷たい微笑を浮かべた。
青黒い唇が、ゆっくりと動く。
「役立たずの子豚ちゃん」
「ぎゃっ!!」
フレイドマルが踏みつぶされた蛙のような悲鳴をを上げた。背に隠し持っていた木箱が落ち、装飾金具が床に大きな傷を付けた。
「目玉、目玉が焼ける!」
顔を覆う両の手の短く太い指の間から、赤黒い光のような、あるいは闇のような、不可解なものが一条、漏れ出た。
肥体が膝から崩れ落ちる。
「座長!? おい、禿! フレイドマル、何だ? どうした!?」
口悪く罵り小馬鹿にしている相手だが、マイヨールにとっては兄弟同然に育った男だ。情がない訳ではない。
動かなかったマイヨールの身体がギクシャクと動いて、倒れ込んだフレイドマルを抱え起こそうとした。
そのときだった。
「退きなさい」
鋭い声が背後から聞こえた。いや、言葉の最後が聞こえたときには、すでにその声の主はマイヨールのすぐ側にいた。
人間だ。
確かに人の形をしている。その頭から白い光があふれ出て、尾を引いて流れているように見えた。
さながらきらめく光の帯、と見えたものが、流れる髪の毛が弾く輝きであると気付いたマイヨールは、思わず声を上げた。
「若様!?」
柳眉を釣り上げ唇を引き結んだ白い横顔は、しかし、彼が叫んだときには遠くへ去っていた。
厳密に言えば、マイヨールの体の方がその人影から遠ざけられたのだ。
猛烈な勢いで、彼は突き飛ばされていた。
客席に落ちるぎりぎりの舞台隅まで弾かれたマイヨールは、若い貴族が深紅の光を放つ細身の剣をフレイドマルの顔面に突き立てるのを見た。
何事が起きたのか、瞬時には理解できなかった。




