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クレール・光の伝説「いにしえの【世界《ル・モンド》】」  作者: 神光寺かをり


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赤鉄鉱の像

「閣下が笑って居られるじゃあないか。どうやらお怒りではなく、むしろ芝居を楽しみにしておられる様子なのが幸いだ。早く幕を上げないか」


 フレイドマル座長の言葉を聞いてマイヨールが駭然(がくぜん)とするのも道理だ。

 観客席には一個所のさっぱり椅子のなくなった空間がある。その真ん中に、黒外套(マント)に包まれた、悪臭を漂わせる細長い「何か」が転がっている。


 これが普通の光景であるはずがない。


 それなのにこの禿男と来たら、見えているはずのものとはまるで違うことを言ってのけたのだ。

 この様を異様と思わないほどに無神経なのか、そうでなければ、


「あんた、アレが見えないっていうのかい?」


 マイヨールは思わず大声を出した。

 ほとんど同時に、別の大声が、観客席側であがった。

 男の悲鳴だ。


 振り返ったマイヨールの目に飛び込んできたのは、客席の中に立つ、黒っぽい汚れた石を削って磨いた人の像、だった。

 不可解な像だった。

 細身で、背ばかり高く、皮膚の下の筋肉がはっきり見て取れるような作りをしている。それでいて、体のラインは柔らかな曲線を描いている。


 マイヨールは初め、少年兵の裸像かと思った。しかしすぐに少女の姿を写した物であると気付いた。

 胸はふくらみを、腰回りは丸みを、僅かずつだが帯びている。

 その部分をことさら強調し、時として巨大に表現しさえもする成人女性の像とは違った造形ではある。

 しかしながらマイヨールには、小さな隆起が鋭角な造形の上に生み出す儚げな曲線は、美麗にして劣情的な当たり前の造形よりも(なま)めかしく見えた。


 そう、この像は美しい。同時に不可解で不気味でおぞましい。


 まず材質が良くないように見える。黒い表面は周囲の風景が映り込むほどに磨かれているが、所々ボンヤリと曇り、赤錆(あかさび)色の亀裂が縦横に走っている。

 両の腕は肩の付け根からそっくり無くなっていた。自然の力によって折れた、あるいは割れた、とは思えない(すべ)らかな断面が、体の両端に残っている。

 鋭利な刃物ですっぱりと切断されたかのようだった。

 それでいて、肩口の断面から、粘った、しかし水気の多い汚泥(おでい)が、流れ落ちる跡を残してこびり付いていた。

 もしこれを、地中深くの遺跡からたった今掘り出してきたばかりの戦女神の像だと言われたなら、或いはマイヨールも納得したかも知れない。……ただし、半刻前であったなら、という条件付きで、だ。


 像の足下には見覚えのある黒い装束が一塊に落ちている。頭の上には、これも見知った羽根飾り付きの黒い帽子が載っている。

 つい先ほどまで、ヨハネス・グラーヴという人間の形をしていたモノだということを、マイヨールはどうにか「理解」した。そう判ずることが一番合理的だった。

 何が起きているのか、何が原因なのか、深く追求することは無理だし、意義のないことだろうとも判断した。


「こいつは、まずい」


 マイヨールの喉が引きつった。

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