表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クレール・光の伝説「いにしえの【世界《ル・モンド》】」  作者: 神光寺かをり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/160

悪人と咎人

 その()()が、


『誰かに似ている』


 マイヨールは、己の脳みそに浮かんだその「想像」を懸命に打ち消そうとした。

 そんなことがあってなるものか、そんなことを信じてなるものか。


 鼻持ちならない年寄り貴族(グラーヴ)と、愛らしく愛おしい若い貴族(クレール)の、まるで違う二つの顔が、ダブって見えるなどと、


『そんなことがあるはずがない!』


 帽子の(つば)の下にぶら下がる、葉脈だけが残った虫食いの枯葉のようなヴェールの中で、青黒い唇が、ゆっくりと動いた。


「そう、やっぱり、そういうことだったようね。うふふ、思った通りだわ……」


 独り言だということは明白だ。グラーヴ卿の目玉は、すぐそこにいるマイヨールの姿など見ていない。

 灰色の目玉に、くすんだ赤の色が混じっている。赤く濁った球体の表面には、この場には存在しない、小さな光の反射が映っていた。


 人の形をしている。不覚を恥じ、苦痛に歪んだ不安げな表情を浮かべている。

 マイヨールがその影を見まごうはずはない。


「クレールの、若……様……」


 グラーヴ卿は優しげな、しかし冷たい微笑を浮かべ、呟いた。


「つまりは、あなたはアタシだということ……アタシは、二人もいらないわよねぇ」


 グラーヴが何を言っているのか、マイヨールにはまるで意味が判らなかった。判らなかったが、直感した。


『グラーヴは、クレールの若様に向かって喋っている』


 締め付けられるような恐怖を感じた。

 うっとりと笑いながら、グラーヴ卿は喉の奥から獣の悲鳴を絞り出した。

 顔が歪んでいる。塗りたくった白粉(おしろい)がひび割れ、白い(かけ)()がぼろぼろと落ちる。

 グラーヴ卿は……いや、卿などという尊称を付けて良い()だろうか。

 マイヨールの脳に疑念が浮かんだ。疑念は即座に先程来、薄々と勘付いていた回答に達した。


 目の前にいるのは、人間ではない。


 何か得体の知れない人の形をした「モノ」だ。屍臭を漂わせているのだから、生き物ですらない。


『本物の化け物だ』


 確信した途端、おかしなことにマイヨールの腹の中から恐怖が消えた。


『化け物が人の道理を用いて人を(さば)けようものか!』


 劇作家マイヤー・マイヨールが勅使ヨハネス・グラーヴを畏れていたのは、彼を執達吏(しったつり)(たぐい)と思っていたからだ。


 真っ当な法家によって真っ当に捕らえられれば、国家の法を横目に「綱渡り」をして飯を喰っている自分たちは、反論の(いとま)もなく斬首(ざんしゅ)されて当然であることは、さしものマイヨールも理解している。


 だが彼は法を(おそ)れているのではない。法そのものに畏怖(いふ)を持っているのなら、例えそれが悪法であっても、法に触れるようなことはしないし、できない。

 しかしマイヨールは、わざわざ法に触れるような芝居を上演している。あえて危険な台本を書き、演じている。同時に、観た者がそそこから彼の犯した罪を連想せぬように、ごまかし、言いくるめてきた。

 罪に罪を、悪行に悪行を重ねている。

 悪人呼ばわりならば甘んじて受ける厚顔無恥なマイヨールが畏れているのは、法の下で断罪(だんざい)され罪人(つみびと)と呼ばれることだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ