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第十五話 竜妃の剣

~第一幕・竜の間へ続く道~


瑪那(まな)が惨劇を繰り広げている頃、士狼(しろう)竜妃(りゅうき)の剣に残された竜妃の記憶をもとに最深部にあるという竜の間を目指していた。祠の裏の滝に竜妃の剣をかざすと道が開けた。洞穴が下り坂になっていてしばらく下ると平坦な道になった。灯篭のようなものは無いが、泉の周りにあった蛍のような光の球がふわふわと浮いており、十分な明るさがあった。


「どこまで続いてんだこれ……」


その時、士狼は背後から恐ろしい気配を感じて振り向いた。


「やっぱり無礼な奴だね、人間」


「――たしか瑪那とかいう泉の精……だっけか?」


「ここはもう竜の聖域……お前みたいな奴が入っていいところじゃないよ!」


瑪那は仏頂面で士狼を睨む。


「悪いが、生まれつき不作法なもんでな」


士狼は後頭部を掻きながら苦笑いする。


「まあいいけど。すぐに仲間の所に送ってあげるから」


瑪那のその言葉に士狼の笑みが消えた。


「――どういうこった?」


「もう、残ってるのはお前一人だけだってこと。竜妃様にみんな殺せっていわれたからね」


士狼は眉間に皺を寄せ瑪那を睨む。


「――おめえ、完全に巳影(みかげ)の思うがままみたいだな……」


「まったく、どいつもこいつも操られてるとかなんとか……わたしは竜妃様がそうしろって言うからしてるだけだからね!」


瑪那はむくれてプイと顔を逸らす。仕草だけは子供のようだがその身体には返り血が大量に付いている。


「刀に“人を殺すな”って言うようなもんかい……なるほど、そういう道理か」


士狼は目を閉じて深呼吸し、目を見開いて瑪那を見据えて剣を構えた。


「――なら、もう手加減はしねぇ……俺は俺の道理を通す」


士狼は瑪那に向かって大きく踏み込み上段から振り下ろす。瑪那はそれを片手の爪で受け流しながらもう片方の爪で士狼を突くが士狼も流れる様な動きで爪を受け流し瑪那を斬りつける。


「なんだよこいつ! やめろよ! 無駄だよこんなの! お前もどうせ殺すんだから!」


瑪那は子供の癇癪の様に士狼に出鱈目に斬りかかっていた。士狼はそれを剣で裁きながら隙を伺っていた――が、士狼が一瞬態勢を崩した。瑪那はその瞬間を逃さず、手刀で士狼の首を狙った。


――しかし、それは士狼の策だった。手刀を紙一重で躱し反対に竜妃の剣で瑪那の胴を貫いた。


「あ、あれ? え……なんで……人間なんかに――」


瑪那は剣を抜こうとするが力が入らない。身体が淡い光に包まれて光の粒になって徐々に消えていく。


「うそ……消え……え、これは――竜妃様の匂いがする……ああ……そうか……この剣……辰美様……」


瑪那は自分に刺さった剣を愛おしそうに抱きしめながら光の粒になり消えて行った。


「ち、やっぱり因果だぜ……俺が言えた義理じゃねぇが、安らかにな――」



~第二幕・竜の間~


――最深部・竜の間。ここだけがゴツゴツとした岩肌ではなく、綺麗に整えられた半球状の石室だった。中央には台座のような岩の柱が立っていて子音(ねね)はその上に竜の宝珠を載せて祈りを捧げている。巳影はその様子を満足気にで見守っていた。


「さぁて……どんな思いも形にする竜の宝珠……もうすぐ完全にこの娘が竜妃となる。そうすれば思うがままだ――何を願うか、フフフフ」


巳影は腕組みしながら愉悦の笑みを浮かべていた。その時、子音が祈りの言葉を止めた。


「瑪那の気配が……消えた」


子音は抑揚のない声でそう言うと竜の間の入り口の方を見た。巳影は舌打ちをして子音の見た方向に目をやると、そこには竜妃の剣を携えた士狼が立っていた。


「……まだ生きていたのか?」


「生憎、しぶとい性分でな」


巳影の鋭い視線をものともせず士狼はニヤリと笑った。


「フン、だがお前に何が出来ると言うんだい?」


巳影は両手を胸の前で組んで印を結び呪文の様な言葉を呟いた。すると子音が台座に置いていた宝珠を取り士狼に向ける。


「死ぬがいい――」


巳影がそう呟くと宝珠は激しく光り光弾を士狼に向けて放った。士狼は光弾に向かって竜妃の剣を縦一文字に振り下ろし、剣で光弾を真っ二つに切り裂いた。光弾は左右に割れて弾け飛び、壁に当たって激しい音と光を発して消えた。


「――何?!」


巳影はまさか術を剣で斬られるとは全く考えもしていなかった。


「小癪な……死ねぇぇぇ!」


巳影は再び印を結び呪文を呟くと、子音は宝珠を高く掲げる。宝珠は一層激しく光り、幾つもの光の球が現れた。そして子音が掲げた宝珠を士狼の方へ向けると光の球は幾つもの光弾となって士狼に襲い掛かる。だが、士狼は剣を振り回し光弾を弾いていく。弾かれた光弾は壁や床、天井に当たって砕け散った。術が完全に防がれた巳影は動転する。


「ば、馬鹿な?! その剣……辰美の仕業か――」


「てめえの妹に頼まれた……姉貴を止めろってな。それよりなにより、そいつを返して貰うぜ!」


士狼は子音を指さした。


「おい、子音! しっかりしろ!」


士狼は子音に大きな声で呼びかけた。


「う、うう……」


子音は左手で宝珠を持ったまま右手で頭を押さえ苦しみだした。


「しまった!」


巳影は予想外の出来事に子音にかけた操りの術を弱めてしまっていた。気を取り直して再び胸の前で印を結び呪文を呟く。


「うあああ!?」


子音は苦しみながらしゃがんでうずくまった。


「子音、おまえが操られてどうすんだ! みんなを……みんなを幸せにしたいんじゃねぇのか!」


「みんなを……幸せに……」


子音は苦しみながらも士狼の声に反応している。


「おまえは誰のために――何のために竜妃になった? 思い出せ子音!」


「子音は……みんな……村のみんなのため……みんなを……幸せに……」


子音は苦しみながら顔を上げ、士狼を見つめた。


「やらせん――はぁぁ!」


巳影は子音の頭に手を触れ、呪文を唱えた。子音の身体が小刻みに震え、苦しみが増している様だった。


「うああ……ああああ!」


「クソ、やめろぉ!」


士狼は怒鳴って子音のもとに駆け寄ろうとする。が、巳影が子音に何をするか分からず躊躇していた。


「あの男に術が効かんというなら――」


巳影は懐から小刀(こがたな)を取り出して子音に渡す。子音は宝珠を懐に仕舞い小刀を持つ。


「これで奴を殺せ」


巳影が印を組み呪文を呟くと、子音は再び無表情になって立ちあがって小刀を構え、士狼に襲い掛かった。


「てめぇ?!」


士狼は巳影を睨んで叫ぶが子音が斬りかかってきたので慌てて避けた。


「やめろ、子音! 目を覚ませ!」


子音は何度も斬りつける。動きは戦い慣れない素人のものだったが、士狼は手が出せない。


「アハハハハ! どうした? (なれ)の腕なら、娘ひとり斬り殺すくらい簡単だろう?」


「クソったれが!」


士狼は子音を軽く突き放し距離を取った。打つ手の無い士狼を嘲笑する巳影。


「人は他者を利用し生きて行く――利用するかされるか……そのどちらかだ。そして強者は弱者を利用するのさ、道理だろう? そうやってこの世は成り立ってるのさ……」


「それ自体は間違っちゃいねぇよ――だがな、それは上下じゃねぇ、対等だ。兎がいなきゃ獅子は食う物がねぇんだよ」


士狼の反論に巳影は顔を紅潮させて激昂する。


「獅子が兎に許しを乞うて食べるなど、聞いたこともない! 獅子は強者故に兎を喰らう――私はもう生け贄の兎ではない……獅子をも喰らう竜の力を得たのだからなぁ!」


それは哀憎怨怒色々なものを含んだ叫びだった。


「じゃあ、全てを食らい尽くした世界でも生きられるのかよ? たった一人で!」


士狼は巳影に内包された様々な感情があることを悟った。しかし感傷を許すような状況ではないことも承知していた。自分のどんな言葉も今の巳影には届かないだろうと――


「貴様に語る口などないわ……殺れ!」


巳影の命令で再び子音は士狼に襲い掛かる。さっきよりも激しく小刀を振り回している。


「ちくしょう、どうにかしてコイツの目を覚まさせねぇと……!」


士狼は何かを思いついたのか、腹を据えた表情に変わる。そして構えを解き子音に手招きをした。


「子音、ほら来い!」


子音は士狼の腕を斬りつけるが服を掠めた程度だった。子音は苦しそうな表情で躊躇っているように見えた。


「フン、もう諦めたのかい? つまらないねぇ」


巳影は呆れた表情で様子を見ていた。


「子音、どうした? そんなんじゃ俺は殺せねぇぞ?」


「うう……あああ……」


士狼は尚も手招きで子音を挑発する。それを見て子音は苦るしみ呻いている。


「子音!」


「わあああああ!」


士狼が子音を一喝すると子音は小刀を腰溜めに構えて士狼へと突進した。二人の身体がぶつかり、子音の手には士狼を脇腹を刺した感触が伝わった。


「し……士狼……」


子音は小刀を取り落として後ずさる。士狼は苦悶の笑みを浮かべた。


「子音、分かるか……俺が」


「ごめん……ごめんね……子音ずっとイヤだって思ってたのに――身体が……」


子音の目には涙がこみ上げ言葉には嗚咽が混じっていた。


「なぁに、気にすんな……ヘヘヘ……ちょっと痛てぇけどな……」


士狼は小刀を引き抜き捨てる。子音を心配させまいと笑顔を作ろうとしているが顔中に脂汗が滲んでいた。


「そんな……ばかな……」


巳影は泡を喰って目を丸くしている。


「おまえが子音の心を操ってんなら……なんかビックリさせりゃあ、或いはってな――うぅ……」


士狼は苦痛に顔を歪めて膝をついた。子音は驚いて士狼に駆け寄る。


「俺のことより、そいつをなんとかしろ……お前ならできるだろ、竜妃さんよ」


子音は士狼の言葉に頷き、懐から竜の宝珠を取り出して巳影の方を向く。その表情には怯えも迷いも無かった。


「小娘が……」


巳影は子音の意を決した表情を忌々しく思い、青筋を立てて睨んでいた。



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