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第十三話 辰美の願い

~第一幕・辰美(たつみ)の願い~


時を同じくして竜の泉、祠の中。竜妃(りゅうき)――であった辰美と士狼(しろう)が倒れている。辰美は意識を取り戻した。


「――士狼、生きて……いますか?」


士狼はわずかに呻いて指が微かに動いているが言葉は返ってこなかった。


「いけない、このままではこの人も……」


辰美はよろめきながら身体を起こし、士狼の前に座ると両手を胸の前で組み祈る様な仕草をした。


「聞こえますか――士狼」


辰美は士狼の心に祈るように問いかける――



(……さま……にい……兄様)



士狼は自分を呼ぶ声を聞いた。懐かしい声だ。



(兄様……起きて……)



士狼はそれが今は亡き妹、未夜(みや)の声だと気づいた。かつて自分の国の暴君を倒す反乱に巻き込まれ人質になり、命を落とした妹――



(未夜か……そういや、この森で前も夢に出てきたな……今わの際に俺を責めに来たのか?)



士狼はずっと妹を見殺し、ただ利用され捨てられ死ぬ事も出来なかった自分を責め続けていた。今やっと死ねる、そんな安堵感があった。



(私は……でも兄様はいいの? これで――終わっていいの?)



(これで……終わる……これ? これって……そうだ、俺は!)



「――士狼、聞こえますか?」


士狼は自分に語りかける声で目を覚ます。辺り一面真っ暗で眼を開けているのかわかりづらかったが、目の前には身体から淡い光を放つ竜妃が立っていたことで自分の目が開いていると判断できた。士狼は鉛の様に重い身体を起こして立ち上がる。


「ここは……なんだ?」


「よかった――これはあなたの心に直接語りかけています。現実のあなたは話すどころか身動きがとれぬくらいの状態なのです」


士狼は身体を確かめる様に手であちこち触れた。


「へえ、また不思議な……そうだ、どうなってるんだよ子音(ねね)巳影(みかげ)とかいうやつは」


「私は子音に竜妃の力の殆どを受け渡しました、もう僅かな力しか残っていません。身体も力尽きるでしょう……ですから――」


辰美は胸の前で両手で掴むような仕草をすると苦悶の表情を浮かべながら身体の中から光るものを引き抜いた。光はやがて形となり一振りの立派な剣となった。形状を喩えるなら仏像の持つような両刃の直剣で鍔は四つの爪のような形をしていた。


「士狼、私に残る全ての力をあなたに託します――どうか、竜妃を……」


辰美は剣を士狼に渡すと両手を胸の前で組み、祈る仕草をして頭を下げた。士狼は剣を両手で持ちしげしげと眺めた。


「こりゃあ……」


「私に残された最後の竜妃としての力全てを使って創りました、竜妃の剣――とでも言いましょうか。その剣なら……巳影の妖術や竜の力に対抗する事が出来ます」


「いいのかよ、俺なんかに全部任しちまって――」


「はい。私はもう、竜妃ではありません。じきに命も尽きるでしょう……それならいっそ、あなたに賭けたいのです」


辰美は微笑んだ。憂い、哀しみ含んだ儚げな笑みであった。


「竜妃……」


「言ったでしょう、私はもう竜妃ではありません。私の名は辰美、子音と同じ村で育てられた孤児でした――」


「じゃあ巳影が姉さんてのは――」


「そうです、私たちは実の姉妹です。(いくさ)で両親を失ってさ迷っている所を助けられ、この竜ヶ杜の村で育ちました」


「子音も同じような境遇だったな……竜の花嫁とか言ってたけど、俺は生贄か何かと思ってたぜ」


「生贄……本当はそうなのでしょうね。竜妃とは願いをかなえるという不思議な力を持つ宝珠に、水が出る様にこの祠で祈り続けるのが使命ですから。そして宝珠に力を吸い尽くされたあとは力尽きる……そう、村の為の生贄ですよね」


「村の為に自分の命を犠牲にすんのか? 言われるがままに? 何で逃げ……そうか、巳影ってのは――」


「本当は姉さんが――巳影が竜妃になるはずでした。幼い頃から不思議な力を持っていた巳影は、おそらく私なんかよりも凄い力を持った竜妃となり何年も何十年も務められたと思います。ですが、巳影は竜の花嫁として竜ヶ杜に行く前日に村から姿を消しました」


「気付いちまったんじゃねえか? 自分が生贄なんじゃないかって……」


「でも、私は――飢えて死を待つだけだった私たちを養ってくれた村を……村の為になるならそれしかないと思いました。だから私が代りに……しかし私は元々身体が丈夫では無かったので、竜妃としては短命だったようです」


「逃げ延びた巳影がどこぞであの術を身につけて宝珠を奪いに来たってことか。まあ、なんにせよ子音を返してもらうぜ――」


すると辰美の姿が徐々に光の粒となって消えていく。士狼は慌てて辰美の肩を掴もうとするがすり抜けてしまう。


「士狼……どうか、あとは頼みます、巳影を……姉さんを止めて……」


周囲が明るくなりやがて眼が開けられないくらいの眩しい光に包まれ士狼は意識が遠くなる。


「く……なんだ?」


士狼は気が付いて目を覚ますと俯せに倒れていた。立ち上がっても身体に痛みもなくすっかり回復している。


「さっきのは……夢?」


そう呟いたが、士狼の手には竜妃――辰美に託された剣が握られている。そして士狼の傍には辰美の着ていた巫女服だけが床に落ちていた。それを掴むとまだ温もりが残っていたことで士狼は辰美がどうなったかを悟った。


「まったく。どいつもこいつも、しょうがねぇな……」


士狼は遣り切れない思い呟いた。


「士狼!」


自分を呼ぶ声に振り向くと(うしお)たちが立っていた。


「お前、生きてたんだな! さっき、巳影とかいう奴が来てめちゃくちゃヤバかったんだよ、子音も操られちまって!」


士狼は騒がしい潮の声に少し安堵した。


「俺もそいつに殺されるところだった。竜妃に助けられてなんとかな……」


古兎乃は士狼が握っている巫女服を見て察したように顔を強張らせた。


「まさか、その服は竜妃って人の――」


「ああ。俺を助ける為にな……」


士狼は握っていた竜妃の巫女服をそっと床に置いた。


「士狼、これからユーはドウするつもりだ?」


タイガーJが士狼に訊ねると士狼は微かに笑った。


「決まってるだろ、子音を助ける――」


士狼がそういった次の瞬間、辺りが揺れ地響きが聞こえた。


「なんで、こんな時に! まさか巳影とかいうやつの仕業か?!」


「もしかして、この洞窟が崩れるんじゃあ……」


士狼とタイガーJは揺れに対して片膝をついて警戒し、潮は床に伏せた。古兎乃はタイガーJにしがみ付いていた。


「これはキケンがデンジャーね……」


「おまえらはとりあえず洞穴から逃げろ、俺はあの巳影とかいう奴を追う」


「おい、アイツは妙な術使いやがるんだよ? お前一人でどうしようってんだ!」


潮は立ち上がって士狼の傍に近づく。


「俺はこの竜妃に命を救われた。そして俺に巳影を止めろって、言い残してな。なにより、子音の奴を放っておけねぇだろ?」


士狼は潮を見つめ返してそう答えた。


「みんなどうするの?」


古兎乃(ことの)は不安そうに訊ねる。士狼はそんな古兎乃の頭にポンと触れて微笑む。


「ほら、早く行けよ」


「OK……シヌなよ、士狼」


「アンタに懸かった賞金はアタシらのもんだからね! 勝手にくたばるんじゃないよ!」


潮たちは祠を後にし、士狼は三人を見送った。


「この期におよんで結局は剣頼みか、因果だな……いや、人斬りしか能の無かった俺の剣で今度は人を救えっていうのも因果だとしたら――そういうことだな、未夜」


士狼は託された竜妃の剣を見つめて呟いた。


~第二幕・敵の敵は……~


亥藍(がいらん)鷹茜(ようせん)に肩を貸しながら参道の奥を目指して歩いていた。鷹茜は痛みで意識が朦朧としていて、歩くのがやっとの様だった。亥藍も肩口から胸にかけて大きな傷があるのでその痛みは想像に難くない。なんとか少しずつ歩いていくと視界が開け、大きな泉と祠が見える。その泉の畔に葛恵(かつえ)が倒れていた。


「おい、葛恵!」


亥藍は葛恵のもとに近寄り、呼びかける。


「亥……藍殿? 鷹茜様――っあぐ!?」


葛恵は意識を取り戻し重傷の亥藍と鷹茜に気付いて驚くが自分の身体にも激痛が走り身体をくの字に曲げて呻いた。


「落ち着け、兄者は生きてる。お前こそ何があった?」


葛恵はわき腹を抑えながらゆっくり身体を起こした。


「あの祠の奥に何か隠された場所が……私はあの竜妃に仕えていた精霊とかいう奴に襲われ……なんとか逃げたのですがこの様です……うぅ……」


葛恵は苦痛で座っているのも苦しい様だ。亥藍は葛恵を鷹茜を担いでいる肩の反対側の肩に担ぎ上げた。


「が、亥藍殿?!」


「うるせえ、怪我人は黙ってろ」


「亥藍……俺を置いて、葛恵を連れて逃げろ……」


鷹茜は亥藍の肩に回した腕を外そうとしたが亥藍は離さなかった。


「兄者もだ、怪我人は黙ってろ。いいから一緒に逃げるぜ……たまには弟の言う事も聞けよな」


亥藍は来た道を引き返して歩き始めたが、傷口から血が滲みだし苦痛に顔を歪めた。


「クソ、情けねぇ。こんな傷ぐらいで」


「亥藍殿、私など捨て置いて鷹茜様とお逃げください……」


「だから黙ってろって……お前を連れて帰るためにわざわざ来たんじゃねえか」


葛恵は亥藍の意外な言葉に驚いた。


「まあ、お前と二人で兄者をなんとかって思ってたんだがよ、まさか怪我人二人担ぐ羽目になるとはな」


亥藍は脂汗を流しながらにやりと笑うが、痛みで膝を屈しそうになる。


「ぐぅ……クソがぁ!」


そこに竜の泉の祠で士狼と別れた潮とタイガー(ジェイ)と古兎乃が通りがかった。亥藍たちを見つけ恐る恐る近づく。


「あっ! ちょっと、大丈夫? 潮!」


「てめえら……うるせえ、あっち行け!」


亥藍は振り返りもせずに二人を担いでよろよろと歩いている。


「お、オイ! お前その傷でそいつら抱えていくつもりか?!」


潮は亥藍の前に回るとそう問いかけた。


「うるせえ……お前らには関係ねぇ……ぐ!?」


亥藍は痛みで膝をつく。その衝撃で葛恵が落ちそうになったのを潮が支え、そのまま背負った。


「貴様……何のつもりだ……くぁ!?」


葛恵は抵抗しようとしたが苦痛で動けない。


「何のつもりもカンのつもりもないよ、動けないんだろ?」


潮は仏頂面で答えた。


「この洞穴崩れるかもしれないから、一緒に逃げようって事だよね潮?」


「俺たちは敵同士だろうが……何で!?」


亥藍は青筋を立てて怒鳴った。タイガー(ジェイ)が亥藍の顔の前で人差し指を立て左右に指を振り「チッチッチ」と舌を鳴らしドヤ顔で答える。


「テキノ敵は味方ネ」


「今のあなたたちは敵という以前に怪我人だから、助けて当然……でしょ? 潮」


古兎乃は潮の目を見て微笑んだ。


「そういうこった。諸々の落とし前は、逃げられてから付けてもらうから、心配すんなって」


潮もニヤリと笑う。


「お前ら……」


亥藍は毒気が抜かれた表情で潮たちを見ていた。


『ここにいたのね』


聞き覚えのある声が響き渡る。声の主を探して辺りを見回したその時、泉の中から人が現れた。それは竜妃に仕える泉の精霊・瑪那(まな)であった。

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