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第十二話 竜を操る白蛇

~第一幕・竜の泉の奥~


竜の泉への参道で(うしお)たちと鷹茜(ようせん)たちが巳影(みかげ)と対峙していた頃、先行した鷹茜の部下・葛恵(かつえ)は竜の泉へと辿り着いた。泉の中ほどにある祠は争った跡があり入り口が壊されていた。しかし祠の中には追っていた子音(ねね)という娘は居ない。一本道だったからすれ違わなかったという事はまだ奥に道があるのだろうか。娘を連れていた士狼(しろう)という男と竜妃(りゅうき)と名乗った女が倒れていて二人とも意識がなく虫の息だ。


摩示羅(ましら)は……居ない。この奥にまだ何か――」


葛恵が祠の中を探ると奥に御簾(みす)がかかっており祠の裏に抜けられるようになっている。先に道があるが行き止まりになっていてそこには小さな滝があった。葛恵は滝の裏側を覗いてみるが、ただの岩のようにしか見えなかった。


「道があるということは何か仕掛けがあるのか……」


葛恵は怪しいところが無いか(つぶさ)に周辺を調べたが特にそれらしいものは無かった。


「何をしている、人間?」


葛恵は真後ろから突然話しかけられ思わず飛びずさった。全く気配を感じなかったからだ。


「子供? お前は、竜妃と一緒にいた……」


それは竜妃に仕えている竜の泉の精・瑪那(まな)であった。


「なんか気配がしたと思ったら……この先は竜の間、お前みたいな汚らわしい人間が来ていい場所じゃないよ」


「何だと……」


葛恵は小刀(こがたな)を抜いて身構えた。


「もっとも、この先に入れるのは竜妃様か竜の泉の精である私くらいだけどね」


「竜妃? 竜妃なら祠の前で倒れているぞ」


瑪那は鼻で笑った。


「あれは先代の竜妃、辰美(たつみ)様よ。先ほど代替わりされて、今は子音様が私の主」


「摩示羅は――お前たちを脅していた男は?」


「ああ、あいつ? 食われたよ、竜の宝珠に」


瑪那は幼い顔で無邪気に微笑む。それが葛恵にはとてつもなく恐ろしく感じた。


「動くな、じっとしていれば殺しはしない……」


葛恵は小刀を構えて瑪那を威嚇した。だが瑪那は意に介さずクスクスと笑っていた。


「何が可笑しい? 子供だから殺されないとでも思って舐めてるのか――」


葛恵は宙返りで瑪那の背後に回り込み腕を抑え、首筋に小刀を押し当てた。


「では、今の竜妃の居場所へ案内してもらおうか?」


「フン、馬鹿じゃない?」


瑪那は鼻で笑うと首筋に当てられた小刀を無造作に手で掴み刃を折った。


「な!?」


瑪那が掴まれている腕を振り回すと葛恵が放り投げられた。地面に打ちつけられた痛みに葛恵は悶絶していた。


「ぐ……はあ……はあ……なん……で……」


「人間が精霊に勝てるわけないじゃん……フフフ」


瑪那は倒れて痛みに藻掻いている葛恵を嘲笑い、止めを刺すべく葛恵に近づく。葛恵は必死に懐から球を取り出して地面に投げつけた。球は「パン」と破裂し煙がもくもくと沸き出てきた。


「なによこれ?」


煙幕で視界が塞がれた。瑪那は水を掻くように手を動かして煙を払う。そうしているうちに「どぼん」と何かが水に落ちる音が聞こえた。


「あ、逃げる気?!」


瑪那が水音がした方へ辿り着くと徐々に煙幕が切れ視界が戻ったが葛恵の姿は無かった。


「まあいいか。いつでも始末できるし、今はそれどころじゃないからね」


瑪那はそういうと滝の方へ歩いて行き、滝の裏側の岩の中へ吸い込まれるように消えて行った。


竜の祠のある泉の対岸、橋のたもと辺りの岸辺に葛恵が泳ぎ着いた。疲労困憊で顔は青ざめ、わき腹を抑え咽て咳き込んでいる。


「はやく……鷹茜様に……」


しかし葛恵は痛みと疲労で意識が遠のいていくのを感じていた。



~第二幕・参道での戦い、そして~


再び参道――巳影に操られた子音の竜妃としての力で凄まじい衝撃波を受けた潮たちと鷹茜、亥藍(がいらん)は爆発で吹き飛ばされたように倒れていた。しかし致命傷ではない様で皆痛みに耐えながら立ち上がろうとしていた。


「ぐ……巳影様、何故……我らまで……どういうつもりだ!」


「子音……お前……一体、どうしたんだよ!」


鷹茜は低く大きな声で巳影に問い、重なるように潮が子音に向かって叫んだ。


「ふむ、操りきれていないか……やはりまだ同調が甘いようだな、この程度の力か」


巳影は鷹茜と潮の言葉に全く意を介さず、自らの掌を眺めていた。


「ホワット?! どういうコトダ!」


「操る? 同調? ……まさか」


古兎乃は何かに感づいたように目を見開いた。


「ほう、察しがいいな。そうだ、もはやこの娘は(わらわ)の意のまま……そして、今やこの娘が竜妃! つまり、妾は竜神の力を手に入れたのだ……ハハハハハ!」


巳影は悦に入った表情で高笑いした。


「――だからって何故、俺たちまで……ふざけんじゃねえ!」


亥藍は立ち上がり段平(だんびら)を巳影に向け怒鳴った。


「フン、使えんゴミだから始末する……道理であろう?」


巳影は嘲笑し、蔑みの表情を浮かべていた。


「ゴミ……ゴミだぁ?! 今まで……俺や兄者がどれだけ――」


亥藍は青筋を立て歯ぎしりをしながら巳影を睨む。巳影はうんざりしたような表情でため息をついた。


(いくさ)で死にかけていた(なれ)らを助けたのは妾だ。それをどうしようが妾の勝手」


「テメェっっ!!」


亥藍は段平を大上段に構えて巳影に向かって突進した。巳影が再び印を結ぶと子音が手に持った宝珠を構える。すると宝珠は輝きを放ち、亥藍は急に段平を取り落とし固まって動けなくなった。


「な……にを……」


亥藍は動きを封じられながら苦悶の表情で巳影を睨んだ。


「なんだ、そんなに早く死にたいのか? では望み通りにしてやろう――」


巳影が印を組み替えて何かを呟くと子音が宝珠をかざす。すると宝珠は一層輝きを増す。その時鷹茜が亥藍に体当たりして突き飛ばした。刹那、激しい閃光と爆発が起こり鷹茜がぼろ雑巾のようになって倒れた。


「あ……兄者?! 何で……」


亥藍は唖然とした表情で鷹茜を見た。


「いいから……早く……逃げろ……」


鷹茜は刀を杖替わりにしてふらつきながらなんとか立ち上がろうとしていた。


「そんな……兄者を置いてなんぞ……俺は………」


「バカ野郎……たまには……素直に……俺の言うことを――聞け!」


亥藍は手を伸ばすが鷹茜は拒否した。


「くだらん……順番が変わっただけだ。すぐに後を追わせてやろう」


巳影は呆れたように冷めた表情だった。


「み……巳影ぇぇぇ!! 殺す! ぶっ殺してやる!!」


亥藍は殺意を剥き出しながら熊が威嚇をするように両手を高く挙げ段平を構えた。潮たちはその状況を見守っていた。


「一体、どうなってんだ?! 子音の奴……」


「よく分からないけど、子音は竜妃の力を受け継いだみたい……でも」


「あの巳影とかいうやつに操られた……ってわけかい」


「二人とも、逃げる準備はしておくネ、こいつはリアリー危険がデンジャーヨ」


(ジェイ)……分かった」


潮たち三人は顔を見合わせて頷いた。


『竜妃様、真なる契りの準備が整いました。竜の間へお越しください』


なにやら声が響き渡った。巳影と子音は動じていないがそれ以外の者は辺りを見回すが誰もいなかった。


「分かった、すぐに行く」


子音は無表情のまま抑揚のない声で答えた。


「急用ができた。汝らを殺すのは後回しだ――逃げたければ逃げてもよいぞ? 妾は寛大だからなあ……ハハハハ!」


巳影は笑いながら再び印を結び呟くと子音が洞穴の奥へ歩き出した。巳影もそれに続く。


「逃がすかぁっ!」


亥藍が巳影の去り際にとびかかった。子音が振り向き宝珠を亥藍に向け輝かせると、亥藍は袈裟懸けに血を吹き出して膝をついた。


「フン、本当にくだらん奴だ。フフフ……ハハハハ!」


巳影は高笑いしながら洞穴の奥へ子音とともに消えて行った。鷹茜も糸が切れた様に膝から崩れ落ちた。潮たちは鷹茜と亥藍の元に近づく。


「お、おい! お前、大丈夫か!?」


潮とタイガーJは亥藍に駆け寄った。タイガーJは亥藍の傷口を診る。


「キューショはハズれてイル……」


「……俺に触るな」


亥藍はJを手で突き放した。


「なんだよ、コイツ――」


潮はその態度に苛立ち、亥藍に喰ってかかろうとしたが傷を見て自重した。


「こっちの人……ヤバイかも」


「兄者に触るな!」


古兎乃が鷹茜の容態を見て深刻な表情をしていた。亥藍が立ち上がり鷹茜に近づいて古兎乃を追い払う。古兎乃はタイガーJに訴える様な視線を送る。Jは肩を竦めて首を傾げた。


「そうだ二人とも、士狼を探さないと――子音の事もあるし」


古兎乃は潮とJに訴えた。


「そうだった! でも、コイツらどうする?」


潮たちが視線を向けると亥藍は鷹茜を抱き起し容態を診ていた。


「行け……行けよ。俺達に構うな」


「なんだよ、人が折角心配して……ったく。行くよ、二人とも」


「う、うん」


「オーケイ」


潮は唇を尖らせながら洞穴の奥へ向かって立ち去る。古兎乃とJもそれに続いた。



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