第十一話 交錯する剣
~竜の泉への参道での戦い~
子音が竜妃を受け継ぎ、巳影に操られてしまった頃、洞穴内部の泉へと続く参道には先行した士狼を追って、潮・古兎乃・タイガーJの三人組がいた。石畳と灯篭が奥に続いている一本道なので迷わず一直線に進んでいた。
「ちゃんと灯篭にあかりが灯ってるから分かりやすくていいねえ」
「方向音痴の潮でも迷わないでいいねこれ」
「古兎乃、あとで覚えときなさいよ?」
潮と古兎乃は冗談を言い合っているが表情には緊張感があり、小走りのまま歩みは止めていない。その時突然、すぐ後ろにいたタイガーJが前を並走していた潮と古兎乃を押しのけ横に躍り出て抜刀し刀を振り回す。金属音が二回鳴り響き、地面に手裏剣が二つ刺さった。
「タイガーJ!?」
潮は押しのけられた事に抗議しようとしたが、事態をすぐに把握し立ち止まって辺りを警戒した。
「ハヤイな……もう追いつかれたみたいネ」
Jは刀を鞘に納めてから被っている皮帽子のつばを右手の人差し指と中指で「クイ」と上げ、腰だめに抜刀の構えを取った。
「手裏剣――あの忍びっぽい女か……」
潮が薙刀を構えて警戒した時、古兎乃はゴム紐を結んだY字の棒――パチンコで小石を潮の後方に向けて撃った。小石は灯篭の一つに当たり、灯篭の陰から忍び服の女――葛恵が飛び出した。
「居たよ!」
「でかした古兎乃!」
潮は葛恵の居場所を見つけた古兎乃を褒めながら葛恵に向かって薙刀を振り回しながら突進する。
「うりゃあ!」
潮の気合一閃、上段下段と連撃を放つ。葛恵は連続で後方に手をついて回転して躱す。
「ええい! すばしっこい奴だね――」
潮は葛恵の視線が自分の後ろにあることに気付いた。
「潮!」
古兎乃の声に反応して後ろに目をやると、鷹茜と亥藍が追いつきつつあった。
「終わりだな、これで」
葛恵は余裕の表情で潮を挑発する。潮は苦虫を噛み潰したような顔で葛恵を睨むと古兎乃とタイガーJの位置まで下がった。潮とタイガーJは古兎乃を挟むように背中合わせに構えた。追い付いた鷹茜と亥藍。亥藍は段平を抜き放ち一歩前へ出る。
「てめえら、もう逃がしゃしねぇぜ……」
「ハン、子音にはアタシらをこの森から出してもらわないといけないからね、アンタらに連れ去らせるわけにはいかないんだよ!」
潮は亥藍を睨み返して啖呵を切った。
「いい度胸だ、じゃあここで叩き斬ってやるぜ! かかってきな――」
構え直した潮の前に刀を鞘に納め抜刀術の構えを取ったタイガーJが一歩前へ出た。
「OK……カマーン!」
「J!?」
「潮、ユーでは荷がヘヴィね。拙者にまかせてモラオウ」
「J、二対一とかやれんの?!」
「まあナルヨーにナルネ」
タイガーJは潮に向けて拳を突き出し親指を立てた。そのやりとりを見ていた亥藍は鷹茜の方に視線を送った。鷹茜は亥藍に頷いて答えた。それを見て亥藍は不敵な笑みを浮かべた。
「俺はなあ、今回の件でずっと鬱憤が溜まってたんだよ……やっと思うさま剣が振るえるぜ!」
亥藍は首や肩を回し骨格を鳴らしている。J達が亥藍の仕草に気を取られている時、葛恵は鷹茜に目配せをし鷹茜は顎で指図をしていた。葛恵は頷き、音もなく立ち去った。
「亥藍、一対一でよもや遅れは取るまいな?」
鷹茜は腕組みをしながら鋭い眼光で見据えている。
「おうよ!」
亥藍は鷹茜の方を振り返らず攻撃的な笑顔で段平を上段に背負って構えた。
亥藍の気迫なのかタイガーJよりも一回り以上大きい男が、さらに一回り大きく見えた。その気迫に息をのむ潮と古兎乃。しかしJはその気迫を正面から受け止めていた。短く口笛を吹き、人差し指を左右に振りながら「チッチッチ」と舌を鳴らす。その様子を見てJをギロリと睨む亥藍。Jは亥藍にその人差し指を招くように「くいくい」と二回曲げて挑発した。次の瞬間亥藍は怒号と共にJに向かって踏み込んだ。
「どるぁ!」
亥藍は踏み込みからの上段袈裟懸け、そのまま下から切り返して逆袈裟、そして横一文字斬りの三連斬りでJを斬りつけた。Jは袈裟掛けと逆袈裟をわずかに動いて躱し、横一文字を屈んで避ける。この時Jの右腕に切先が掠めたのか袖が裂け血煙が舞い、皮帽子がはじけ飛んだ。が、Jはその瞬間を狙って屈むと同時に抜刀して横一文字斬りを放つ。「どん」という肉を打つ音が響くと亥藍は白目を剥き前のめりに倒れた。
「流派・絶刀――愛」
タイガーJはそう呟くと深呼吸して立ち上がり地面に落ちた皮帽子を拾って目深に被りなおした。皮帽子はつばが裂けていたので目深にかぶっても片目が見えていた。Jの右腕からはぽたぽたと血が垂れているが意に介さず鷹茜に向き直り構えを取る。鷹茜は刀を抜きながらJに近づいてきた。
「貴様、峰打ちとはな。甘い――いや、亥藍を手玉に取るほどの腕ということか」
Jは首を横に振る。
「ノー。拙者は人斬りでは無いネ。避けられる殺生なら避けるのデス。ミーも紙一重で斬られたネ。ユーのブラザーもなかなかの使い手ヨ」
「世辞はいい。貴様に亥藍を斬らずに打ち倒せる余裕があったということは、そういうことだ」
Jと鷹茜は言葉を交わしながらお互いに間合いを計りつつ近づいていた。その時亥藍が大きく息をして飛び起き、自分が斬られた位置を手で探った。血が出ておらず痛みだけが残っていたことで峰打ちを喰らったことを悟った。
「お、俺は……クソったれがぁ!」
亥藍は叫びながら地面を拳で殴った。鷹茜はそんな亥藍を一瞥し、再びJを睨む。
「兄者待ってくれ俺は――」
「お前はそっちの娘どもを見張っていろ、こやつは俺が斬る」
鷹茜はJと対峙しながら亥藍とは目を合わせず指示を出した。亥藍は渋々といった表情で潮と古兎乃の方を睨みながら段平を構えて威圧する。タイガーJと鷹茜はじりじりと間合いを詰める。場の緊張感が最高潮に達した時、鷹茜が一気に間合いを詰め凄まじい速さの三連突きを放った。Jは2発目までは躱したが3発目はいつの間にか抜いた刀で受け流していた。2人は後方に軽く飛び間合いを空けた。
「俺の三連突きを受けて生きている奴を初めて見たぞ。やはり亥藍を手玉にとっただけはあるな」
「反撃できず刀で受けさせられるとは、士狼とアンタで2人目だ」
「どうしたあの妙な口調は。アレも油断させるための術なのか?」
Jは「ヒュウ」と口笛を吹きニヤリと笑う。
「ソーリー、ミーとしたことがユーが強すぎたのでついうっかりキャラを忘れてしまったデース」
「何を言ってるのかよく分らんがこの状況でお道化られる胆力は感心するぞ」
鷹茜も口の端を上げ含み笑いをしていた。二人が再び刀を構えて対峙しようとした時、異様な気配が洞穴の参道の奥から近づいてくるのを感じた。
「うぬら、まだそんなことをしていたのか?」
女の声が周囲に響き渡り、参道の奥から子音と巳影がゆっくり歩いてきた――いや、足元が宙に浮いていた。
「オヌシ、ナニヤツ!?」
タイガーJは女の持つ異様な気配に恐ろしいものを感じた。
「巳影様!?」
鷹茜と亥藍は同時に叫んだ。
「巳影……この女がこいつらの首領かい?」
潮は状況を把握しようと殊更独り言のように話している。
「子音!!」
古兎乃は子音が巳影の後ろにいることに気付き名を叫んだ。しかし子音は無表情のままだった。
「巳影様、摩示羅は……」
「死んだ。奴も所詮はただの小悪党、妾を出し抜けるような器では無かったわ」
鷹茜は巳影に摩示羅の事を訊ねたが、鷹茜を一瞥し鼻で笑った後に無表情で冷徹に言い捨てた。
「オイ、子音! お前、捕まったのか?!」
「シロウは……士狼はドウした!」
「あの竜妃とかいう人は……」
潮と古兎乃とタイガーJは子音に矢継ぎ早に言葉を投げかけるが無表情のまま視線すら動かさない。
「フフ――この娘にはもう何も聞こえん……妾の声以外はな」
巳影は鼻先でせせら笑うとそう言い放った。
「お前……どういうことだい!?」
「巳影様、それは一体どういう事になってるんですかい?!」
潮は巳影の態度に憤りを感じながら問い返す。亥藍は状況がいまいち把握できず潮に被せる様に問いかけた。
「鷹茜、亥藍、汝らはこんな雑魚どもも始末できんのか……思ったより使えん奴らだったな」
「巳影様?!」
巳影からは状況の説明ではなく自分たちを蔑む言葉が返ってきたことに亥藍は何を言われているのか理解できず、助けを求める様に鷹茜を見た。鷹茜も眉間に皺を寄せ見たことのない驚きの表情をしていた。
「巳影様……一体どういう状況でありましょうか? お教え願いたい」
鷹茜は鋭い視線で睨みながら低い声で巳影に訊ねた。
「状況? 状況か――」
巳影は両掌で印を結び微音で何かを呟いた。すると子音がスッと巳影の前に出て表情が無いまま懐から淡く輝く宝珠を取り出し「はぁっ!」と声を上げた瞬間、宝珠は輝き周囲一帯に光の波動が放たれ爆発音が響き渡りその場にいた者たちに衝撃波が襲い掛かった。




