第十話 囚われる花嫁
~受け継がれる力と巳影の狙い~
子音を人質に竜の宝珠を手に入れようとした摩示羅は「許された者のみしか触れられない」という竜の宝珠に触れたために宝珠に取り込まれてしまう。そこに巳影が現れ竜妃は巳影と戦うが、巳影の力に圧倒される。士狼も巳影に立ち向かおうとするが、不思議な術で身体を動けなくされてしまった……
子音の頭の中に竜妃の声が聞こえた
「聞こえますか? 子音……」
「え?……竜妃さん?」
ふと子音が周りを見ると子音と竜妃以外のものが色を無くしモノクロになり、時が止まったかのように見えた。
「今、あなたの心に直接語りかけています、ここは私とあなたの心の中の世界です」
倒れていた竜妃はゆっくりと立ち上がり子音の目の前に近づいてきた。
「竜妃さん、大丈夫!?」
竜妃は頷くと子音の手を両手で包み込むように握った。
「今からあなたに竜妃の力を渡します……あなたなら……姉さんに……巳影に勝てるはずです……」
「私に? で、できるの……かな」
子音は憂いの表情で竜妃に訊ねた。
「こうして今私と話が出来ているということはあなたが正真正銘、竜妃を継ぐ資格があるということです。あなたは竜の花嫁なのですから……」
「わたしがみんなを助けられるの?」
「ええ。宝珠もあなたを認めています。何より、若くそして感受性も強いようですからきっと――」
「そっか……うん、分かった。やってみる!」
子音は意を決して応えた。竜妃はその言葉を聞き頷いてから一歩下がり、両掌で印を結び流れる様に組み換える。
「我、ここに申し上げる。まさに今、彼の力を返上し奉る。願わくばその力、新たな竜妃に授けんことを――」
竜妃は懐から竜の宝珠を取り出す。宝珠は眩しい輝きを放っている。
「さあ、受け取りなさい――今からあなたが竜妃です」
子音は手を伸ばし、竜妃から輝く宝珠を受け取った。その瞬間子音の中に熱く激しい何か力の流れの様なものが宝珠から流れ込んでくるのを感じた。
「あ……ああ……」
子音は恐ろしくなり宝珠から顔を背けた。
「大丈夫です、受け入れなさい。それが宝珠の力――あなたの力になるのです」
竜妃は目を瞑り両掌を胸の前で組んで祈る仕草をした。子音は目を瞑り恐る恐る宝珠を胸元に寄せて両手で包むように覆う。その時子音は大きな力が身体の中で弾けるのを感じた。頭の中に何かが割れる音や獣の咆哮のような音が響いた。子音が目を開けると周りはモノクロではなく、倒れて動けない士狼、苦しそうに座り込んでいる竜妃とそれを介抱する瑪那、そして不気味な淡い紫色の光を纏った巳影がいた。子音が竜妃から力を受け継ぐ直前の光景そのままであった。
「うあ!?」
竜妃の横で瑪那が突然糸が切れた人形の様に倒れた。それを傍目に竜妃はゆっくり立ち上がり、子音に向かって両手を伸ばす仕草をした。
「今この時より、あなたが竜妃です……」
子音の手掌には蒼く光る竜の宝珠があった。
「わかる、わかるよ……私が、竜妃――」
子音は全身が淡く蒼い光に包まれ、自分の中で先ほどまでの恐怖心が消えているのが分かった。巳影は子音の方を向き、両掌で印を結び呪文のような言葉を唱える。
「火焔」
子音の足元から全身を包むほどの炎が噴き出す。が、子音が宝珠を掲げると蒼く光り輝き炎は一瞬でかき消された。
「ふむ、なるほど。やはりな、弱った辰美とは違い生半可では効かないか――」
巳影は全く焦る様子もなく冷静にまた異なる印を結び、今度はそれを士狼に向けた。
「羂索」
巳影が呪文を発すると巳影の結んだ印と士狼の身体が光る縄のようなもので繋がり、士狼は巳影の方へ引き寄せられる。
「うお!?」
士狼は身動きが出来ず這いつくばったまま引きずられ巳影の足元へ手繰り寄せられた。
「士狼!?」
子音は驚き声を上げた。
「動くんじゃないよ。ヘタなことすれば……フフフ」
巳影は懐から短刀を取り出し士狼に突きつけた。元――竜妃である辰美は叫ぶ。
「何を……無駄な足掻きはやめなさい!」
辰美の言葉に高笑いをし、士狼の喉元に刃を近づける巳影。
「アハハハ! 無駄? そう思うかい? お前にアタシの術が効かなくても、コイツはアタシの術で動けないままだからねえ、喉をかき切るくらい容易いさ」
「や、やめて!」
子音は声を上げた。巳影はその様子を見てほくそ笑む。
「じゃあ、ゆっくりこっちに来て貰おうかい?」
巳影は子音を手招きした。子音は巳影と士狼の方へ一歩踏み出した。
「子音!? だ、駄目です――」
辰美は子音を止めようとするが咳き込んでうずくまる。
「馬鹿……俺なんかに構うな……こいつを――ぐあ!」
士狼が声を絞り出し子音を止めようとするが巳影が士狼の髪を掴み顔を地面に叩きつけた
「いいからおだまり!」
巳影は士狼の髪を掴み地面に擦り付けている。士狼は低い呻き声を上げている。
「やめて! そっちに行くから……」
子音は巳影に近づく。
「そうそう、素直なコは好きだ……よ!」
「ぐあ!?」
巳影は士狼の背中を短刀で刺す。士狼は悲痛な叫びを上げた。
「士狼!!」
子音が驚き悲鳴を上げたその時、巳影は両掌で印を組み呪文を発した。
「遍入」
その瞬間に子音が纏っていた淡い光と宝珠の輝きが消え、子音は糸が切れたように倒れた。その状況に辰美は青ざめ戦慄いた。
「な、なに……を」
「クククク……ハハハハ!……アハハハハ!!」
巳影の高笑いが周囲に響き渡る。
「待ってたのさ、この時をね――アタシは竜の宝珠に触れることは出来ない。かと言って、宝珠を妖力で操るのは生半可な事じゃない。じゃあ、どうする?」
辰美は巳影の言葉を思い巡らし得た結論に絶望した。
「竜妃になった人間を操る……」
「ご名答……あはははは!」
「まさか――しかしだったら何故、私をそうしなかったの? 弱っている私ならもっと容易いはず……」
「弱ってるからさ……何時くたばるか分からない奴より、若く未熟な娘を操った方がいいからねえ」
「なんて事を……」
狼狽した辰美は血の気が引いていくのを感じた。
「さあ竜妃、立つんだよ」
巳影は子音に声をかけながら指をパチンと鳴らした。その音と共にゆらりと立ち上がる子音。同じく辰美の傍にいる瑪那も立ち上がった。
「そんな……瑪那まで!?」
「思った通りだ。竜妃を支配すれば泉の精も……フフフ」
巳影は子音と瑪那を伴い、立ち去ろうとしてた。
「姉さん……一体何を……」
すっかり肩を落とした辰美は弱弱しい声で巳影に訊ねた。巳影は辰美に背を向け独り言のように呟く。
「さあ、何をしようかねぇ……ま、アンタにはもう関係ないことだよ、辰美」
そして殊更嘲笑うかのような表情で振り返る。
「フン、せいぜいそこで野垂れ死ぬがいい……アハハハ! さあ、竜妃よ付いておいで」
巳影が指を何度か鳴らし来た道を引き返し始めると子音と瑪那は無表情のままふらふらと後をついていった。
「ねえ……さん……」
辰美は激しく咳き込み胸を抑えて苦しんだ。
「まだ――まだ何か……手が……」
辰美は両手を組んで額に当て考え倦んでいた。




