エドワード・コール・ターラント子爵 2
「こんな風に興奮するようでは、今後の社交もままならないであろう。どちらかで療養されてはいかがだろうか?」ダウニング侯爵の言葉に、私は飛びついた。
「ええ、領地にて静養させることにします。お心遣いに感謝いたします」
「夫人とは又従兄妹同士故にこれまで気安い付き合いをしていたが、いつまでもそのままというわけにも行かないのでな。今後は侯爵家と子爵家という距離を守ってくれ」
そう言ってこの場を立ち去るダウニング侯爵を、目礼で以て私は見送った。
残された私たちは……何を言えば良いのだろう?
「あの子を呼びなさいよ」ジェインがなおも叫ぶ。
「あの子?あの子とは?何を言ってるんだジェイン」
「ほら、わたくしが産んだあの魔力なしよ!」
「……?ジェイン、どうしたんだ。私たちの長女なら学園を卒業後に籍を抜いて平民になっただろう?」
私はジェインが言い出したことに、おののいた。
「何を言ってるのはあなたの方よ!あそこにいたじゃないの、あなたも知ってるでしょう?シーラ」
「……驚きました。お母様がアメリアお姉様のことを覚えていたことに」シーラも、心底驚いた様子で小さく呟いた。
「忘れるわけがないでしょう!あんなに痛い思いをして産んだのに、魔力なしだなんて!それでも学園を出るまでは面倒を見てやったのだから、恩を返すのは当然でしょう」
ジェインは興奮のあまり、言ってはいけないことを話していることに気がついていないようだった。
「魔力なしが、どこでどうしたのか準王族になっているだなんて、せっかくの立場なんだからわたくし達を優遇するのが当然でしょう?」
ああ、そこまで言ってしまった……私はジェインを止められずにオロオロするばかりだったが、その時二人の男性が現れた。
「どうやら大変興奮状態にいらっしゃるようですね。妄想が口をついて出ているようですので、安静剤を投与します」
「ダネル先生、お願いします」とシーラが彼に向かってそう言った。
男性の一人は先程までのパーティーで、主賓のような立場にいた眠り病の専門家の医師だった。
ダネル医師は、持っていたカバンから薬品を取り出して、最近出回りだした注射器を使って、ジェインを静かにさせた。
「これでしばらくは眠られるはずです。こちらの部屋で様子を見ましょう」ダネル医師が腕で示した方には、ベッドと机、洗面台のある小さな部屋があった。
ダネル医師のお付きの男性が、ジェインを横抱きにし手運び、ベッドに横たえた。よく見るとそのお付きの男性も
先程のパーティーで紹介されていたケイリー・ダウエル卿だった。
「ケイリー卿、ありがとうございます」シーラが彼に頭を下げていたので、私もケイリー卿に向かって会釈した。
「ありがとうございます。ここまで取り乱しているのを見たのは初めてですが、落ち着かせて下さって助かりました」私はダネル医師に向かって言った。
「先ほど侯爵にも言いましたが、今後は領地の方で静養させようと思っています」誰に言うでもなく私の口からこぼれ出たセリフに、娘のシーラが言った。
「お母様に言うことを聞かせられるの?」娘がそう言うのも尤もだと、私は苦笑した。
「こればかりは聞かせなくてはなるまい。妄言を人には聞かせられないだろう?」
「妄言って」シーラが何やら言いかけたが、私は最後まで言わせる気はなかった。
「妄言でしかないだろう?自分の産んだ子がアメリア様だなんて?私たちの長女のアメリアは、既に平民になっているんだ」私はシーラに向かって一語ずつ強調するように言った。
「お父様……」シーラも分かってくれたようだ。
「奥様の意識が戻られる前に、馬車でお宅までお送りいたしましょうか?」ダネル医師が気を利かせてそう言って下さったので、私はそれに甘えることにした。
「先に屋敷に人をやって、受け入れの準備をさせておきます」私は、牢のあった区域から離れて、自分の侍従を呼び寄せ家令に用意を言付けた。
何やらもの言いたげなシーラに、私は今度時間が出来たら一度実家に戻ってきなさい、と伝えた。
☆
「ダネル先生が、ジェインを興奮させないようにするハーブティーを融通してくださってね。おかげで介護の者たちも助かっているよ」私はシーラとターラント邸の一室で向きあって、お茶を飲みながらそう言った。
ダウニング侯爵家のパーティーの日から、一月ほどたった日のことだ。
何やら言いあぐねている様子のシーラに、私は独り言のように切り出した。
「私は騎士の家系に生まれ育って、そのまま騎士になったのだけれど……騎士以外の友人がいないわけではないんだよ」思い切って話しだしたのは良いけれど、やたらと口が乾くのでちびちびとお茶を飲む。
「学園にいる時に仲良くしていた侍従系の家のヤツがいてね。ジェインと結婚する時に言われたのさ『もしかしたら魔力のない子が産まれるかも知れないけど、その辺は奥さんのほうが詳しいだろうな』と」
向かいに座っていたシーラは、目を見開いて驚いていた。




