エドワード・コール・ターラント子爵
私、エドワード・コール・ターラント子爵はダウニング侯爵家の社交パーティーにやって来て、娘のシーラが嫁ぐことになったダービシャー伯爵と言葉を交わした後、シーラとダンスをして近況を語り合ったりして、久しぶりの娘との時間を楽しんでいた。
学園を卒業後、騎士になり近衛に昇進したのを喜んだら、突然退職して今度はダウニング侯爵家から結婚相手を紹介するという知らせが届いた。娘の短期間の上下動に、私は混乱していた。
私も騎士なので、内部で囁かれる噂を集めてみたのだが、どうやらシーラの勤務態度が問題となったようだ。実家にいる時から勉強を見てやったこともないので、こればかりは私の教育不足かと、うなだれたりもした。
実家に居た頃のシーラは、妻いわく勉強嫌いの怠け者という評価で、無口な娘とはなかなか話でも出来ないまま、大人になって家を出て疎遠になってしまったのを、今更ながらに残念に思っていたのだが、結婚を機にもう少しはやり取りが出来るようになるだろうかと、期待していた。
シーラの結婚相手は、元はニックス伯爵家の三男だったのが、ダウニング侯爵家で従属貴族位を戴いて昇爵したという秘書的な立場の文官だった。
どうやら次期侯爵付きの筆頭侍従ダグラス・モーティマー・ダヴァナー伯爵の秘書をしているらしい。らしい、というのはダヴァナー伯爵だけでなく奥様のアメリア・マイラ様にも近しい立場であるらしく、王城にも良く通っている姿を見るからだ。
乳母として王宮内で暮らしていらっしゃるアメリア様と領地で暮らしていらっしゃるダヴァナー伯爵の間に立って、領政のバランスを取るというなかなかに難しい立場なのだが、立派にお役に立っているようだ。
そのような人とシーラとの縁が出来たということに首を捻ったりもしたのだが、近衛時代のシーラはセレスティン様付きの護衛だったので、そこで顔見知りになったのだろう。
そのダービシャー伯爵との娘のシーラが結婚ということで、我がターラント家もダウニング侯爵家、というかアメリア様からの引き合いがあるかも、と密かに盛り上がっている。
この披露の場を切っ掛けに、ダービシャー卿とダウニング侯爵家とも……と言う気持ちももちろんあるのだが、残念ながら私にはその手の手腕というものに欠ける。
どちらにしても騎士の私に、精々なにかの折にでもお声がけしていただければ、十分だろうと思っている。
シーラはダウニング侯爵家で良くしてもらっているのだろう、淑やかな所作が身についていることからもそれはよく分かった。
ちょうどその時だった。
「大変です。奥様が兵士に捕らえられました」妻に付き添っていた侍女が慌てふためいて私の所へやってきた。
「は?なんとしたことだ」私は侍女を問いただし、妻のいるであろう場所に向かった。
☆
妻はダウニング侯爵家のなかにある牢の中に居た。
「早くここから出してよ」妻は、マナーもなくただただ口汚く叫んでいた。
妻は先の王弟殿下の血を引いていることを大層自慢にしていて、子爵夫人ながらも作法などはしっかりと身につけていたので、これは珍しいことだった。
そうは言っても、マナーでは血縁を盾に取った妻の貴人への振る舞いは少々横紙破りと思われていた。
私が不甲斐ないばかりに、血筋しか自慢できるもののない妻には申し訳ないと思いつつも、夜会などで妻の行動に恥ずかしい思いをしたこともあった。
「エドワード・ターラント子爵ですが、なぜこのような所に妻が?」檻の前に居た兵士に、問いただすところによると……
なんと!妻は、アメリア・マイラ様に暴力を振るおうとした、ということだった。
「何も大したことはしておりませんわ。ただ、扇を使って脅しただけです」
「脅したとは、どういうことなんだジェイン」あまりの出来事に私は常にない大声を出してしまった。
「そう、興奮されては説明も出来ますまい」
牢にいるジェインに向き合う私の後ろから、声が聞こえたので思わず振り返ると、そこにはダウニング侯爵とシーラが居た。
「侯爵様、本日の社交の場を乱したこと、誠に申し訳なくお詫び申し上げます」
私は、この家の主人である侯爵に向かって頭を下げた。何なら這いつくばって、許しを請いたい気持ちでいっぱいだった。
アメリア様に向かって扇で脅しつけたとは!準王族のアメリア様にそのような事を仕出かすとは、家自体の存続が危ぶまれても仕方ない。
「いや、大事にするつもりはない。幸い人気のない場所だったので、知るものも少ないしな」
ダウニング侯爵は私の心の内を読んだかのように、そう言って下さった。
「だったら、早く出して下さらない」ジェインがまた淑女らしくない大声で叫んだ。
「……出せるわけがなかろう」思わずカッとなってジェインに向かい怒鳴った。せっかく大事にはしないと言って下さっているのに、厚かましくも何を言うのだ。
「どうもご酒を過ごされたのか、それとも体調を悪くされたのか……何分そういう不調の出るお年のようだ」
少しばかり笑いをこぼしつつ、ダウニング侯爵はご自身の顎に手をやりながら言われた。
「なんですって!わたくしの年だなんて、よくもそんな事が言えたわね」ジェインはまたも興奮して、叫んでいる。全く手が付けられない様子なので、私は彼女が檻の中にいることに安心した。




