エピローグ:高峰家の賑やかな団欒
「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」
翌日の夜、高峰一家+俺+美影が、居間に集まっていた。
テーブルには、ちらし寿司、すき焼き、舟盛りといった、パーティーみたいな献立が所狭しと並んでいる。
それもそうだ。実際にそうなのだから。いま開かれているのは、俺と彩芽の交際を記念したパーティーなのだから。
「一時はどうなるかと思ったが、上手くいってなによりだぜ!」
「彩芽も哲くんもおめでとう」
厳さん、由梨さん、彩芽のお父さん、おばあさんが、口々に俺たちを祝福する。
ありがたいことだけど、交際相手の家族から祝われるという状況は、居心地が悪くてしかたない。羞恥のあまり、悶絶してしまいそうだ。
一方の彩芽は、『幸せいっぱい』と記されたような、満面の笑みを咲かせていた。メンタルが鋼でできているのだろうか?
「なにモジモジしてんだよ、哲? もっとはしゃげ!」
縮こまって赤面していると、厳さんが肩を組んできた。お酒を飲んでいることもあってか、いつにも増してテンションが高い。
「彩芽の想いによく応えてくれた! 流石は俺が見込んだ男だ! 彩芽のこと、頼んだぜ?」
「はい。精一杯、支えます」
「いい返事だ!」
厳さんが満足そうに歯を見せる。
浮かれる厳さんの様子に、由梨さんが苦笑した。
「そんなことを仰っていますけど、昨日までは、哲くんを三枚に下ろすって殺気立っていたじゃありませんか」
「へ?」
衝撃の事実に、俺はカチンと硬直する。
「むかしのこたぁ、忘れちまったよ! 終わりよければすべてよしってな!」
「まったく……調子がいいんですから」
厳さんが豪快に、由梨さんがたおやかに笑う。
ふたりの笑い声が響くなか、俺はおののかずにいられなかった。
お、俺、厳さんに殺られるとこだったの!? ま、まあ、孫娘を泣かせたんだから、許せないとは思うけどさ!? しかたないとは思うけどさ!?
笑みを強張らせて、顔を青ざめさせる。グラスを持つ手が、カタカタと震える。
「わたしはまだ納得していませんから」
そんな俺に、美影が半眼を向けてきた。
「今度彩芽様を泣かされましたら、厳三様に代わり、わたしが三枚に下ろします」
美影の声色は冷ややかで、黒真珠の瞳は剣呑な色を帯びていた。それらが、美影の発言が本気であることを示している。
威圧感に肌が粟立つなか、それでも俺は、美影の視線を真っ向から受け止めた。
「こんな俺と付き合ってくれたんだ。二度と彩芽を泣かせない。約束するよ」
「……約束を違えましたら、ただでは置きませんからね」
美影から放たれる威圧感が消える。
同時に、厳さんたちが沸き立った。
「言うじゃねぇか! それでこそ、『はな森』の次期板長だ!」
「はい!?」
「婿入りはいつがいいかしら? 高校を卒業してから? いえ、ふたりが成人したらすぐでいいわよね?」
「ちょっ!?」
「完全に納得したわけではありませんが、彩芽様のお子様が産まれましたら、乳母を務めさせていただきたいですね」
「話が飛躍しすぎじゃないですかね!? 流石に早いと思うんですけど!?」
交際することにはしたが、婚約したわけではない。
しかし、厳さんも由梨さんも美影も、俺が彩芽と結婚することを前提に話を進めている。婿入りさせる気まんまんだ。
「早くなんてないですよ。いずれはそうなるんですから」
「……え?」
目を白黒させる俺に、彩芽が顔を寄せてくる。
不意をつかれてポカンとするなか――
ふにっ
柔らかいなにかが、頬に触れた。
なにが起きたのか理解できず、俺はフリーズする。
顔を離した彩芽は、頬を赤らめて、瞳を潤ませていた。
甘ったるくて熱っぽくて色っぽいその表情が、俺に教える。
頬に触れたなにかは、彩芽の唇であると。俺は彩芽にキスされたのだと。
理解した瞬間、全身が茹だってしまいそうなほど熱くなった。
真っ赤な顔をしているだろう俺を見つめて、彩芽が満足げに笑う。
「言ったでしょう? もう放さないと」
「は……ぇ……?」
不意打ちのキスと、頬に残る感触に、俺は口をパクパクさせる。
彩芽のキスにより、食卓の盛り上がりは最高潮に達した。
俺の外堀は彩芽に埋められまくっている。もはや俺は、高峰家に婿入りする未来から逃れられないのかもしれない。
それでも、そんな未来を望んでいる自分が、たしかにいた。




