かっこ悪い俺とかっこいい彩芽――5
目前の彩芽が唖然としている。
見開かれた小豆色の瞳。その目元は赤く腫れていた。よほど泣きじゃくらなければ、こうはならないだろう。
ここまで彩芽を悲しませたのは、追い詰めたのは、俺だ。罪悪感が槍と化し、胸を貫く。
言葉もなく俺を見つめていた彩芽が、唇を震わせながら尋ねてきた。
「どうして、ですか? 哲くんは、わたしの告白を断ったじゃないですか……」
「断ったのは、嫌だったからじゃないんだ」
「嫌じゃ、なかったんですか?」
「ああ。むしろ、彩芽のことは異性として魅力的に感じている。一緒にいると心地いいし、笑ってくれたらこっちまで嬉しくなるし、悲しんでいたら、なんとかしてあげたいと思う。多分、俺にとって、彩芽は特別なひとだ」
「な、なら、どうして断ったんですか?」
「……許されないと思ったからだよ」
怪訝そうに、彩芽が眉をひそめる。
俺は打ち明けた。
「俺には、彩芽のほかにも魅力的に感じているひとがいる。それに、『恋』をしたことがなくて、彩芽に対する気持ちが『恋』なのかわからないんだ」
一旦、言葉を切り、彩芽に確かめる。
「彩芽は、いろいろなひとに協力してもらって、俺の外堀を埋めていたんだよね?」
「……気づいていたんですね」
「ああ。……よほどの気持ちがないと、そんなことはできない。彩芽の愛情は、深く、一途で、真っ直ぐだ。それほどの愛情を、俺なんかが受けていいと思えなかった。許されると思わなかったんだ。ゴメン。ちゃんと伝えるべきだったよ」
彩芽はなにも言わず、ジッと俺の目を見つめていた。
ひとつ、息をする。
これからするのは、幻滅されてもしかたないほどの、情けなくてかっこ悪い告白だ。
けれど、このことを伝えるのは、勇気を振り絞って告白してくれた彩芽への礼儀であり、彩芽を傷つけた俺がやるべき償いだろう。
だから、目を逸らさずに伝える。
「彩芽に告白されたとき、たしかに俺は、このまま流されたいと――彩芽と恋人になりたいと、そう思った」
ゆっくりと、彩芽がうつむいた。
シン、と室内が静まりかえる。
やがて、うつむけていた顔を彩芽が上げた。
「なんですか、それ?」
その顔には、抑えきれない怒りがありありと刻まれている。
温厚でおしとやかな彩芽が、はじめて見せる怒りの形相。思わず怯んでしまうが、同時に俺は、諦観していた。
怒るに決まってるよね。こんな不義理で情けないやつ、許されるはずがない。愛想を尽かされて当然だ。
「告白するために、わたしがどれだけ勇気を振り絞ったと思っているんですか!? 断られて、どれだけ悲しんだと思っているんですか!?」
飛びかかるような勢いで、彩芽が迫ってきた。
せめて怒りのはけ口になろうと、抵抗せずにまぶたを伏せる。
衝撃が来た。
頬を張られたわけではない。殴られたわけでもない。
信じられない思いで、まぶたを開ける。
腕のなかにいる彩芽が、俺を抱きしめていた。
「……もう放さないんですから」
「俺を、許してくれるの?」
「許しません」
「……だよね」
「次に断ったら、絶対に許しません」
想像だにしない返答に、俺は目を剥く。
驚く俺を見上げて、彩芽が不機嫌そうに眉を立てた。
「なんですか、その顔は? 幻滅されるとでも思ったんですか?」
「だ、だって、俺は、あんなにもかっこ悪いことを……」
「わからないんですか? 哲くんと付き合うために、わたしはたくさんのひとに協力を仰いだんですよ? 恋を成就させるために、なりふり構わなかったんですよ? それほどまでに、わたしは哲くんに執着しているんです。わたしは重い女なんです」
迷いなく、彩芽が言い切る。
「そんなわたしの愛が、この程度のことで冷めるはずがありません!」
俺は息をのんだ。
あのときと同じように、唇を震えさせて、表情を強張らせて、それでも、ひとつ息を吸って、彩芽が告げる。
「わたしは哲くんが好きです! あなたのカノジョになりたいです!」
「っ! ……こんな俺でよければ」
俺の返事を聞いて、彩芽が目を見開いた。
芸術品みたいな美貌がくしゃりと歪み、小豆色の瞳から、玉のような涙がこぼれ落ちる。
「……う……ぁ……ぁああああっ!」
俺の胸に顔を埋めて、彩芽が泣きじゃくる。
ただの嬉し泣きではないだろう。嬉しさとともに、俺に拒まれてから抱えてきた悲しみが、切なさが、辛さが、溢れ出しているのだろう。
彩芽を泣かせたのは俺だ。俺の愚かさが、彩芽を苦しませてしまったのだ。
だから、もう二度と泣かせない。泣かせてはいけない。こんな俺を、彩芽は受け入れてくれたのだから。
壊れそうなほど儚い少女をそっと抱き返して、俺は心に誓った。
一〇分近く泣きじゃくり、ようやく彩芽の涙は止まった。
顔を上げた彩芽は、スッキリとした、それでいて、強気な笑みを浮かべていた。
「哲くん、仰っていましたよね? 自分は恋をしたことがないと。わたしのほかにも魅力的に感じているひとがいると」
「あ、ああ」
頷く俺を見つめて、彩芽が宣言する。
「わたしが恋に落としてみせます。わたし以外、目に入らないようにしてみせます」
脱帽だった。
やけに爽やかな敗北感を覚えて、俺は苦笑する。
参ったなあ。俺なんかより、彩芽のほうがよっぽどかっこいいよ。




