表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/59

かっこ悪い俺とかっこいい彩芽――3

 思いも寄らない回答に、今度は俺がポカンとする番だ。


「好きだったら付き合えばいいじゃん。なに難しいこと考えているんだよ?」

「そーそー。彩芽ちゃんの恋が叶ううえに、哲くんが思い悩むこともなくなるんだよ? 万事解決、ハッピーエンドじゃん」

「け、けど、俺には彩芽以外にも好きなひとがいるんだよ?」

「それに関してなんだけどさ? 哲は『恋』がわからないんだよな? 『恋』したことがないんだよな?」

「あ、ああ」

「だったら、高峰さん以外のひとに対して抱いている『好き』が、『恋愛的な好き』なのかもわからないんじゃないか? もしかしたら、『魅力的なものに対する好き』を、『恋愛的な好き』だって勘違いしてるのかもしれないぜ?」


 修司の指摘に、俺は目を丸くする。


 修司に続き、知香が意見した。


「カッコいいひととか可愛いひととか、魅力的に感じるひとには、どうしても好感を抱いちゃうものだよ。でも、その『好き』が『恋愛的な好き』じゃなかったら、浮気になんてならないんじゃない?」


 考えたこともなかった。ふたりの言うとおりだ。


 恋をしたことがないため、『自分の好き』が『どんな種類の好き』なのか判断する指標を、俺は持っていない。だから、美影に対して抱いている『好き』は『恋愛的な好き』でなく、彩芽に対して抱いている『好き』こそが『恋愛的な好き』である可能性は、否めないのだ。


「で、でもさ? 相手に抱いている『好き』が『恋』かわからないのに、付き合うのは失礼じゃないかな?」

「そんなことないぞ? 付き合ってから恋が芽生えるパターンなんていくらでもあるしな」

「むしろ、はじめから両思いだったふたりが交際するってパターンのほうが、レアケースじゃない?」

「だよな? 俺とちぃだって、両思いからはじまったわけじゃないし」

「ええっ!?」


 まさかの情報だった。


 驚くほかにない。なにしろ俺は、『修司と知香は両思いだったからこそ付き合った』と考えていたのだから。


 目を白黒させて、ふたりに問いただす。


「両思いだったから付き合ったんじゃないの!? 校内でも有名なラブラブカップルなのに!?」

「そうだよ? 修くんと一緒にいるのが楽しかったから、恋人になったらもっと楽しいんじゃないかなー、って思って告白したんだ」

「俺もちぃの側にいるのが好きだったからな。断る理由もないし、付き合ってみることにしたんだよ」

「そんなふうにはじまったあたしたちだけど、いまではラブラブでしょ? だから、相手に抱いている『好き』が『恋』かどうかなんて、関係ないんだよ。結局のところ、上手くいくかは付き合ってみないとわからないんだからさ」


 どうやら俺は勘違いしていたらしい。いまのふたりがラブラブだからこそ、はじめから両思いだったと思い込んでいたのだ。


 呆然としていると、顎に指を当てながら、知香が言った。


「ていうか、哲くんが彩芽ちゃんに対して抱いている『好き』は、『恋愛的な好き』だと思うよ?」

「えっ!? ど、どうして!?」

「だって、今日の哲くん、ずっと浮かない顔してるじゃん? その原因って、彩芽ちゃんの告白を断ったからでしょ? だから、ヘコんでいるんでしょ?」

「あ、ああ。そうだけど?」

「告白を断っただけじゃ、普通はそんなに思い悩まないよ。相手が彩芽ちゃんだからこそ、そこまでヘコんでいるんじゃない? それって、彩芽ちゃんが特別ってことでしょ?」


 指摘されて、ハッとした。


 たしかに、いままでたくさんのひとを好きになってきたけれど、ここまで心を乱されたことはない。こんなにも思い悩んだのは、こんなにも気がかりなのは、彩芽がはじめてだ。


 目を見開く俺に、知香が()いてくる。


「哲くんは、彩芽ちゃんと一緒にいてどうだった? 哲くんにとって、彩芽ちゃんはどんな存在?」

「……ドキドキされっぱなしだったけど、それでも心地よかった。笑ってくれたらこっちまで嬉しくなったし、悲しんでいたら、なんとかしてあげたいと思った。知香が言ったように、俺にとって彩芽は、特別なんだと思う」

「だったら――」

「でも……俺が、彩芽と付き合うなんて……」


 長年抱えてきたコンプレックスは、そう簡単に振り払えるものではなかった。鎖のように絡みつき、俺を思いとどまらせる。


 彩芽に対する『好き』は『恋』なのかもしれない。けれど、断言はできない。もしかしたら、知香のときと同様、彩芽への想いは消えてしまうかもしれない。そうなれば、当然、彩芽を傷つけてしまう。


 それが、怖い。怖いから、踏み出せない。


 黙り込んで、カタカタと震える。


 そんな俺に、修司が道を示した。


「哲はさ? 高峰さんに話したのか?」

「話した? なにを?」

「告白を断った理由とか、高峰さんのことをどう思っているか、とか」

「いや、話してない」

「なら、せめてそれくらいは伝えておけよ。伝えたうえで、これからどうするかを高峰さんと決めるんだ」

「そうだよ! このままじゃ、心残りができちゃうよ? 哲くんも彩芽ちゃんも、今回のことをずっと引きずっちゃうよ?」


 ふたりに(さと)されるなか、俺の脳裏にある姿が思い浮かんだ。告白を断られた直後の、彩芽の後ろ姿だ。


 抜け殻みたいなその姿からは、心に傷を負ったことが伝わってくる。その傷が、いつまでも彩芽を苦しめるとしたら? 俺にフラれた記憶が、いつまでも彩芽を(さいな)むとしたら?


「……それは、嫌だ」


『やらなかった後悔よりやった後悔』とは、よく言ったものだ。ここで行動を起こさなければ、俺はきっと、彩芽を傷つけたことを死ぬ瞬間まで悔いるだろう。


 告白を断った理由や、彩芽のことをどう思っているかを伝えたからといって、俺たちの関係を修復できるかはわからない。


 それでも、やって後悔するほうが、ずっとマシだと思ったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ