かっこ悪い俺とかっこいい彩芽――3
思いも寄らない回答に、今度は俺がポカンとする番だ。
「好きだったら付き合えばいいじゃん。なに難しいこと考えているんだよ?」
「そーそー。彩芽ちゃんの恋が叶ううえに、哲くんが思い悩むこともなくなるんだよ? 万事解決、ハッピーエンドじゃん」
「け、けど、俺には彩芽以外にも好きなひとがいるんだよ?」
「それに関してなんだけどさ? 哲は『恋』がわからないんだよな? 『恋』したことがないんだよな?」
「あ、ああ」
「だったら、高峰さん以外のひとに対して抱いている『好き』が、『恋愛的な好き』なのかもわからないんじゃないか? もしかしたら、『魅力的なものに対する好き』を、『恋愛的な好き』だって勘違いしてるのかもしれないぜ?」
修司の指摘に、俺は目を丸くする。
修司に続き、知香が意見した。
「カッコいいひととか可愛いひととか、魅力的に感じるひとには、どうしても好感を抱いちゃうものだよ。でも、その『好き』が『恋愛的な好き』じゃなかったら、浮気になんてならないんじゃない?」
考えたこともなかった。ふたりの言うとおりだ。
恋をしたことがないため、『自分の好き』が『どんな種類の好き』なのか判断する指標を、俺は持っていない。だから、美影に対して抱いている『好き』は『恋愛的な好き』でなく、彩芽に対して抱いている『好き』こそが『恋愛的な好き』である可能性は、否めないのだ。
「で、でもさ? 相手に抱いている『好き』が『恋』かわからないのに、付き合うのは失礼じゃないかな?」
「そんなことないぞ? 付き合ってから恋が芽生えるパターンなんていくらでもあるしな」
「むしろ、はじめから両思いだったふたりが交際するってパターンのほうが、レアケースじゃない?」
「だよな? 俺とちぃだって、両思いからはじまったわけじゃないし」
「ええっ!?」
まさかの情報だった。
驚くほかにない。なにしろ俺は、『修司と知香は両思いだったからこそ付き合った』と考えていたのだから。
目を白黒させて、ふたりに問いただす。
「両思いだったから付き合ったんじゃないの!? 校内でも有名なラブラブカップルなのに!?」
「そうだよ? 修くんと一緒にいるのが楽しかったから、恋人になったらもっと楽しいんじゃないかなー、って思って告白したんだ」
「俺もちぃの側にいるのが好きだったからな。断る理由もないし、付き合ってみることにしたんだよ」
「そんなふうにはじまったあたしたちだけど、いまではラブラブでしょ? だから、相手に抱いている『好き』が『恋』かどうかなんて、関係ないんだよ。結局のところ、上手くいくかは付き合ってみないとわからないんだからさ」
どうやら俺は勘違いしていたらしい。いまのふたりがラブラブだからこそ、はじめから両思いだったと思い込んでいたのだ。
呆然としていると、顎に指を当てながら、知香が言った。
「ていうか、哲くんが彩芽ちゃんに対して抱いている『好き』は、『恋愛的な好き』だと思うよ?」
「えっ!? ど、どうして!?」
「だって、今日の哲くん、ずっと浮かない顔してるじゃん? その原因って、彩芽ちゃんの告白を断ったからでしょ? だから、ヘコんでいるんでしょ?」
「あ、ああ。そうだけど?」
「告白を断っただけじゃ、普通はそんなに思い悩まないよ。相手が彩芽ちゃんだからこそ、そこまでヘコんでいるんじゃない? それって、彩芽ちゃんが特別ってことでしょ?」
指摘されて、ハッとした。
たしかに、いままでたくさんのひとを好きになってきたけれど、ここまで心を乱されたことはない。こんなにも思い悩んだのは、こんなにも気がかりなのは、彩芽がはじめてだ。
目を見開く俺に、知香が訊いてくる。
「哲くんは、彩芽ちゃんと一緒にいてどうだった? 哲くんにとって、彩芽ちゃんはどんな存在?」
「……ドキドキされっぱなしだったけど、それでも心地よかった。笑ってくれたらこっちまで嬉しくなったし、悲しんでいたら、なんとかしてあげたいと思った。知香が言ったように、俺にとって彩芽は、特別なんだと思う」
「だったら――」
「でも……俺が、彩芽と付き合うなんて……」
長年抱えてきたコンプレックスは、そう簡単に振り払えるものではなかった。鎖のように絡みつき、俺を思いとどまらせる。
彩芽に対する『好き』は『恋』なのかもしれない。けれど、断言はできない。もしかしたら、知香のときと同様、彩芽への想いは消えてしまうかもしれない。そうなれば、当然、彩芽を傷つけてしまう。
それが、怖い。怖いから、踏み出せない。
黙り込んで、カタカタと震える。
そんな俺に、修司が道を示した。
「哲はさ? 高峰さんに話したのか?」
「話した? なにを?」
「告白を断った理由とか、高峰さんのことをどう思っているか、とか」
「いや、話してない」
「なら、せめてそれくらいは伝えておけよ。伝えたうえで、これからどうするかを高峰さんと決めるんだ」
「そうだよ! このままじゃ、心残りができちゃうよ? 哲くんも彩芽ちゃんも、今回のことをずっと引きずっちゃうよ?」
ふたりに諭されるなか、俺の脳裏にある姿が思い浮かんだ。告白を断られた直後の、彩芽の後ろ姿だ。
抜け殻みたいなその姿からは、心に傷を負ったことが伝わってくる。その傷が、いつまでも彩芽を苦しめるとしたら? 俺にフラれた記憶が、いつまでも彩芽を苛むとしたら?
「……それは、嫌だ」
『やらなかった後悔よりやった後悔』とは、よく言ったものだ。ここで行動を起こさなければ、俺はきっと、彩芽を傷つけたことを死ぬ瞬間まで悔いるだろう。
告白を断った理由や、彩芽のことをどう思っているかを伝えたからといって、俺たちの関係を修復できるかはわからない。
それでも、やって後悔するほうが、ずっとマシだと思ったんだ。




