温泉旅行――2
温泉旅行には、六月半ばの土日に行くことになった。
当日、俺と彩芽は新幹線と電車を乗り継いで、温泉郷の駅に向かった。
送迎用のリムジンが駅で待っていたことには驚いたが、俺たちをもてなしたいという四葉さんの気持ちが伝わってきて、嬉しかった。
ちなみに、四葉さんに招待されたのは俺と彩芽だけなので、美影はついてきていない。正真正銘、俺と彩芽の二人旅だ。
おっかなびっくりリムジンに乗り込んで、一〇分ほどでホテルに到着する。
ホテルは、外観・内装ともに和風の造りになっていて、どちらかと言えば旅館に近いものだった。
「高峰様、神田様、お待ちしておりました」
リムジンから下りた俺たちを出迎えてくれたのは、男性の支配人だ。
恭しく腰を折った支配人は、執事のように洗練された所作で、ホテルの出入り口を示す。
「四葉より、お二方をおもてなしするよう申しつけられております。どうぞ、こちらへ」
支配人が俺たちを案内したのは、ホテルの八階にある部屋だった。
「こちらは、わたくしどものホテルが誇るスイートルームです。必ずや、お二方に満足していただけると自負しております」
リムジンでの送迎だけでなく、スイートルームまで用意してくれるなんて、四葉さんは太っ腹だ。
ただ、俺は素直に喜べなかった。
「あの……この部屋だけなんですか?」
そう。用意されていたのは一部屋だけ。俺も彩芽も同じ部屋だったのだから。
支配人が眉を下げる。
「はい。そのようにと四葉から申し伝えられておりますので……お気に召しませんでしたか?」
「い、いえ! 全然そんなことないです! なにも問題ありません!」
嘘だ。問題大ありだ。
けど、そのことを正直に伝える勇気はない。四葉さんの顔に泥を塗るような真似、できるはずがない。
ブンブンと首を横に振ると、支配人は胸を撫で下ろした。
「それでしたらなによりです。私はこれにて失礼しますが、ご用の際は遠慮なくお呼びください」
出迎えてくれたときと同じように丁重なお辞儀をして、支配人が去っていく。
支配人の背中を見送りながら、俺は怪訝に感じていた。
恋人でもない男女が同じ部屋で過ごすのは気まずい。大企業のトップである四葉さんなら、そんなことわかっているはずだ。俺と彩芽を別々の部屋にする配慮くらい、できたはずなのだ。
しかし、四葉さんはそうしなかった。だとしたら、一部屋しか用意しなかったのは、ミスではなくてわざとなのではないだろうか? 四葉さんも、彩芽の協力者なのではないだろうか?
なんとも非現実的な考えだ。だが、四葉さんは『はな森』のお得意様。見当違いとは言い切れない。
大企業のトップに恋路を応援してもらうなんて、とんでもないことをやってのけるものだよ。
呆れを通り超して、いっそ感心してしまう。
溜息をつき、俺は彩芽に目を向けた。
とんでもないことをやってのけた少女は、ニパッと屈託のない笑みを見せる。
「さあ、お部屋に上がりましょう」
「アア。ソウシヨウカ」
俺は機械的に頷く。
乾いた笑いを浮かべるほかなかった。




