表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/59

もしかしてだけど――6

 一日目のレクリエーションがすべて終わり、夜になった。


 浴場で湯を浴びて、修司とともに部屋へ戻る。


「いやー。サッパリしたなあ、哲」

「…………」

「哲?」

「あ、ゴメン! ボーッとしてた!」

「? そうか」


 心ここにあらずだった俺は、修司に呼ばれてハッとする。(いぶか)しそうに眉をひそめていたが、修司が問いただしてくることはなかった。


 申し訳ないけれど、上の空になるのは許してほしい。『彩芽に外堀を埋められている』という仮説が閃いてから、そのことが気にかかってしかたないのだ。


『外堀を埋める』ということは、『俺と付き合いたいと思っている』ことと同義だ。完全無欠の美少女である、彩芽から好かれているかもしれない。そう意識すると、どうしても落ち着かない気分になる。


 でも、仮説が正しいっていう確証はないんだよなあ。


 彩芽は修司たちに頼み、俺と付き合えるように協力してもらっているのかもしれない。


 母さんが『はな森』でのバイトを不自然なほど強く勧めてきたことや、由梨さんが譲ってくれたチケットがカップルシートのものだったことは、彩芽が根回しをしたからなのかもしれない。


 しかし、あくまでも『かもしれない』なのだ。すべてが偶然だった可能性はある。


 だからこそ、余計に気になる。外堀を埋められているのかどうなのかを、延々と考えてしまう。結果、上の空になってしまうのだ。


 俺の仮説は正しいのだろうか? それとも、考えすぎているだけなのだろうか?


 答えの出ない疑問にまたしても囚われながら、廊下の角を曲がる。


「お待ちしておりました」

「うぉわぁあっ!?」


 直後、唐突に声をかけられて、驚きのあまり飛び上がってしまった。


 目を白黒させながら確かめると、物陰に美影が(たたず)んでいた。まるで忍者のようだ。


「な、なにしてるの、美影!? こんなところで!」

「神田さんと金津さんを、お迎えに上がりました」

「お迎え?」


 首を傾げる俺に、「はい」と美影が首肯する。


「彩芽様と茜井さんが、お二人を部屋にお招きしたいそうです」


 思わず言葉を失った。彩芽と知香のお誘いは、『俺たちが女子部屋に入ることを許可する』という意味なのだから。


 旅行先で女子部屋に招かれるシチュエーションは、青春ラブコメではテッパンだ。それはつまり、多くの男性がそのシチュエーションに憧れているということだ。


 もちろん俺も、彩芽と知香のお誘いに高揚している。お邪魔したいと思っている。


 だが、期待と欲望よりも、倫理観と危機感のほうが強かった。


「誘ってくれたのは嬉しいけど、遠慮しておくよ」

「なぜでしょうか?」

「だって、彩芽と知香が許してくれても、同じ部屋の子たちが嫌がるでしょ?」

「その心配はありません。お二人を招くことに、皆さまは賛成されています。それどころか期待されています。大歓迎されるに違いないでしょう」

「そ、そうなんだ」


 まさか許可されているとは思わなかった。それどころか期待されているなんて、もはやわけがわからない。とにもかくにも、迷惑をかける心配はなさそうだ。


 それでも、懸念(けねん)するべきことはまだある。


「部屋のみんなが許してくれても、先生たちは許さないよ。生徒たちが問題を起こさないように見回りしているだろうし、見つかったらタダじゃ済まないよ?」

「そちらも問題ありません。先生方に見つからないよう、わたしがお二人をご案内いたします。気配を感じ取るのは得意ですので、お任せください」

「……創作(フィクション)にしか出てこないだろうスキルを、当たり前のように習得しているんだね」


 気配を感じ取れる人間が現実(リアル)にいるとは、想像だにしなかった。美影の能力の高さには舌を巻くばかりだ。


 ともあれ、心配は無用らしい。彩芽たちの部屋にお邪魔することに、問題はない。


 それでも、罪悪感は拭えなかった。


 本当にいいのかなあ? 女の子の部屋にお邪魔するなんて、本来なら問題行為だし……。


「行こうぜ、哲! 面白そうじゃん!」


 修司があっけらかんと言った。悩む俺とは対照的に、彩芽たちのお誘いにノリノリのようだ。


「嫌がってる子はいないし、月本さんがいれば、先生に見つかる心配もないんだぜ? なにをそんなに迷っているんだよ?」

「けどさぁ……」

「ちぃも高峰さんも、俺たちに来てほしいから誘っているんだ。断ったら悲しむんじゃないか?」

「う……わ、わかったよ」


 修司に押し切られて、俺は頷く。


「では、参りましょう。わたしから離れないようにお願いします」


 俺たちの承諾を確認して、美影が歩き出した。




「哲くん、金津くん、いらっしゃいませ」

「待ってたよー! ほら、入って入って!」


 俺の不安とは裏腹に、彩芽たちの部屋には難なくたどり着けた。美影のノックに応じて、彩芽と知香が(にこ)やかに出迎えてくれる。


「お邪魔しまーす」と修司が部屋に入っていくなか、俺は疑問を覚えていた。


 いくらなんでも、すんなり行き過ぎじゃない? ここまで来る途中に先生の姿はなかったし、回り道をすることもなかったし。


 美影の案内があったとはいえ、こんなにも簡単にたどり着けるとは思えない。林間学校(こういうイベント)では羽目を外す生徒が現れる可能性がある。そのことを先生たちは理解しているはずだ。雑な警備をするわけがない。


 そう。あり得ないことなのだ。()()()()()()()()()()()()


 彩芽が根回しをした相手に桜沢(うち)の先生たちも含まれているのなら、ここまでスムーズに来られたことに説明がつく。


 恋愛の応援をするために、教師が生徒の問題行為を容認するなんて考えは、荒唐無稽(こうとうむけい)にもほどがある。


 しかし、『はな森』を経営している高峰家は、各界のお偉いさんとの繋がりを持っているのだ。『彩芽に協力してほしい』と教育界の重鎮に頼めば、先生たちも従わざるを得ないだろう。


『彩芽に外堀を埋められている』という仮説が、真実味を帯びてきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ