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夢みたいだけど心臓に悪い状況――6

 月本さんが続ける。


「毎日一〇時には(とこ)につかれますので、この時間帯まで起きられているのは、さぞや大変でしたでしょう」

「そ、そうなんだ」

「彩芽様が神田さんの部屋に向かわれたのは、足音でわかりました。きっと眠ってしまわれると思い、お迎えにあがった次第です」

「な、なるほど」


 混乱から抜けきれないなか、彩芽をお姫様抱っこして、月本さんが立ち上がった。


「それから、わたしのことは『美影』とお呼びください。彩芽様と同じく、さん付けは不要です」

「へ? ど、どうして?」

「わたしの両親も、お手伝いとして高峰家(こちら)に仕えています。『月本さん』では紛らわしいではないですか」

「た、たしかにそうだね」

「それに、いずれはあなたも(あるじ)になるのですから」

「主?」

「とにかく、そのようにお願いしますね」

「あ、ああ。わかったよ、美影」


 月本さん、改め、美影の名前を口にすると、「よろしいです」と、満足そうな頷きが返ってきた。


「それでは、わたしはこれで。お休みなさいませ」


 現れたときと同じようにペコリとお辞儀をして、美影が背を向ける。どうやら、おとがめはないらしい。


 それどころか、名前呼びを頼んだことから推測するに、美影は俺を受け入れているとすら考えられる。


 明らかに美影の態度は軟化している。理不尽に罰されることは、もうないだろう。ありがたい話だ。


 ただ、喉に小骨が引っかかっているようなモヤモヤを、俺は感じていた。なぜ美影の態度が変わったのかが、わからないからだ。


 わからないままでいるのは気持ちが悪い。だから、俺は美影を呼び止めた。


「待って、美影」

「なんでしょう?」


 振り返った美影に、尋ねる。


「俺のこと、もう警戒してないの? 以前、彩芽の手を取っていただけで、美影は俺の腕を折ろうとしたよね? けど、いまは全然責めなかった。どうしてなのか、教えてくれないかな?」


 俺と美影の視線が交差する。


 わずかな()を挟んで、美影が語り出した。


「あのとき、わたしはあなたにうかがいました。『なぜ、あなたは彩芽様を助けられたのですか?』と」

「ああ。覚えてるよ」

「あなたはこう答えられましたね。『助けたのは自分のため。自己満足に過ぎない』と」


 美影がまぶたを伏せる。


「彩芽様は魅力的な方です。そのため、多くの男性を引きつけてしまう。ナンパにあったことは数えきれませんし、善良を装って近づこうとした者も大勢います。彼らが抱いていたのは下心。彩芽様を自分のものにしたいという欲望でした」


 小さく溜息をつき、美影が俺を見やった。


「『自分のため』と(おっしゃ)ったのは、あなたがはじめてだったのです。実際、その通りなのでしょう。『はな森』が危機に(ひん)した際、ご自身と関係ないにも関わらず、あなたは助けてくださったのですから」


 美影の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「ゆえに、わたしは判断したのです。あなたが信頼に(あたい)すると。彩芽様の隣にいらしても構わないと」

「そうだったのか……」


 俺はふたつの納得を得た。


 ひとつはもちろん、美影が俺を警戒しない理由について。


 もうひとつは、男性に対する美影の辛辣(しんらつ)さについてだ。


 美影の話では、彩芽に近づく男性は、誰もが下心を抱いていたらしい。敬愛する主に欲望を向けていたと知れば、警戒するのも無理はないだろう。

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