エピソード2 カレー
「ねえ! 秀映!」
ぐおおおうううう!
「わかったから」
「え?」
「うるさくしてかき消さなくてもいいし、気にしなくてもいいよ。お腹鳴るのなんて」
「だって……恥ずかしいもん」
写真部の部室の外から入ってくる西日を浴びて、舞花はうつむいた。さっきアイスを満足げに食べてた時と雰囲気が違う。
この雰囲気が変わっていく様子を見るのが僕は大好きだし、どうせ舞花は見てるだけで大好きだ。
それにしても、舞花の小さなお腹が大きく鳴っちゃうのだって可愛いのに、その自覚はないみたいだ。
「アイスじゃ足りなかったか。食堂で軽食買うか」
「ほとんどお金ない」
「あ、そうなのな」
あんなに大きな家に住んでるのにお金ないとは。
いや今持ってないってことなんだけど。
よし、ここは彼氏として、そして先輩として奢る……ことができないんですよねえ。
僕もほとんどお金無かったわ。
「たまごサンドイッチ半分こ〜」
「ごめんね」
「秀映なんも悪くない。むしろ私に付き合ってサンドイッチ食べてくれてありがと」
「ううん、僕もそこそこお腹は空いてた」
二人でたまごサンドイッチをなんとか買えるだけのお金が出せたので、こういう結果になった。
ほんとは食堂でがっつりカレー食べたいくらいだった。
舞花だってお腹が鳴ってたんだからそうだろう。
ならば。
僕は思いついてしまった。
部室で、料理をしちゃおう。
その方が安上がりでしょ。多分。
☆ ○ ☆
「それでカレーを作り始めたというわけなんだね」
「そうです!」
次の日。
文化部で共用の小さなキッチンでカレーを煮込み始めた舞花と僕の様子を、部長が見にきた。
「野菜が多いね」
鍋を覗いた部長が言う。
「ダイエットのためですね」
「なるほど」
「しかもすごい安かったんですよ。野菜」
僕が言うと、部長は、あっと思いついた表情で、
「まさかあの無人販売のところ?」
「あたりです。さすが街のあらゆるところを写真撮ってまわってる部長ですね」
僕は感心する。
東京の端のこの辺には、まだ畑で撮れた野菜を並べて売っている無人販売所がある。
放課後になってすぐ、舞花とそこに行って野菜を選び、虫かごを改造した箱にじゃらじゃらお金を入れてきた。
「てことはとれたての野菜か。美味しそう〜」
いつの間にか、花記がやってきた。
全部員が集合したので、もうこれは写真部が料理部になった感じだな。
「さて、そろそろいい感じ。秀映ご飯時準備して」
「わかった。まあご飯は……これなんだけどな。インスタントの」
消費期限が切れそうな学校の非常食のあまり。
定期的に配られるやつ。
ちょうど先週あたりに配られて部室に放置していたので、これをカレーのご飯に使うことにした。
「おおー!」
部室に四皿のカレーが並んだ。
なんかいいな、こういう部活動。
全員食べる前に、何かの使命感からか写真を撮り始める。
そしてやっと、ここは写真部の部室だと思い出した。
それから小学生の給食みたいにいただきますと丁寧にしてから食べ始める。
「おっ美味しいな。野菜中心のカレーは初めて食べたけど」
「だねー」
隣で舞花が同意する。
「……って舞花、もう半分くらいないじゃん」
「おなかすいてたんだもん」
舞花は小さい口で、勢いよくまた食べ始める。
「ルーが飛んでるぞ」
僕は舞花の服にちょこっとついたカレーのルーを、ティッシュで拭いてあげる。
「カレーに夢中な舞花ちゃん。可愛い~」
花記が笑いながら、スプーンをゆっくり口に運ぶ。
「なんか幼稚な人を見る目で見られた気がします。ルーが飛んだのはたまたまですもん」
花記のあおりに割とまじめに反応する舞花。ただ可愛さが増えているだけだぞ。
あ、あと胸のあたりに飛んでいるルーは……自分で拭いてください。拭きたいけどやめとくね。
こうしてこの日をきっかけに、料理を作って写真を撮って食べるというのが、主要な写真部の活動に加わった。




