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誓いあって、キス

 舞花と僕は、ベッドに並んで座って話し始めた。


 舞花が遠慮しないでと言うので、今日はわりかし真ん中の方に座っている。


「ねえ、秀映、悔しいって思うことは悪いことなのかな」


「悪いことではない気がする」


「そっか」


 舞花は脚を曲げてベッドをかかとで軽くけった。


 ぼんぼん、と濁った音がする。


 その音が止むと、舞花は続けた。


「ねえ秀映、あのね。私、秀映と出会って、秀映のことが好きになってね、いろいろ変わったと思う」


「うん」


「お姉ちゃんのことを応援できるようになったし、朝起きてもため息が出なくなったし、毎日、なにかするごとに色々と違った気持ちを抱けるようになったし、私らしさを出せるようにも、少しはなったかもって」

 

「うん」


「でも、なんでかな、やっぱり悔しいって思っちゃうんだよね。お姉ちゃんみたいになりたいとは思わないのに、比べることが正しいとは思ってないのに、何故か、悔しいって」

  

 わかる。


 この前、ふとネットニュースをみて驚いた。


 高一にして、甲子園常連校のエース。


 今年の甲子園の、注目選手の一人。


 そんな彼の顔をよくみたら、少年野球の、チームメイトだった。


 あの頃から目立ってうまい人だったけど。


 なんていうのかな。


 自分ができなかったことをしている人を見て、悔しいって思うのは、当たり前なんじゃないかなと思う。


 それをなくすには、とことん自分が努力して、とことん自分の結果に納得するっていうことを繰り返すしかない。


 舞花と僕は、まだまだそれが、足りてないってことだ。


 あと、舞花も僕も同じかもしれないのは。


 悔しいってことを表にあまり出さないことだ。


 だからずっとしまわれていて。


 それは決して、自分がどこかへ移動するのに使われる、エネルギーとはならない。


 恋は時折……いや、かなりの高頻度で心を動かす。


 悔しさだって同じはずなのに、いつの間にか、舞花と僕はそれに対して、必要のない封じ込めをしてしまっていたんだ。


 だからそんな舞花に提案。


「舞花」


「……なあに、秀映」


「ここでいいよ。ここでいいからさ、声に出そう。僕もやるから」


「え?」


「悔しいって、くそでかい声で、言ってやろうよ」


「……ふふっ、面白そう」


 そうだよ舞花。


 きっと面白い。


 だって君は……僕が好きな、女の子なんだ。


 文字を綴り、自分のいる世界を変えて過ごした。まるで、小説家のように。


 そして、一人の小さな女の子、虹原舞花らしさ全開で、今に至る。


 その女の子はさ、とっくに素敵なんだ。


 どこかさまよってゆらゆら飛んでいた人が、止まって、振り返って、そして一緒に、飛んで行くくらいに。


 そんな素敵な女の子が、悔しさを解放したら……どんなふうになるのか、想像つかないな。


 それが面白いってことじゃん。


「よし、じゃあせーのでっ!」


「うん」


「「くやじいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」」


 うわ、めっちゃすっきりした!


「あはははははっ! 私たち、超うるさいね」


「いや今更だけど近所迷惑とか、大丈夫だったかな?」


「大丈夫でしょ」


 まあ大丈夫だな。だって舞花の家、敷地でかいし。


 そしてそれから、僕と舞花はまた息を吸い込んだ。


 まだいいたいことがあった。

 

 端的にまとめれば、いかに自分が今まで情けなくて、しょぼかったかってこと。


 それが悔しい、一番の理由だろうから。


 だから僕はそれも声に出して言いたくて。


 だけど。


 舞花には、言ってほしくなかった。


 だから僕は自分が声に出すよりも先に、舞花を見つめて……。


 舞花も、全く同じ状態になった。


 そして、息だけ吸い込んだ、不器用なふぐが見つめ合って。


「秀映……私は、秀映のことね、好きだから。自分を卑下することは、言わないでおいてほしいなって」


「うん……僕も、舞花に、言わないでほしいなって」


「……わかった」


 舞花はうなずいて、そしてどきっとするようなオトナっぽい笑みを浮かべ、続けた。


「じゃあさ、お互い、そういうこと言うのは封印してがんばろって誓い合おうよ」


「いいね」


「というわけで、キス」


「え?」


「キス。しない? これは私からの提案」


 どきどき度合いが加速した。まるで空気抵抗がない空間を落下しているみたいだ。


 加速する要因しか、今この世にはない。


「し、しようか」


 僕がそう言うと、舞花は積極的に近づいてきた。


「キス、私、しちゃうよ?」


 舞花が近い。胸が当たってるけど意識がそっちにはいかない。ただ舞花の口が……僕の口にちょっとついて、その後しっかりとついた。


 そしてそのまま……。


「……、ふううう」


 舞花と僕の口が離れた。


「これで、誓い合えた」


 舞花は僕の側で、輝く唇を動かした。


 そんな僕は舞花に、


「……舞花。あの、いつか、舞花も僕もさ、悔しくなくなったらさ……」


「うん」


「その時は…………いや、その時になったら、また言う」


「え〜、なにそれ。じゃ、楽しみに待ってるよ。しょうがないなあ」


 舞花が、目の前で見せた笑顔は、やっぱり、少し幼かった。


お読みいただきありがとうございます。


6章はここまでです。次は7章で、最後の章です。

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