ありえない日常
舞花と僕が屋上を後にしてから一時間弱くらい。
僕は、舞花の部屋にお邪魔していた。
舞花はパソコンを起動する。
そして少し操作して、それから僕に言った。
「秀映、これが……小説」
ファイルが開かれていた。
読んでいいのだろうか。
屋上ではうなずいてくれたので、きっといいんだとは思う。
けど、気持ちを整えてから、読まないといけないものなような気がした。
だから、まずは舞花のパソコンに向かって座ったまま、目を閉じて。
そしてそれから、舞花の物語に入るんだよと体中で認識して。
そしてそれから、僕はゆっくりと読み始めた。
きっと、普通に本を読む二分の一くらいの速さ。
世界の進む速さは、僕が変えられる。
だからこの世界を堪能して、なるべくたくさんのことを知りたいと思う僕が、遅い世界を選択するのは、当然のことだ。
舞花は布団にうずくまっているようだった。
いやわかる。恥ずかしいよな。
かつて僕も、少し小説を書いてみた時があった。
誰にも見せられなかった。
まあもう自分ですら読み返すことができるか怪しい。
どこに行ったかもわからないから。
舞花の書いた小説は、あんまり起伏のあるストーリーではないタイプだった。
圧倒的な日常。
だけど舞花はきっと、そんな価値のある日常を、とことん描きたかったんだと思う。
主人公の女の子は平凡で、特徴といえば、編み物が好きで手芸部に入っているっていうくらい。
そんな女の子が毎日、学校生活を送り、友達と当たり前のように関わり、そして恋をする。
ふと、自分が一番小説を読むのも書くのもハマっていた時期を思い出した。
あの時は、現実世界の日常を描いた作品こそ、まあ言ってみれば自分の脳を騙しにきてるなと思っていた。
小説は、基本的にキャラが不要になることはない。
不要なキャラは、出版前にでも消えているのだろうか。
名前も出ていないようなキャラは、不要かどうか議論する段階に達していないのでノーカン。
みたいなことを考えていた。
でも現実には、いてもいなくても大して変わらないような人が、九割くらい。
だと当時の僕は思っていた。
ちょうど、僕が夢を諦めた時と同じくらいだったと思う。
僕がいなくても、野球のチームは困るどころかどんどんと順調に強くなっていき、大半のメンバーはそのまま中学校の野球部に入り、さらに結束力を高めていた。
よくある怪我したチームメイトを見捨てない友情なんて、相当名門のチームか、空想の世界なんじゃないかなと思ったりしていた。実際はそんなことないと思うけど。
だからこそ、空想であることが当たり前の小説では、不要なキャラがいないことが、とてもずるいけど、読んでる分には心地いいなあって思った。




