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気づかなかった

 そんなおしゃべりの時間が過ぎて、やがて佳波さんの彼氏さんがやってきた。


「おっそ。おそいよほんとに!」


 怒られてるけど、実はほぼほぼ怒られてないやつだなあれは。


 仲がいい。



 時計を見れば、確かに彼氏さんが来る時間は遅くて、もう出品者ではなく来場者が入れる時間帯になっていた。


 奥の方だから気づかなかっただけで、もうすでに入り口付近の写真を鑑賞している人々がいる。


「うわあ、あんな風にじっくり鑑賞されると、私たちが初心者なのも一瞬でバレそうだね」


「ばれるしかないだろうな」


 しかも一応審査委員の審査と来場者の投票があって、それで優秀な作品には賞状が贈られるらしい。


 つまり、バリバリ評価する気で見に来る人もいるわけだ。こわい。SNSにずっと好き勝手に写真を投げていたかった。


人の流れの先頭がだんだんとこっちに来る。


 でもペースはそんなに早くない。


 一枚の写真を見るだけでいろんな高尚な考えが浮かぶ人々の集まりなのかな。そんな気がめっちゃするぞ。だってわざわざ写真展に来るくらいだし。


 現にあそこの人なんて、写真を撮った人にめっちゃ話しかけて、なんかいろいろ言ってるもんな。


 ていうか今話しかけられてる人、花記と部長じゃん。


 すごいスムーズに会話が進んでるように見える。


 すごいなあ、と思っていると、


「あら面白い写真たちねえ」


 え、いつの間にか僕たちの写真の前に一人のおばあちゃんが。


 順路すっ飛ばしてきたのかなって思ったけど、そもそも順路とかないな。


 みんながなんとなく入り口付近の写真から順に眺めてるだけで。


「ありがとうございます」


 とりあえずお礼を言う。


 祖父母と離れたところに住んでてそんなに高頻度で会わない僕は、年配の人とどう話を進めるのかあんまりわかっていない。


 でも向こうがまた話し始めた。


「私もよく写真を撮りに行ってるの。特に最近、そうでもしないと外に出たくなくなっちゃうからねえ」


「なるほど、そうなんですね」


 舞花がそう言い、僕はとにかくうなずく。


「この写真たちはなんだかお話みたいねえ。あなたたちがどんなふうにこの写真を撮りに行ったのかすごく想像できる。その想像があってるかはもちろんわからないけどねえ」


「お話、みたいな写真……」


「そう、そう私には見えるのよ。それにしても、このアゲハチョウの羽化はきれいねえ」



「羽化?」


 僕は驚いてその単語だけ返してしまった。


「これ、アゲハチョウの羽化したすぐあとでしょう? だってここにさなぎがあるもの」


「え……」


 舞花と写真をよく見てみれば、本当に近くの枝にさなぎがついているのがちゃんと写っていた。


 それに気づかなかった僕と舞花。


 悲しすぎる。


 悲しいというか、観察力がなさ過ぎて恥ずかしいというか。


 ただ雨宿りしているアゲハチョウだと思っていたのだ。


「あら、あなたたち気づいてないでこの写真撮ったの? 面白いねえ」


「恥ずかしいです」


「恥ずかしい事なんてないのよ。私はこれでも高校生のころから写真を撮ってるから。たくさん年を取ってるし、色々その分見たからねえ」


 そう言いながら写真を見続けるおばあちゃんは、写真の向こうの世界を見透かしているようだった。


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