きれい
「秀映、あそこ海!」
「うおほんとだ。少し明るいなもう」
「急ぐしかないね」
「そうだな」
僕と舞花は、早朝ランニングをしているおじさんくらいしかいない道を、すごい勢いで走った。
といっても、僕も多分舞花もそんなに足は速くないし、ランニングしてるおじさんと同じくらいのスピードだけど。
川の出口、そして水平線。その上の空が、少し明るい。
ふと、これ宇宙から見たら滑稽なんだろうな、と思った。
だって、ただ小さな川の出口を目指して走ってるけど。
そんなほんの少しの距離を走って、太陽に近づいた気になっているのは僕たちだけだろうから。
でも、だからと言って走るモチベが下がったりはしない。
「秀、映」
「な、に」
「は、し、わたる」
「りょうかい」
息のリズムが早まりながらも僕たちは走った。
川の河口まですぐという所の橋を渡る。
すると、大きな海浜公園の入り口が見えてきた。
犬の散歩をしている人がいる。
僕たちは公園の中に入って、そして、海に面している広場まで駆け抜けた。
ついた。
東が全部水平線になっている。
そして、そこからちょうど太陽が……。
あ、写真。
僕はカメラを出して構えた。
舞花も隣で写真を撮り始めた。
「すごいね」
「ああ、そうだな」
落ち着いて見たいと思って、少し経つと舞花も僕も写真を撮るのをやめてしまった。
海辺の手すりに腕と体重を乗せ、ただ地球の自転を実感する。
「秀映、私いままでにね」
「うん」
「何かを頑張って、それをやったかいがあったなって思えることがないの」
「……」
「でもね、本当に小さなことだけど、今日はできたなって」
「うん」
まだ暗いうちから一緒に歩き出して。
そして、歩いて歩いて、最後は走って。
やっと、水平線と日の出を写真にとることができた。
今こうして、ゆっくりと眺めることができた。
小さくて、でも大切な思い出のために、少し背伸びをする。
そんな経験を、舞花は小学生のころとかにできなかったのではないか。
菜々の後の道を行き、そして常に、菜々をはじめとする、どこかの誰かよりも優れようともがいていたのではないだろうか。
もちろん僕は昔舞花がどんな風な気持ちだったかはわからない。
だけど、なんとなく、想像してしまって。
だから、この小さな頑張りによって生まれた思い出を、一緒に味わいたいと思った。
誰かより優れなくとも、頑張りが報われることがあると、実感したかった。
「秀映」
「どうした?」
「ほんとに、きれい」
そうだな、舞花。
本当に、きれいだ。




